行方不明
一定の距離を於いて、壁に取り付けられた鉄製の輪っかには、樹脂の多い木切れを束ねて火を付けた、いわゆる松明が差し込まれていている。それを廊下の光源とし足元を照らしているが、凸凹な床の石からして、近代とそれ以前を分ける産業革命という分水嶺を迎える前の時代なのか。それとも……。これ以上の思索と答え合わせは、水先案内人であるマイヤーに付いて行き、手掛かりとなる人物と共に息を合わせるべきだろう。
手狭に感じていた廊下を暫く歩いていれば一転、大広場に出る。天井の高さは暗がりでよく把握できないが、学校の体育館を想像すると何となく距離感を掴めた。この大広場は、建物のあらゆる部屋に繋がる要衝となっているようで、道が無数に枝分かれしている。立て札もないため、初見では道に迷って当然の作りだ。
「あ、カイトウ」
マイヤーが向き直る方向に、俺も首を回す。よしんば「転生」などという荒唐無稽な事象が実際に起きていたとしよう。ならば俺は、腹に募る仄かな痛みと向き合い、卑劣な通り魔の下卑た顔を殴りに行かねばならない。マイヤーを差し置いて前進を試みると、纏わり付かれて静止させられた。
「マイヤー、何で止める」
「君がカイトウに対して何を思っているか分からないけど、今はダメだ」
俺は、マイヤーを引き剥がそうと何度か試みたものの、甚大なる力の露出にどうする事もできなかった。
「わかった、わかったよ」
マイヤーはカイトウという男に一礼し、俺の姿を隠すかのように背中の翼下に入れながら、半ば強制的にこの場を離れさせられる。今も尚、ふつふつと腹の底で煮えたぎる熱いものが顔を勃然と染めているのだろう。マイヤーは俺の背中をさすり、冷静であれと懇願している。
いつの間にか、外へ繋がる出入り口の扉まで歩いていたようで、隙間から差し込む外界の光を見た。マイヤーは、俺の代わりに扉を開けて外へ誘引する。
花曇りの空は景色が灰色めいて、気持ちの整理をつけようと吸い込んだはずの外気で、胸にシコリを残す。俺はそれを振り払おうと周囲に目を向ける。硬質な石畳と、規律正しく建てられた石の建造物は、日本では凡そ見る事が出来ない、まとまりと風土を感じる。頬に当たる風の便りや、下水の臭いに鼻を曲げても、目の前の景色が実際に存在しているのか半信半疑だった。
「来て」
俺はマイヤーの先導に従い歩き出す。異国情緒あふれる町の景色に俺は馴染めているのか。ひとえに不安に駆られた。奇異な眼差しを受ける機会に際した時に、一切の疑問を抱かせる事なくやり過ごす自信がない。恐らく、この疎外感をあけすけにしても良い思いをする事はないだろう。水が合わないと駄々をこねたところで、精神に異常をきたした人物として扱われ、一生日の下に出られぬ暮らしを強いられるかもしれない。俺が今出来る事は、「カイル・ドリュー」という人間に齟齬がないよう振る舞う努力をするだけだ。
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