お帰りなさい!

 収穫祭の五日目になると、イシヅミ町での屋台の数は、徐々に少なくなっていく。町中を歩く人々も、多少減っているようだ。


 一方で、セイシュを振る舞っていた王宮の大庭では、七日目までセイシュの即売会を行っている。

 とはいえ、非常に高価な物なので、なかなか庶民には手が届かない。裕福な家柄の者しか購入することはできないらしい。




 それから、祭りの五日目の夕方に、オズワルドはやっと国王護衛の仕事の区切りが付いた。

 王宮で夕食を軽く取った後、夜になってオズワルドは馬車に乗り、ヒノキ村まで向かった。乗り換え以外の馬車で移動している間、彼はできる限り眠って、体を十分に休めるようにしているようだった。



 オズワルドが馬車でヒノキ村に着いたのは、日の出から少し経った後である。

 馬車の停留所で降りて、オズワルドは山岳警団の詰所と反対側の方向に、ゆっくりと歩き始めた。


 オズワルドの行き先は、〈コモレビの滝〉横の小さな温泉だ。

 温泉に着くと、オズワルドは岩の平らな部分に座り、ひと休憩した。彼はイシズミ町で買ったソーセージを挟んであるパンを出すと、滝が流れる音を聞きながら朝食を取った。


 パンを食べた後、オズワルドは久しぶりに温泉に入った。今日も快晴のようで、朝風呂はとても気持ちいいに違いない。



 温泉に使って、冷たい空気に触れていた体を温めると、オズワルドは一度温泉から出た。

 その後、温泉横の平らな部分で仰向けになり、青空をボーとながめたのであった。


 しばらくすると、どこからかエドガーが温泉付近の上空にやって来た。


「アヤツ……。きわどい部分を、丸出しのままにしおって――」


 服を着ず、体の一部分を隠さずに全裸で休んでいたオズワルドを見て、エドガーは思わずつぶやいた。

 エドガーが温泉の横まで降りると、オズワルドはすぐに気が付いた。仰向けになったまま、オズワルドはエドガーの方を向いたようだ。


「ああ、お前か……。どーした?」


「『どーした?』ではないっ! トーコが、お前の帰りを心待ちにしている。着替えたら、すぐにわしに乗れ」


「そうだな。……アイツに寂しい思いをさせたのは、気にかけている」


 オズワルドは着替えると、慎重にエドガーの首の方からまたがった。

 エドガーはふわりと空中へ上昇すると、「しっかり綱をつかんでいろ」とオズワルドに言った。


「了解した」


 エドガーはオズワルドを乗せて、ヒノキ村の奥を目指した。

 すると、ゆっくりと上空を飛んでいく途中で、エドガーは突然オズワルドに話しかけたのだ。


「トーコの祖父のような立場が故に、色々と思うことはあるが、お前のことは嫌いではない。……これからも、全力でトーコを支えていけ。あの娘を傷付けることがあれば、このわしが黙っておけぬからな」


 思いもよらないエドガーの言葉を聞いて、オズワルドは目を丸くしたが、すぐに決意を込めたような真摯しんしな顔になり、薄っすらと微笑んで答えた。


「もちろんだ、肝に銘じておく」




 短い距離だったので、あっと言う間に上空からトーコの家と山岳警団の詰所が見えてきた。

 山岳警団の広場には数人居るようで、何かを話している様子だ。エドガーが広場に近付くと、団長のアダムと三人の団員、そしてトーコの姿が見えた。



 広場に着いたエドガーから降りると、オズワルドはエドガーにお礼を言った。

 「礼は要らぬ」と一言言うと、エドガーはすぐに飛び去っていった。


 オズワルドはトーコの横に行くと、アダムに「しばらく留守にして、すみませんでした」と伝えた。


「早く区切りが付いたんだな。良かったな、オズワルド」


 オズワルドが「はい」と答えると、今度はトーコの方を見た。


「長いこと傍に居られなくて、悪かったな」


「気にかけてくれて、ありがとう。お帰りなさい、オズワルドさんっ!」


 満面の笑みになったトーコを優しく彼女を抱き締めると、オズワルドは「……ただいま」とささやいた。



「やっぱ、エリートが居る方が張り合いがあるねぇ〜。これからも頼むよ」


 ハーブがたくさん入った籠を持った、オズワルドと歳が近そうな青年が、笑いながら言った。


「オズワルドが居なくて、寂しかったんだぞっ!」


「そーだ、そーだっ!」


 次に、二十歳前後の若い団員たちが、おどけるように続けて声を出した。と言っても、オズワルドを慕っているのが、雰囲気でよく分かる。


「ヤローどもが可愛らしくワチャワチャ言うのは、止めろ……」


 一旦トーコから離れると、真顔になったオズワルドは低い声でボソリと言った。

 団員たちの軽やかな会話を聞いていたアダムは、自分のあごひげに触れながら爽やかに笑った。


「ハハハッ。オズワルド、今後もよろしくな」


「こちらこそ、です。……元気なので、予定を変更して、明日から業務に復帰してもいいでしょうか?」


「ああ、構わないよ。ありがとねっ」


 団員たちと話し終わると、オズワルドは再びトーコを抱き締めて、彼女の横髪をそっとでた。


「じゃ、またな。……風邪、引くなよ」


 トーコが返事をするのを聞き終えた後、オズワルドは詰所の建物の中に入っていったのだった。

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