第72話

「お忘れかもしれませんが、私には他者の肉体に憑依する能力だけではなく、千里眼や未来予知といった能力があるんですよ」


 他者の潜在意識を増幅させる能力も遣田にはあった。テロや殺人といった犯罪や、自殺をさせることさえも、この男にとっては簡単なことだった。

 それらの能力の一部だけを天啓のように見せかけてレインの父に与え教団自体を操っていたこともまた、この男の能力のひとつなのだろう。


「あなたのお世話係を一条ソウマさんに任命されたときから、あなたのお腹に一条ソウマさんとの間に出来た子がいることに私は気づいていました。

 まだ胎児とも呼べないような、受精卵が分裂を繰り返している段階でしたが。

 私ばかりがあなたのもとへやってくることで、あなたの中に徐々に芽生え始めていた一条ソウマさんへの不信感を、私は利用しようと考えました。

 あなたのそんな潜在意識を増幅させた後、新生アリステラの母体となった国際テロ組織『九頭龍獄』をあなたに接触させ、そちらに傾くようにするのは、とても簡単なことでしたよ」


 やはり、ハルミの失踪や九頭龍獄にも遣田は絡んでいたのだ。それだけではなく新生アリステラの発足にまで。


「あなたがソウジさんのために雨野タカミさんと同じマンションの18階の部屋を購入していたこともまたしかりです」


 ソウジという少年が自分と同じマンションに住んでいたことをタカミは知らなかった。

 それもそのはずで、ソウジが雨野市にやってきたのは、巨大地震が起きる数時間前のことであり、彼はまだ数時間しかあのマンションで生活をしていなかったからだ。それは生活と呼べるものですらなかった。


「私には見通せないものなど何もないのです。

 だから、ソウジさんの部屋には、彼の本名が本当は何といい、誰が父親で誰が母親であるかなど、様々な情報をエーテルに記録し、事前に置かせておいていただきました。ソウジさんが部屋に入った瞬間に、そのすべてが脳に記録されるように。

 その中には、私の人格や知識、記憶、経験のすべてをコピーしたエーテルも。

 雨野ユワさんの体に憑依した私が万が一死んでしまうようなことがあったとしても、ソウジさんの頭の中に新しい私が生まれるように」


 レインの魔法「結氷麒麟」によって、ユワと共に3本の角に串刺しにされ、ショウゴの刀で額を貫かれたとき、遣田は本当に死んでいたのだ。

 だから、ソウジという少年の頭の中に、新たな遣田、というよりはコピーの遣田が生まれたということだろう。

 アンナと共に死んだはずの遣田もまた、その死の直前に一条に憑依したわけではなかったのかもしれない。一条の頭の中に、この男は自分のコピーをあらかじめ用意していたのだ。

 遣田は、一体どれだけのコピーを用意しているのかわからなかった。殺しては生まれ、生まれては殺す、この男とそんないたちごっこをしている暇などタカミたちにはないというのに。

 この男の能力は、本当にまったく厄介な能力ばかりだった。まるでこの男の性格そのものだった。


 ソウジはおそらく、同じマンションの20階にタカミやショウゴが、19階にレインが住んでいることはエーテルの記録から知らされていただろう。

 だが、タカミの部屋にゲートがあることは知らなかったはずだった。あれはほんの一時間ほど前に作られたばかりのものだからだ。

 だからユワの中の遣田の死後、ソウジの中に生まれた新たな遣田は、真っ先にタカミの部屋に向かい、ゲートを探してこの場所に現れたのだろう。

 ゲートは塞いでおかなければいけなかった。ゲートを最後にくぐるのはタカミではいけなかったのだ。レインでなければいけなかった。


 氷漬けになったユワを見て、


「そう……ユワちゃんの体も使いものにならなくなったから捨てたのね……

 遣田くん、あなたは一条くんやユワちゃんの体だけじゃなく、わたしと一条くんの子どもまで、あなたのくだらない目的のために利用するのね……」


 ハルミはようやく事態を把握したようだった。


「くだらない目的とはひどいですね。

 元々はネアンデルタール人であった私がこの世界の王となり、ホモサピエンスの中で最も優秀な頭脳を持ったあなたを妃にむかえて作る国の、一体何がくだらないというのですか。

 私とあなたの子や子孫がこの世界に栄え、私はこれから何千年何万年と王になる子や子孫に憑依を繰り返していく。

 やがて私は神と呼ばれるようになるでしょう。

 すべては私がアリステラの英雄アンフィスに師事し、未来予知の能力が開花したときから、すでに決まっていたことなのです。

 あなたもまた、神の伴侶として、あるいは聖母として、永遠の存在となるのですよ」


 本当にくだらない目的だった。

 王や神になりたがる者は、歴史上数えきれないほどいたが、皆この男のようにくだらない人間だったのだろうか。


「一条くんもソウジももういないのなら、わたしがこの世界にいる意味はもうないわ」


 ハルミはそう言うと、右手に持っていた注射器を腕に刺した。


「はて、それは何でしょうか?」


 タカミは嫌な予感がした。彼の嫌な予感は、昔から必ず当たる。


「そんなことをわたしに訊くなんて、あなたの千里眼や未来予知はどうやらあてにならないようね。

 千年細胞さえも破壊するウィルスよ。遣田くん、あなたはここでわたしと死ぬの」


 タカミは、ハルミの体中の穴という穴から、血液や体液が噴水のように噴き出すのを見た。




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