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「あの日?」
良樹は振り返って彼女を見た。美雪は硬い表情で何かを気にするように周囲を見ている。
「実はね、ここの黒電話の噂を使って肝試しをしようと安斉君が言い出したのは、彼の本当の目的じゃなかったの」
確かに安斉誠一郎があんな子ども騙しの怪談話に興味を持つのはおかしい、とは良樹も感じていた。けれど、彼なりに部員を楽しませる企画を考えたかったのかも知れないと思ったりして、あの時はそこまで深く考えなかった。実際、誠一郎と美雪の二人が建物に入る直前に彼は、
――実は、その黒電話。偽物だ。
と言っている。
「彼はね、本物の黒電話を使って誰か大切な人と話したいんだと、私にだけ話してくれた。あの食堂に置かれていた玩具の黒電話じゃなく、彼は別の場所に“本物がある”と言っていたの」
「本物というのは、本当にあの世と
「ええ」
「彼ってそういうものはあまり信じない人間じゃなかったか?」
「私もね、最初は冗談を言ってるんだと思った。けどね、笑いながらも目は本気だったの。そういう時の彼は手が付けられないことは知ってたから何も言えなくて」
だからあの日、美雪は良樹に相談めいた話をした。そういうことだった。ただ黒猫館に行くことに漠然とした不安があっただけではなかったのだ。
「本当はね、今日もどうしようかずっと迷ってた。でもここにもし今でも本物の黒電話があるのだとすれば、私は彼と、安斉君と話したい。その為に、あの日の出来事を、私の胸の中に仕舞っていて、ずっと取り出せなかったあの日の彼の話を、しようと思う」
二階の通路を中央の吹き抜けのところまで歩いていくと、一階に友作と加奈、それに遅れてやってきた足立里沙の姿が見えた。
「おーい! そっちは何かあったか?」
友作が良樹たちに気づいて手を振った。
「いや。何もなさそう。ずっと誰も入っていないみたいだ」
「そうなのか? こっちは食堂まで見てきたけど、猪か何か知らないが、野生の獣に荒らされ放題だったぞ」
「今、下りるよ」
「分かった。ああ、ただそこの中央のところの回り階段は途中で足場が抜けてるから危ないぞ」
「使わないよ。ありがとう」
良樹は美雪を見て頷くと、上がってきた階段の方に戻っていく。
四人と合流したところで、良樹はこう切り出した。
「実は深川さんから、少しみんなに話したいことがあるそうなんだ」
友作と加奈はそれぞれに美雪を見て「何?」という表情を浮かべている。桐生は特に関心がないのか、カメラを天井や崩れた階段や壁に向け、写真に収めていた。
一人、足立里沙だけが険しい目つきで彼女を見ていた。
「……うん」
友作、加奈、それから桐生、そして足立里沙を順に見てから頷くと、美雪は良樹の隣に立ち、軽く息を吸い込んでから、こう切り出した。
「十年前のあの日、安斉君は初めてこの黒猫館に入った訳じゃなかったの」
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