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 黒猫館の黒電話を使うとあの世の人と話すことができる――そんな噂話を真に受けるような子どもは、この地域文化研究会にはいなかった。加奈ですら「仮に話せたら面白いねってことよ」と言い訳めいた発言を付け加えていたけれど、良樹も友作も、当然誠一郎も美雪も、誰も、本当にあの世の人間と話せるなんて信じていなかった。

 そう、良樹には見えた。


「でも折角そういう噂があるのだから、地域文化研究会としてはその話を使わない手はないんじゃないか? こう思う訳だ」


 安斉誠一郎という人間は不思議な魅力を持っている男だ。縁無しの眼鏡を掛け、常に自信に満ち溢れた表情をしている彼は、外見的に女性にモテるだろうと良樹でなくても思うのだけれど、そういう異性への魅力ではなく、人間として、つまり同性であっても何か惹きつけられるものを宿していた。

 実は良樹を地域文化研究会に入る決断をさせたのは誠一郎だった。

 成り行きで一緒になった友作と共に見学に訪れたのだけれど、一年にして既にサークルの先輩を言い負かしている男がいて、彼と一緒にいれば何か楽しいことが待っているんじゃないかと思わせる、そういう熱を感じ、友作の「ここでよくね?」という言葉に賛同したように見せかけて、サークル加入を決めた。


「黒猫館を研究する、ということ?」


 良樹が尋ねる。


「それもない訳じゃないが、やはり夏といえばだ。浴衣と花火に肝試し。そうだろう?」

「え……」


 表情を一気に変えたのは加奈だった。怖いものが大嫌いなのだ。しかしそれを目にした友作は「いいんじゃねえか」と逆に乗り気だ。浴衣姿を期待しているのかも知れない。

 互いに一年生だった去年は花火こそやったものの、海に行くでもなく、浴衣を着るでもなく、どこかの夏祭りに参加するでもなく、誠一郎の家族が所有する山荘に籠もって、ひたすら神経衰弱とババ抜きとポーカーをして遊んでいただけだったことを思い出す。

 美雪はどうだろうと思って彼女の表情を伺うと、何か考え込んでいるのか、話を聞いていなかったのか、ぼんやりと視線を窓の外に投げていた。


「折角なんでバーベキューでもやって、その後のメインイベントとして黒猫館の黒電話探しをやろうかと、俺は提案をしたい。どうだ?」


 誠一郎の「どうだ?」ほど、あらがいがたい「どうだ?」はない。

 嫌々な様子で加奈も「まあ、いいよ」と答える。


「でもメンバーは? 今ここに五人しかいないけど。誰か誘う?」


 普段はもう一人、足立里沙あだちりさという女性がいるのだが、今日は姿が見えない。


「じゃあ足立さんは、あたしが聞いとく。それならちょうど男女三人ずつになるし」


 ペアで三組か。それぞれの頭の中ではどういう割り振りがなされているだろう。おそらくは誠一郎と美雪、友作と加奈、そして余り物同士の良樹と足立里沙となるのだろう。

 友作は加奈を見て何やらニヤついているし、さっきまでは蚊帳の外っぽい立ち位置だった美雪も誠一郎を見て、何やら頷いている。

 そこに「あっ、足立さんも行くって」と、加奈が自分の携帯電話を見ながら言った。


「じゃあ、これで決まりだな」


 誠一郎の楽しそうな声に、それぞれが頷きを見せた。


 しかし良樹は今になって思うのだ。

 何故あの時誠一郎があれほど黒猫館に拘ったのか。普通ならあの手のオカルトな話題は一番最初に否定し、何なら噂の出所まで調べ上げてはこれこれこうだからそれは起こり得ない、と論破する。そういう男なのだ、安斉誠一郎は。

 それがあの時の彼は不思議とその妙な黒電話の噂について突っかかったりはしなかった。誰もが嘘だと分かる程度の都市伝説だったからだろう、と当時は考えていたが、今にして思うと少し引っかかる。


 ともかくこうして地域文化研究会の六人で、夏休みを利用し、黒猫館を使って肝試しを行うことになった。

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