第1話 Trick or Smile

「大漁だね、魔女っ子さん」

「うん!」


 魔女のコスプレをした月菜の手を引いて歩きながら、太陽はニッコリと笑った。

 月菜は手に持った袋の中に入ったたくさんのお菓子を見て、満足げな顔。


「太陽にぃも、コスプレすればよかったのに」

「ハロウィンはもともと、コスプレのお祭りじゃないし。興味も無いしね」


 ズリ落ちてきた眼鏡を、月菜と繋いでいない方の手で元の位置に戻しながら、太陽は言った。


「ねぇ、太陽にぃ、『とりっくおあとりーと』って、どんな意味なの?なんでみんな、月菜にお菓子くれるの?」

「それはね・・・・」


 月菜の疑問に答えようとした太陽の直ぐそば。

 飲食店の飾り付けに使われていたヘビのおもちゃが、太陽の視界に入り込む。


「へっ・・・・ヘビーっ!ぎゃあぁぁぁっ!」


 叫ぶが早いか、繋いでいた月菜の手をも離すと、太陽はその場から全速力で逃げ出した。



 太陽と月菜は、血の繋がっていない親戚だ。

 つまり、血族ではなく、姻族。

 太陽の母親の弟の妻の、妹の子供。それが、月菜。

 太陽の両親は二人共に兄弟姉妹仲が良く、また母親の弟の妻も姉妹仲が良いため、年の節目節目にはよく親戚が集まっていた。大人たちが酒宴で盛り上がる中、子供の中で一番年上の太陽は自然と年下の月菜の面倒を見るようになり、家も近所だったことから、近場の祭りなどには月菜を連れて行く事が多かった。

 お互いに一人っ子の太陽と月菜。

 5つ年下で、『太陽にぃ』と自分に懐いてくれている月菜を、太陽はとても可愛がっていた。


 それなのに。


「月菜・・・・月菜っ!」


 大のヘビ嫌いとは言え、太陽はつい、月菜を放り出して逃げてしまったのだ。

 時刻はもう、夜に近い夕方。


(中学生にもなって、まだ小学2年生の小さな月菜を、街なかにひとりで放り出すなんて!もし月菜になにかあったら、僕はどうすれば・・・・)


 もう、それほど暑くはない季節。

 首筋を背中を伝い落ちる汗が、走り回ったための汗なのか、恐怖からくる冷や汗なのか。


「どこだっ、月菜っ!」


 荒い呼吸で月菜の名を呼び、その場に立ち止まってゼイゼイと肩で息をしていた時。


“どこから来たの?”

“お父さんとお母さんは?”

“交番連れてった方が良くね?”


 そんな会話が、太陽の耳に入ってきた。

 声のする方に目を凝らしてみれば、ゾンビのコスプレや吸血鬼のコスプレをした若い男女が、何かを囲むようにしてしゃがんでいる。

 そして微かに。

 女の子の泣き声らしきものも聞こえてきた。


(・・・・月菜?)


 月菜は幼い頃から、オバケの類には滅法弱い。子供だましのお化け屋敷ですら、大泣きしてしまうほどに。

 もし、あの輪の中にいるのが月菜ならば、どれだけ怖い思いをしているだろう。


「月菜っ!」


 咳き込みながらも、太陽は声のする方向へと全力で走った。

 と。


「太陽にぃ・・・・?」


 月菜の声が聞こえ、ゾンビと吸血鬼が輪を解く。


「月菜っ」

「太陽にぃっ!」


 手に持っていたお菓子入りの袋を放り出し、月菜が太陽の元へ駆けてくる。

 その小さな体を、太陽はしっかりと抱き留めた。


「・・・・こわ、かった・・・・太陽にぃ、こわかったの・・・・もう、月菜を、おいて、かないで」


 太陽の体にしがみつき、月菜はしゃくりあげながらそう訴える。


「ごめんね、月菜。本当に、ごめん。もう絶対に、おいていかないよ」


 片手で抱きしめながら片手で月菜の頭を撫でていると、月菜が放り出したお菓子入りの袋を手に、ゾンビコスプレの男性が近づいてきた。


「キミ、この子のお兄さん?だめだよー、可愛い妹、こんなところに独りぼっちにしちゃ」


 はい、これ。


 と、お菓子入りの袋を太陽に手渡しながら、ゾンビが苦笑を浮かべる。

 月菜はゾンビの姿を見たくないのだろう。

 より一層、太陽にしがみつく手に力を込めている。


「でも、よかった、お兄さんが来てくれて。妹ちゃん、泣きっぱなしだし、どうしようかと思ってたんだよね」

「本当に、すみません。ご迷惑をおかけしまして。どうもありがとうございました」


 しがみつく月菜をそのままに、太陽はゾンビに深々と頭を下げる。


「もう遅いから、気をつけて帰るんだよ」


 そう言うと、ゾンビも吸血鬼も、チラホラとネオンが灯り始めた夜の街へと向かって行った。



「月菜、ほんと、ごめんて。だからもう、泣きやんでくれないかなぁ?」


 片手で太陽の手をしっかりと握りしめ、もう片方の手で戦利品のお菓子の袋を握りしめて歩く月菜は、ずっと泣きっぱなしだった。

 それほど怖い思いをさせてしまったのだと罪悪感は持ちながらも、何を言っても泣き止まない月菜に、太陽も困り果ててしまい・・・・


「そうだ。さっき、『トリック・オア・トリート』の意味、聞いてたよね?」


 涙でグシャグシャになった月菜の顔が、ようやく太陽に向けられる。


「これはね。『お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ』って意味なんだよ。だから、いたずらされたくない人は、みんなお菓子をくれるんだ」

「え?」

「『トリック』は、いたずら。『オア』はどっち?『トリート』は、おもてなし。子どものおもてなしには、やっぱりお菓子でしょ。だから、『いたずらされるのとお菓子くれるの、どっちがいい?』って意味なんだよ」

「いたずらか、お菓子・・・・」


 太陽の言葉を真剣に聞いていた月菜の涙は、いつのまにか止まっていた。

 月菜の手を握ったまま、太陽は月菜の前に回り込むと、小さな月菜と目線が合うように屈み込む。


「じゃあ、応用だよ、月菜」

「おうよう?」

「うん。太陽にぃからの月菜へ質問」


 小首をかしげる月菜に、太陽が言ったのは。


「トリック・オア・スマイル?」


 目をパチクリさせながら少しだけ考えた月菜は。

 太陽の目の前で、ニッコリと笑った。


「よくできました」


 さ、帰ろっか。

 と歩き始めた太陽に手を引かれて歩きながら、月菜は笑顔のまま言った。


「今度ヘビがいたら、月菜がやっつけてあげるね、太陽にぃ!」

「は・・・・ははっ、ありがとう、月菜」

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