第22話 メルカー
「――俺が商品にするモノはこう言った調味料、香辛料です」
須藤はそう口にしながら少し不格好な小瓶に詰められた調味料と香辛料の数々をテーブルの上に出す。
それらをレイン達は興味津々に見ていた。
「俺は【メルカー】というスキルを持っています。そのスキルは元いた世界の「地球」とこの世界「ネフェルタ」の物を取り寄せることが出来るんです」
「なんと……そんなスキルが存在するとは。ではこの小瓶に入っている物は君がいた「地球」の商品なんだね。手に取ってみても良いかい?」
「はい、どうぞ。皆さんも見るだけじゃなくて触っても中身を見ても良いですよ」
その言葉を聞いた面々は調味料や香辛料を確かめる。
「スカー君。この少しピリッとした匂いが香る茶色い粉末はなんて言うのかしら?」
「はい。それは「ターメリック」というスパイスです。俺がいた国では「カレー」という美味しい食べ物があって。その素となります」
「ターメリック」の小瓶を開けて匂いを嗅いでいたマリーから聞かれたので答える。
「ヘェ〜そうなのね。私この匂い気に入っちゃったわ」
説明を聞いたマリーは楽しそうに「ターメリック」や他の香辛料を見ていた。
流石マリーさん。お目が高い。一番初めに「ターメリック」――日本人が愛するカレーのスパイスが気にいるとは。
「す、スカー君。もしや、この黒い粉末は――「胡椒」じゃないかい?」
須藤が感心していると近くから恐る恐ると言った声が聞こえる。そちらを見ると――「胡椒」が入った小瓶を手に震えているレインの姿があった。
「――レイン様。こちらにも凄い物があります。恐らくこちらは――「塩」だと思われます」
須藤が何か答える前にダニエルが「塩」が入った小瓶を片手にレインに問う。
そして「塩」の小瓶をダニエルから受け取ったレインは小瓶を開けて、一口舐める。
「――!! す、凄い。「塩」だ。それにこんなに雑味がない塩は初めてだよ……」
「そうですよね。私は
「確かに」
二人は同じ気持ちなのかただの「塩」に震える。
その二人の話を聞き須藤も同意したい気持ちで一杯だった。
わかる。わかります。今朝食べた朝食は美味しかった。でも――言っちゃ悪いが少し味気が少なかった。神様の話を聞いて
「そうですね。レインさんが初めに持っていたのは「胡椒」で、そしてダニエルさんが持ってきたのは「塩」で合ってますよ」
「やはりか……」
「もはや凄いとしか……」
須藤の話を聞いた二人は放心状態になってしまう。
「スカーお坊っちゃん。こちらの「小瓶」はそちらの世界の最高級の品ですかな?」
「? いえ。その小瓶はハンドメイド作品と言われる一般人が作った作品ですよ」
「な、なんと!?――この様な趣がある小瓶を作ったのが一般人……スカーお坊っちゃんの世界は凄い人達がいるのですね」
「いやぁ、まぁ、あはは」
執事長のチャンから問われたので普通に返したら逆に驚かれてしまった。そのことに愛想笑いでなんとか誤魔化す。
「……」
危ねぇ。なんとなくは「小瓶」について聞かれるとは思っていた。でも元の小瓶とハンドメイド作品の小瓶を入れ変えといて良かったわ。ラノベとかでは日本で扱われている商品のまま人に見せるから「こいつやべー」とか思われていたから。これを変えていなかったらなんて言われていたか……。
自分の先を見越した考えで「ヤバい奴」と認識されなくて良かったと思う反面。これでも「凄い」と思われてしまう日本の技術に舌を巻く。
実際、須藤は調味料や香辛料にも少しの工夫をしていた。【ルーム】の中で過ごしていた時、ふとあることを思い立って調べた。それは「地球」と「ネフェルタ」で共通する調味料と香辛料についてだった。
【商人】として生活するならまず調味料と香辛料を売ると決めていたので、後から騒ぎにならない為色々と調べた。その結果――そのまま売るのではなく、「地球」と「ネフェルタ」の物をブレンドした調味料と香辛料を売ろうと、計画していた。
「――スカー君。皆様が言うように他の調味料や香辛料は凄いです。でも、でも私は何よりも――これです!!」
「あぁ、「砂糖」ですか」
メイド長のナタリーが見せてきたモノは――「砂糖」だった。
「砂糖」が入った小瓶を手に持つナタリーは神からの恵みでも手に入れたかのように目をキラキラさせる。実際神からの恵みと言っても間違いではないが。
「はい。他の物と同様――いえ、それ以上にこの「砂糖」は価値があります。これでデザートのレパートリーが増えます!」
「あはは、喜んで頂いて何よりです」
やはり「女性」なんだなと思いながらもナタリーの喜びように頰を緩ます。
「スカー殿。こちらはなんという物なのですか?」
そして最後。ずっと須藤の隣で小瓶に入った乾燥した葉っぱの匂いを嗅いでいたローズが聞いてくる。
「ん? どれどれ――あ」
そしてローズが見せてくる乾燥した葉っぱを見て須藤は笑みが溢れる。
なんせそれは――
「ローズ。それはね、「ローズマリー」という植物を乾燥させた物だよ」
「! 「ローズマリー」……私と母上と同じ名前――」
ローズはそう呟くとその甘く爽やかな芳香を気持ちよさそうに嗅ぐ。
「そうだね。そしてそれは香辛料としても薬としても使える代物だよ。お茶にしても飲める」
「そうなのですね。とても、良い香りです」
最後にそう付け足すと須藤もローズに習って「ローズマリー」の香りを堪能する。
◇
みんなが須藤が出した調味料や香辛料を堪能し終えた時、レインが代表して須藤にある話を持ちかける。
「スカー君。とても良いものを見せて頂いた。ただ君の口ぶりではその――【メルカー】と呼ばれるスキルではこの他にも物をこちらに取り寄せられるんだよね?」
「はい。お金や生き物。その他無理のない程度でしたらなんでも」
その話を聞いたレインは他のみんなの顔を見る。そして須藤に顔をもう一度、向ける。
「スカー君。ハッキリと言おう。君のそのスキルは規格外だ。そしてこの世界をひっくり返せる代物だ。君はそのスキルを使って世界を変える様な大掛かりなことをするつもりはあるかい?」
「ありませんよ。俺はただ――人々が幸せに暮らし、そしてその中で俺が売った商品で笑顔を作れればそれで。お金も貯めれますからね」
話を聞いた須藤は自分の本心を伝える。
「そうか。そうだよね。君はそれで良い。大きな力は代償が付く。でも君なら大丈夫だろう」
ニコッと笑うとレイン達は須藤のことをただ、信用する。
「ありがとうございます。それでなんですけど――これら、売れますかね?」
『絶対売れる』
念の為聞いてみた。そしたら声を揃えて即答で返されてしまった。
「スカー君。君は少し自分が出した調味料や香辛料に過小評価をしている様だが、ここにある商品どれもが今世に出回っている最高級の調味料や香辛料が霞む程の逸品だ。僕だったらこの「塩」一瓶に――金貨10枚は出すね」
近くにあった塩の小瓶を手に取り、値段を告げる。
「え、え? 金貨、10枚ですか……?」
レインの一言に過剰に反応してしまう。
「ん? 少なかったかな?――では金貨50枚だね」
「ご、50!?――ち、違います! 流石に金貨10枚や50枚は高すぎるんですよ!」
須藤はもっとものことを叫ぶ。
ただ他の面々は通常通りで、別にふざけている訳ではない。
みんなの顔を見て唖然としてしまう。
ネフェルタでの貨幣価格。
下から鉄貨・銅貨・銀貨・金貨・大金貨・白金貨・黒金貨とある。
鉄貨……日本で言う10円
銅貨……日本で言う100円
銀貨……日本で言う1000円
金貨……日本で言う10000円
大金貨……日本で言う100000円
白金貨……日本で言う1000000円
黒金貨……日本で言う10000000円
※須藤が騎士から貰った銀貨15枚=1000円×15なので――15000円となる。
自分も「ネフェルタ」の調味料、香辛料を買ったが、『魔力』で買えたので値段を気にせずに買っていた。あの時は値段よりも『魔力』を空にすることが重要だったから。
ただ須藤の言葉を聞いたレインは首を振る。
「いや、それが高くは無いんだよ。実際スカー君が見せてくれた調味料や香辛料よりも劣る物が巷で一瓶金貨10枚前後で取引されている。高価な「砂糖」や「塩」なんかはもっとする」
「――そう、なんですね。すみません、知りませんでした」
「いや、謝ることはないよ。君は知らなくても当然さ。なんせこの世界で調味料や香辛料はとても高価な物。そして君は転移者なんだから」
無知な自分に恥じているとレインは励ましてくる。
「――でも、それじゃあ、こんな高価な物尚更売れないですよね……」
「いや、売れるよ。絶対にね」
「――」
振り出しかと落ち込む須藤を見て、確信を持ったようにレインは告げる。
「スカー君がそれらをどのくらいの単価で売るかはわからないけど、幾ら高かろうが売れる。それほどの商品。そして――誰もが新しい物には目がないのさ。僕も含めてね」
少しおちゃらけて言ってくるレインを見て信じてみることにした。
「――わかりました。レインさんがそう言うなら俺は、まずこれらを元に商売をしてみます」
「うん、それが良い。場所は僕達が用意するし。人員が欲しければ言ってくれ」
「はい。お世話になります」
須藤は素直にお願いをする。その姿を見たレイン達は嬉しい気持ちになった。
自分一人で何でもやろうとする。そして他人の力を借りない。借りれない。そんな子がやっと自分達を頼りにしてくれる、と。
「ただ、その、なんだ……僕達に優先に売ってくれると助かるかな?」
「え、いや。元々レインさん達からお金は取るつもりは無いですよ。俺もお世話になっている身ですし、ただでも――」
「それは駄目だよ」
「――」
自分はただで売っても良かった。でもレイン達はそれを良しとしない。真剣な表情で断られてしまい、言葉が詰まる。
「スカー君。君のその良心的な考えはとても素晴らしい物だ。それは天性の物なのだろう。ただ【商人】として過ごすならそれは足枷になる。別に無理に「悪」になれとは言わない。これだけ覚えて欲しい――ただより怖いものはない、と」
「ただより、怖いものはない」
須藤がレインの言葉を繰り返した言葉にする。その言葉を聞いたレインは頷く。
「親しい中にも礼儀あり、てね。いかに親密な間柄であっても、お互い守るべき礼儀があるということだね。親しさも度が過ぎれば、かえって不和のもととなりかねない。そこがまた難しいことでもあるけど、要は線引きが大事ってことだよ」
「なんとなく、わかります。そうですね。線引きは大事ですよね」
話を理解した須藤も同じく頷く。
「うん。僕達に線引きをするように、今後親しくなった人でもそれがたとえ家族でも守らなくてはいけない。君と同じ【商人】なんかは尚更。彼等は姑息に君に寄ってくるだろう。その時の回避方法――魔法の言葉を教えよう」
「はい」
須藤は特に何か言うでもなく、ただレインの言葉を待つ。
「それは――秘密。企業秘密ってやつさ」
「企業秘密、ですか?」
「うん。まず【商人】には自分が持つ情報。そして自分だけの商品が何よりも財産だ。それを相手になんのリスクもなく渡す行為は相手の思う壺。それでも相手が教えて欲しいと乞うなら――同等の物を示せ、と言ってやれば良い」
ニヤリと笑うと、レインは【商人】について教える。
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