第100話:戦闘準備




 パーティー当日。

 これでもかと磨かれたフローレスは、現役侯爵令嬢時代よりも艷やかな肌と髪をしていた。

 それはそうだろう。

 好きな事をして生活しているのである。

 抑圧されていた侯爵令嬢より、自由な平民の今の方が精神的緊張もなく、体にも良い影響が出ていた。

 しかも掛かる手は、侯爵令嬢時代と変わらないのだ。


「私達はプリュドム伯爵夫人の所へ行って来ますね」

 フローレスを磨き終わったマッサージ部隊は、そう言って部屋を出て行った。

 それが昼食前である。


「戦闘準備って感じだわ」

 髪を結い上げられながら、化粧をされているフローレスが呟く。

 既に時間は午後で、後一刻程で出発しなくてはいけない。

「お嬢様、お腹に何か入れておいてくださいね」

 一口大のサンドイッチやタルト、チョコやクッキーがお皿に盛られている。

 日持ちのする菓子類は持ち込みだが、サンドイッチはホテルの物だ。


「もう王子妃じゃないし、パーティーで美味しい物をいっぱい食べたいけど、無理よね」

 口紅を塗る前に腹ごしらえをする事にし、サンドイッチを一口頬張る。

「うちの料理の方が美味しい……」

 ちょっと残念そうに、フローレスが呟いた。



「お待たせいたしました」

 ホテルのエントランスにフローレスが現れる。

 マティアスとの待ち合わせがエントランスなので、エスコートは馬車の馭者だ。

 同じようにローゼンも馭者にエスコートされている。


 ローゼンのドレスは可愛過ぎない淡いピンク色で、ワインレッドを薄めたような色である。

 これはフローレスからの贈り物なので、今後はローゼンの宝物になるだろう。


「二人共素敵だわ」

 先にエントランスに居たレオノールが、マティアスより先に二人を迎える。

「先……レオノール伯爵夫人!お待たせしてすみません」

 フローレスが謝るが、その姿が既に貴族である。

「私が楽しみ過ぎて早く来たのよ、気にしないで」

 レオノールが普通に答えるのに、マティアスが苦笑する。


「あの二人は、レニ……じゃなくてフローレス嬢が平民だと自覚してるんでしょうか」

 マティアスが呟く。

「君も、フローレス嬢を作家名で呼ばないようにね」

 ヴィルジールに注意され、マティアスは「はい」と背筋を伸ばした。




 バロワン王国の王宮、今夜のパーティー会場へ着いた一行は、入口で招待状を提示した。

「プリュドム伯爵……ご案内いたします」

 係員が先を促すが、二人は進まずにフローレス達を待つ。


「フローレス……?」

 フローレスの招待状を確認していた係員が、ファミリーネームの無い招待状を見て、眉間に皺を寄せる。

 隣に居る警備員へと何やら耳打ちし、招待状を人差し指と親指の2本で摘むように持った。


「とてもよく出来た偽造品ですね」

 驚いたのは、言われたフローレスよりも付き添いのマティアスだった。

 出版社経由でフローレスに届いた招待状が、偽造品だと言われたのだ。

 責任は出版社にある。



「そんな似合いもしない趣味の悪いドレスまで用意して、貴族気取りですか?」

 相手が平民だから、何を言っても良いと思っているのだろう。

 もしかしたら招待状もきちんと確認していないのかもしれない。

 周りの貴族もクスクスと笑って見ている。


 プリュドム伯爵が戻ろうとした横を、勢いよく追い抜いて行く影があった。

 見事な緑の髪を後ろで一つに纏めている。


「フローレス嬢、姉上の趣味が悪くてすみません。……私はとても似合っていると思うのですがね。この国とは趣味が合いそうにないです」

 笑顔で声を掛けてきたのは、オルティス帝国第三皇子、前よりも男振りの上がったアダルベルトだった。



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