第29話 同棲の始まり1

 同棲を開始するべく自宅を出た僕は夜道をしばらく歩いてアパートへと到着した。


「こんばんわ」


 アパートに到着すると、僕より僅かに早くアパートに到着していた千紗乃が声をかけてきた。


「よ、よぉ」


 千紗乃が僕より早く到着しているとは思っていなかったので、僕の返事はぎこちなくなってしまう。

 

 それにしても、やっぱり可愛いなこいつ。


 以前デートをした時よりも若干ラフな格好の千紗乃は普段の完璧な可愛さからは程遠いが、それがギャップとなり普段よりも可愛く見えてしまう。


「とりあえず開けるわ」

「ええ」


 父さんから預かった鍵で部屋の鍵を開ける。


 扉を開いて靴を脱ぎ部屋の中に入って部屋の中を一通り見渡すと、何の変哲も無い2LDKのよくあるアパート。

 父さんが持っているアパートが1LDKじゃなかったのは不幸中の幸いと言ったところだろうか。


 いや、そもそも千紗乃と同棲するということ自体不幸ではないし、同じ部屋で生活しないで住むことが幸いだとも言えない。


「2LDKか……。まあ広すぎず狭すぎずって言ったとこだな」

「そうね。1LDKだったら地獄だったけど、かろうじて部屋もリビング以外に2つあるし、これならプライベートな空間も確保できそうね」


 1LDKだとお互いのプライベートな空間が確保できないというのは理解できる。


 千紗乃に悪気が無いのは分かっているが、僕と同じ空間で過ごすことを地獄だと言われてこっそり涙を流した。

 

「とりあえずお互い部屋に入って持ってきた荷物の整理でもするか」

「ええ。そうしましょう」


 そうして僕はご丁寧にHIORIのローマ字が掲げられた部屋へと入る。


 部屋の広さは六畳。


 高校生の男子が自分の部屋にするには十分な広さである。


 あらかじめ置かれた机とベッドが救いではあるが、何もない部屋ってのはこんなに殺風景に見えるもんなんだな。


 ああ……。もうすでに実家が恋しい……。


 よし、気を取り直して荷物の整理でもするか。


 ……ん?


 荷物を整理しようとしていた僕の目に止まったのは机の上に置かれていた正方形の薄い物体。


 その見た目に心当たりはあったが、まさかアレが机の上に置いてあるはずがない。


 恐る恐る机の方へと近づいて行く。


 ……はぁ。


 そこに置かれていたのは先程別れを告げたばかりの避妊具だった。


 アイツ、やりやがったな……。

 こんなことをするのは父親くらいだ。


 しばらくこの避妊具の処遇について検討したが、ゴミ箱に入れたとしても、その中身が見られてしまう可能性もある。


 とはいえ安易に机の引き出しの中にしまうと気づかれてしまう可能性が高いので、僕は荷物を整理した後でキャリーバッグにそいつをしまい、クローゼットの中へと移動した。


 これだけ厳重に収納してあれば千紗乃に にバレるってことはないだろう。


 わざわざキャリーバッグを開けて中を見るとも思えないしな。

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