第16話 バーン・オブ・ザ・デッド②

「嫌だよ怖いよ汚いよ!」

「泣き言言うなよ、これくらいの現場なら修羅場ってほどでもないだろうが」

「やだユウリがせっかく選んでくれたドレスが汚れる!」

「確かにもったいないけど、エレベーターの上に登って汚れるか手榴弾で燃えカスになるか選ぶんだったらまだ前者じゃない?」

 そんなやりとりが繰り広げられた数分後。私は無事、エレベーターの点検口から外に出て、天井にうずくまっていた。こんな高いところにある点検口を無理やり開けるなんて絶対に無理だと思ったのに、そこはさすがの軍人二人がいともたやすく軽業みたいな動きをして蹴破ってしまったので、もう抵抗だってできなかったわけである。

「巻奈ー、電波入ったー?」

「入ったけどさぁ、装備もないからそんな難しいハッキングはできないよ………」

「監視カメラは?」

「それくらいならまぁ」

「じゃあ全然問題なし」

 エレベーターの中に残ったミアとユウリに声をかけられながら、半泣きで手首のスマートウォッチを操作する。そもそもこんな状況は想定していなかったので、ろくに道具だって持ってないのだ。今頼りになるのはこのスマートウォッチだけ。手榴弾を用意した襲撃者と戦うには心もとない装備………それは他の三人も同じだけど………。

「これ、ビル自体が封鎖されてるかもな。他のフロアの扉が開く気配もないし」

「レイ怖くないの………?」

「別に」

 私と一緒に外に出たレイがエレベーターの淵から階下の様子を伺って状況を教えてくれるけど、足を滑らせるのが怖いからおとなしく真ん中に立っていてほしい。

「で、調子は?」

「このスマートウォッチ、せいぜいノートパソコンくらいのスペックしかないからちょっと時間かかるよ………ってちょっと!」

「ん?」

「ドレス破ってる!なんで!?」

「だって動くのに邪魔だろ」

「ユウリー!レイがドレス破ったー!」

「それはもうしょうがないよ。巻奈も邪魔だったら破っていいからね」

「嫌だよ!」

 足を動かしやすいように、ロングドレスの裾をちぎって膝丈に仕立て直すレイを止める人は誰もいない。せっかく素敵な恰好だったのに写真も撮れないなんて………こんなのあんまりだ………。

「なんでちょっと泣いてるんだよ」

「もういいもんレイの馬鹿………」

「いわれのない悪口をやめろ。っていうか文句は襲撃犯に言えよな」

「それはそうかもしれないけど………」

「ったく、『ナインオクトパスシャーク2』はどこ行けば見れるんだよ」

「まだ諦めてないの?」

 この状況では続編が出たというのも相手が流したデマの可能性が高いと思っていたのに、レイは希望を捨ててなかった。不死身の彼女は諦めも悪いのだ。残酷な現実をどう伝えようか言葉を選びながら画面を操作していたら、ようやくピコン、と軽い電子音が鳴った。

「あ、繋がった!」

「ナイス巻奈!」

「とりあえずこのフロアの廊下見てみるね」

 一般向けのビルのシステムにハッキングするなんて、そんなに難しいことじゃない。複雑な作業が求められるわけでもないから、スペックが低いスマートウォッチでも十分に対応できた。裏を返せばそれは、ビル自体は一般の持ち物でたまたまここを襲撃に選んだだけ、ということにもなるから………うん、想像したよりも大がかりな話じゃないのかもしれない。

「えーっと………」

「私も見たい」

 スマートウォッチの小さな画面をレイと二人で覗き込む。エレベーターホールには人影がない。それならとエレベーターホールからまっすぐ、反対側の大きな窓まで続く廊下のカメラに切り替えた。一本の廊下の左右に分かれる形で部屋が配置されてるから、この廊下か部屋の中か、どこかに犯人はいるはずだ。

「………あっ、」

 廊下の一番突き当り。窓のそばに置かれた小さなソファに深く座る人影があった。カメラの画質のせいでよく分からないけど、たぶん男の人。足を組んでゆったりと座っているように見えるけれど、視線は奥————私たちが閉じ込められたエレベーターの方に向いている。

「一人しかいない………の?」

「別の部屋にいる可能性は?」

 ザッピングの要領でカメラの画面を切り替えていったけれど、動くものは映らない。このフロアだけでなく、上から下まですべての階も含めて。ここにいる人間はこの男と私たちだけだ。

「よく見えないけど………軍人っぽい?かな?装備の雰囲気は」

「あー、そうだな。っていうかこのロゴどこかで見た気が………」

 眉間にしわを寄せて画面を食い入るように見つめるレイ。彼が着ている防弾ベストの右胸にあるロゴが気になるようで、しばらくの沈黙の後彼女の灰色がかった目が大きく見開かれた。

「————もしかしてこいつ、ドクターか?」



「はい、犯人はレイでした!」

「自分から心当たり聞いたくせに!」

「どうせ元同僚とか元敵とかそういうのでしょ巻き込まないでよね!」

「ちがっ、違うってちょっと!落ち着けよ!」

 敵の正体も居場所も数も分かったので一度安全なエレベーターの中に戻った私たち————主にレイを待っていたのは、さっきまで協力体制にあった仲間からの暴言の嵐だった。勢いに押されて降参するように両手を上げたレイがぶんぶんと首を横に振る。

「いや、確かにドクターっぽいけど!っていうかぶっちゃけドクターにしか見えんけど!でも私があいつの恨みを買うわけないんだって!」

「そんなこと言って!絶対レイが何かした!」

「足を踏んだ側が忘れても踏まれた側は覚えてるものなんだよ、レイ」

「くぅ………信用がないなぁ私………」

 言い訳はもういらないから説明責任を果たしてほしいという私たちの視線に耐えかねたのか、ため息をつきながら額に手を当てるレイ。めちゃくちゃげんなりとした顔をしていた。

「分かったよ説明するよ………。ドクターは確かに最初に所属した部隊の同僚だったけど、仲違いして別れたわけじゃないんだ。むしろ円満退社だったから恨まれる覚えもないね」

「じゃあなんで退社することになったの?」

「隊員が私とあいつ以外全滅したから」

「………………」

 こともなげに言っているけれど、レイが所属している以上そこは頭数をそろえただけの実力がともなわない部隊ではなかったはずだ。二人以外を残して全滅するなんて大惨事は、よほどのイレギュラーでもないとありえない。

「………それなら全滅したことに何か理由があったりしない?レイが作戦をとちったとか、ドクター?さんが何かやばいことをしていてその口封じとか」

「そういう任務じゃなかったんだよ。研究所を制圧するってだけの簡単な任務だったはずなんだけど、気付いたら死体の山ができてて………っていうかさ、みんな勘違いしてると思うけどドクターは軍人じゃないぞ」

「へ?じゃあなんで同じ部隊………?」

「そりゃ同じ部隊ではあるだろ、名前の通り、あいつ軍医だし」

 ————つまり話を整理すると。私たちに手榴弾を投げてきた『ドクター』と呼ばれる人物はレイの元同僚で軍医だ。襲われる原因に心当たりはない………とレイは主張しているけれど、それは正直かなり怪しい。けれど思いつかないものはしょうがないので、そこはとりあえず不問としておこう。

「なーんだ、軍医なんだね。じゃあ話は簡単だ」

「簡単なの?」

「だって軍医なんかに負けるはずないし。ユウリもレイもそう思うでしょ?」

 さらりと喧嘩を売るような発言をしたミアが、今度はお手玉みたいに手榴弾を投げて遊び始めたからその心臓に悪い光景はなるべく見ないように目線をそらす。代わりに見つめたユウリとレイは、ミアの軽い口調に反して難しい顔をしていた。

「ここまで罠にはまってからだと相手の戦闘力とかはもう関係ないからなぁ………。私がドクターさん側に立ってたら、絶対に失敗せずに殺せると思うよ」

「縁起が悪いこと言わないでよユウリ………レイは?」

「あいつ、医者だけど普通に戦えるタイプの医者なんだよなって思ってた」

「そういうことは先に言ってよ」

「あ、だけど一個だけいいこともあるぞ!」

 ぴん、と人差し指を一本立てたレイがにこやかに微笑んだ。

「監視カメラを見る限り、敵はドクター一人だけだ。こっちは四人………巻奈は戦力にならないから、三人か?」

「ねぇ誰のおかげで監視カメラが見えたと思ってるの?」

「つまり一対三。数では有利だろ?」

 私の抗議を黙殺したレイが得意げに胸を張る。難しい顔をしていたユウリもそれを聞いて「確かにね」と一度だけ頷いた。

「じゃあそろそろ反撃のタイミングにしとく?」

 ミアが手榴弾をこちらに差し出して首を傾げるから、今度は四人でアイコンタクト。やるべきことはもう分かってる。こういう時は、あえて口に出す必要はない。私たちは何回だって世界を救ったし、この程度の環境は実は窮地でもなんでもない。それを見せつけてやろうって話なんだから。

「————じゃあそんな感じで。作戦開始」

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