幕末の天才剣士、沖田総司




「おい、起きろ!」

「⋯⋯⋯⋯ん」


 暗闇の中、ユサユサと激しく肩を揺さぶられてゆっくりとまぶたを開く。



「全く、誘拐されて寝こけるとはどれだけ神経が図太いんだ」

「うわぁ!?」


 目を開けた途端、視界いっぱいに広がるスキンヘッドの厳つい男性の顔に、桜河は飛び起きた。



(ここは一体どこなんだ⋯⋯!?)


 寝起きのぼんやりとした頭で考える。

 どれくらいの時間かは分からないが、桜河の体感ではそれなりに長い時間、車に乗っていた。そして、暗闇と両脇に感じる温もり、心地よい揺れのおかげで、自分でも気が付かないうちに寝てしまっていたようだ。


 状況を把握するため辺りを見回すと、寝ている間に黒服の男たちによって趣のある純和風の屋敷の中に運ばれたようである。古いが手入れが行き届いた和室の中に漂う畳の香りが、何故だか懐かしく感じられた。


「起きたなら立て。若様がお前をお待ちだ」


 誘拐された時と同様に、グイッと乱暴な動作で桜河の身体を引っ張る男たち。好き勝手言われた挙句、有無を言わせない彼らにフツフツと怒りが湧き上がり、それはついに限界を迎えた。

 桜河は恐怖も忘れ、男たちに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。


「おいっ! お前らさっきからなんなんだよ!? 若様ってなんだ! 俺をこんなところに連れてきてどうするつもりだよ!!」

「静かにしろ。若様にお会いすれば全て分かるはずだ」


 興奮状態の桜河に対して男たちは至って冷静で、横目でちらりと桜河のことを見てそう言ったきり、口を閉ざしてしまう。

 せめてもの抵抗と、無言で桜河を引きずる彼らを挑発するようなことを言っても、一向に返事が返ってくることは無く、虚しさが募るばかりであった。








✳︎✳︎✳︎







「やあ、八神桜河くん。よく来たね」


 大広間に通された桜河の目の前には優雅に空を舞う鶴が描かれた金屏風きんびょうぶが置いてあり、見上げると格子状に組まれた二重折上格天井にじゅうおりあげごうてんじょうが広がっている。

 姿の見えない“若様”は御簾みす越しに「待っていたよ」と口にするが、大人のような話し方に反してその声は幼く、そのことが不自然さをより一層際立たせていた。



「何がよく来たね、だ! お前らが勝手に俺を連れてきたんだろうがっ」

「お前! 若様に向かってなんて口の利き方だ!」


 側に控えている黒服の男たちが桜河に掴みかかろうとする。しかし、若様は特段気に障ったようすは無いようで、そのまま話を続けた。


「オウガは随分と威勢の良い男の子なようだ」

「馴れ馴れしく呼び捨てにすんじゃねえ! お前らの目的はなんだ!」

「うんうん。それについてはまず、彼を紹介してから話そうか」

「誰だよ!?」

「紹介しよう、彼の名は沖田誠司おきたせいじ。動乱の時代を駆け抜けた、幕末の天才剣士——沖田総司おきたそうじの魂を持つ者だ。今日からキミの相棒になる子だよ」


 若様がそう言うと、何処からか亜麻色あまいろの髪を一つに結った小柄な少年が現れる。彼は学帽に学ラン、マントという今時珍しいバンカラスタイルで、動きに合わせて長いマントがひらひらとなびいていた。全身濡羽色ぬればいろの中、マントの裏地の紅だけが鮮やかで、それが一層目を惹く。

 誠司と呼ばれた少年は桜河の姿を見るなり、腰に差していた日本刀をスラリと抜いた。


「!?」


 息を呑む桜河の首筋には、いつの間にか誠司の持つ日本刀の刃が突きつけられていた。


「ねぇ、アンタ。口には気をつけなよ? バカ丸出しだ」


 声変わり前の少年特有のボーイソプラノの声が桜河の耳をくすぐる。



「はぁ!? 何言って————」


 いきなりの失礼な物言いに抗議しようと桜河が振り向くと、深い湖の底のような碧い瞳と目が合った。誠司は、眼光鋭く桜河を睨め付けてくる。



 これが、後に最強のバディとなる八神桜河と沖田誠司の最低最悪の出会いであった。





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