第2話 年増の女

 意識を失っていたのか深い闇の中で私を呼ぶ声が聞こえる。

 瞳の隙間から眩しいくらいの光が差し込んでいる。

 薄暗い牢獄の中では感じられなかったその光。

 暖かな温もりに体全体が包まれている。


 ゆっくり開いた瞳から見えた光景はこの世の物とは思えない程、美しかった。

 どこまでも続く青い空が広がり、ゆっくりと雲が流れていた。

 広大なその光景に私は眩暈を感じていた。


「真利亜!」


 それは私の事なのだろうか?私には名前がなく、そんなふうに呼ばれたことは無い。

 声の主を辿るとそれは年増の女性。見覚えは全くない。

 40手前くらいのその女性は我が子を愛しむ様に私を見ていた。


 山々に囲まれた穏やかな光景。生い茂った草木の中に広がる畑。

 私はいつの間にこんな所に来ていたのだろうか?


 遠くの方で畑を必死になって耕している人物が見える。

 ギャルっぽい格好にハイヒールのその姿はどこから見てもお姉さんだった。

 額の汗を拭きながらお日様の元で一生懸命働くその様子はお姉さんには不釣り合いに見える。

 お姉さんは私に気が付くと手を振りながら私の元へとやってきた。


「気が付いた?」


 お姉さんの派手目な化粧は汗でじんわりと取れかかっている。

 吹き出る汗をハンカチで抑えながら化粧を直し始めた。


「ここまで運んでくるのは苦労したよー」


 どうやらお姉さんがここまで運んでくれたらしい。私に付けられた首輪と鎖はどうしたのだろうか?


「何があったんですか?」


「私が知る訳ないしょ…ウケるぅwwwwwwww」


 そのウケるぅと言って笑うのは何かの流行りなのだろうか?

 このままでは埒が明かない。


「ここは何処なんですか?」


「そのオバサンの畑」


 お姉さんは私を愛しむ様に見つめる女性を指さした。

 女性は「いったいどうしたの」と言いたげに私に目を向けている。


「そのオバサン貴女を娘だと思ってるみたいよ」


 愛しむ様に見つめていた理由は何となくわかった。しかし何でそんな勘違いをしているのだろう?


「同じ年頃の娘でも亡くしておかしくなったんじゃない?」


 例えそうだとしても軽々しく口にする言葉ではないだろうと思った。

 オバサンは私の事を心配してくれているのだ。

 私はオバサンの好意に笑顔で返した。


「真利亜~!」


 するとオバサンは私に思い切り抱き着いてくる。7歳の女の子の力では振りほどくことは出来なかった。

 力強く抱きしめながら何度も繰り返し頬擦りをする。人にそんなことをされた事の無い私はどう対処して良いのかわからなかった。


 為すがままにされてキョドった私を見てお姉さんはケラケラ笑っている。

 助けてくれようとする気持ちはどこにも見えなかった。


 それにしてもお姉さんは何故、私をここまで運んでくれたのだろうか?

 そしていったい何者なのだろうか?私は長い夢を見ているのだろうか?


「どおして牢獄から連れ出してくれたんですか?」


「あそこにあのまま置いてけるはずないじゃん!」


 お姉さんは少し険しい顔つきで私に言った。その言葉の意味は少し気になったが、それは後々わかる事となる。

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