ひっそり静かに生きていきたい ~拾遺録~
於田縫紀
拾遺録1 傍らの物語
第57話位 私だけのヒーロー
今日の夕食はお魚メイン。
○ 生魚と生野菜をドレッシングであえたサラダ
○ フミノが『サシミ』と呼ぶ生魚を小さめの切り身にしたもの
○ 小さめの魚の揚げ物
○ 根菜と鶏肉の煮物
○ 芋と葉野菜入りのスープ。
あとはパンと米飯といういつもの主食とラルド等御飯のお供。
こんなメニューにした理由は単純、フミノが好きなもの中心にまとめたから。
街からここまで山を登って、そしてその後トンネル掘りで魔法やスキルを使いまくったのだ。フミノは相当疲れている筈だと思う。
少なくとも私はそれだけ魔法を使いまくれば動きたくなくなる。
ただフミノ、見ている限りではそれほど疲れているようには見えない。何処にそんなエネルギーを持っているのだろう。私より小柄なのに。
「ところでトンネル、どれくらいまで出来たのかな?」
そんな風に会話を振ってみる。
フミノは今、この山塊を越えるトンネルを掘っている。単独でだ。それも小さいものではない。見た限り馬車も通れそうな広さのトンネルで、長さも
勿論こんな大きさのトンネルを1人で掘るなんて事は普通しない。
私の知っている例では高レベルの土属性持ち魔法使いが最低2人、水属性魔法使いが最低1人、それに数十人程度の作業員が必要となる。
① 土属性魔法使いの1人が穴を掘って
② もう1人の土属性魔法使いが掘った穴の周囲を固めて
③ 掘り出した土を作業員が運び
④ 出水事故が無いように水属性魔法使いが控えている。
これが魔法使いを十分に集められた場合の理想的なトンネル掘削作業だ。
実際にはトンネル工事で使えるようなレベルの魔法使いは少ない。だから能力が充分な者を希望の人数、集めるなんて事はほぼ不可能。人海戦術で行うというのが普通だとされている。
しかしフミノはそれを1人でやってのける。それも理想的な魔法使い入り編成の数倍以上の速さで。
「8割くらい」
「もうそんなに掘ったの?」
私はフミノの凄さに慣れている。それでもやっぱり驚きだ。
「大した事はない。スキルのおかげ」
スキルも含めてフミノの実力。私はそう思うのだけれども違うのだろうか。
しかもフミノが凄いのはスキルだけではない。遠くを見ることが出来る偵察魔法をはじめ、基本の火、土、風、水、空、全ての魔法が使える。
自分が使えるだけではない。魔法の使い方を他人に教える事も出来る。私もおかげで全属性の魔法を使えるようになった。風魔法なんて攻撃魔法まで使えるようになった。学校では『魔法を使う事は出来ない』と診断された私なのに。
「それよりリディナの方が凄い。私はトンネル作業だけ。リディナは周囲を警戒して、ゴブリンを倒して、さらにパンを焼いたりした。昼のパンもこの夕食もとっても美味しい。こっちの方が凄いし便利だし役に立つ」
いつも思うのだけれどフミノは認識がおかしい。フミノの方がどう考えても凄いだろう。私だけで無くフミノ以外の誰もがそう判断すると思う。
しかし
認識がおかしいと言えばこのトンネル掘削作業もそうだ。
この作業は領主に頼まれた訳でもギルドで依頼として受けた訳でも無い。私達、いやフミノが勝手にやっている作業だ。
フミノの言い分はこうだ。
『単に山を登るのが面倒。それだけ』
山を登るのが面倒だからトンネルを掘る。どう考えても普通の発想ではない。
万が一本当にそうだと仮定しよう。それならばトンネルの大きさは自分達が通るのに必要な大きさで充分だろう。その方が掘る作業も絶対楽だ。
しかし実際に掘っているのは中で馬車がすれ違えそうな大きさのトンネル。
そしてフミノはこのトンネルを掘って向こう側へ行った後、このトンネルの件を冒険者ギルドに報告するという。
『あるものを使わないのは不合理』
彼女曰くそんな理由で。
少なくとも私達のパーティ的にはトンネルを2人で歩けるよう細く狭くつくり、他の人にその存在を隠すのが正しい。
その方がトンネルを作るのも楽だろう。
更にアコチェーノとローラッテを楽に行き来出来れば、それを利用して儲ける事も出来る。
冒険者ギルドではローラッテとアコチェーノの間の運送業務を常時依頼として出している。ここを簡単に往復できればその分儲かるのだ。
稼ぎたい目的もある。フミノは新しい家を欲しがっていた。その設計もある程度やって、森林
理想的な間取りという事で考えた2階建ては
それにトンネルを発見したと報告したら目立ちかねない。フミノは目立ちたくないと常日頃言っているのに。
『ひっそり静かに生きていきたい。それでいい』
かつて彼女が私に言った台詞だ。実際そう望んでいるらしいというのは一緒に暮らしてきて私もわかっている。
しかしそれならこのトンネルの件を公にするのはおかしい。発見したと報告すれば目立ってしまう可能性がある。たとえこのトンネルを『掘った』ではなく『発見した』と言い張ったとしても。
なんて私が思いつくような事はフミノもわかっている筈だ。彼女は結構頭がいいから。
だからきっと、フミノがこのトンネルを掘っている理由は『山を登るのが面倒』だからではない。ここフェルマ伯爵領が山に分断され困っている。それを手助けしたい。そんなところだと私は思う。
彼女にはそんな優しさというかお人好しな面がある。困っている人を見ると手助けせずにはいられないというか。
フミノ自身は対人恐怖症と言っていい位に他人が苦手なくせに。会話すら普通に出来ない位だし、男性が近くにいるだけで固まりそうになる位のくせに。
ついこの前だって魔狼の出現で孤立した村の救援をやった。魔狼を退治した上、足りなくなりそうな食料を大量に持っていって原価で渡すなんて事までして。
本人は手触りがいいシーツ用の布が欲しかったからと弁解していたけれど。
「このサラダ用のドレッシング、新作?」
そんな台詞で思考から引き戻される。フミノが私の方を見ている。手にはソースがかかった生魚が載ったフォーク。
どうやら生野菜と生魚、そして茹で芋のサラダにかけたソースの事のようだ。
「前にフミノが言っていたよね。ゴマを潰して和えたドレッシングが前にいたところにあったって。だから試しに作ってみたんだけれども、どうかな?」
「美味しい。刺身にも野菜にも芋にもよくあう。やっぱりリディナ、凄い」
「フミノの方が凄いと思うよ。1人でトンネル工事が出来るなんて」
実際そうだと私は思うのだ。
フミノはトンネル掘りが出来るのはアイテムボックスのスキルのおかげだと言っている。しかしそれだけではない筈だ。
『本体はまだ3割行かない。あと水抜き坑を2本掘った』
お昼御飯の時に言っていたフミノの台詞だ。つまりトンネル本体をただ掘るだけではない。最低でも水抜き坑という私が思いつかない工夫をしているという事だ。
実はフミノ、魔法の力よりもそういった知識の方が特異かつ優れているのかもしれない。そんな事も時々感じる。
ただその分、彼女はこの国の事はあまり知らない。本人も『この国の事はほとんど知らない』と言っていたし。
「大した事はない。スキルのおかげ」
フミノはいつも通りそう言うだけ。多分本気でそう思っているようだけれども。
「美味しかった。今日もありがとう」
フミノがそう言って食器を収納する。美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。しかし今日もやはり小食だ。そこが少しだけ気になる。
フミノ、私と同じ年齢の筈なのに小さすぎるし痩せすぎている。食もかなり細い。食べている量だって私の3割くらいだろう。
だからもっといっぱい食べて大きくなって欲しい。勿論フミノは健康だと思うし病気とかそういった気配もない。体力も魔力も私と同等以上はある。
だから心配する必要はないのかもしれない。それでもフミノの小さくて華奢な身体を見ると気になってしまうのだ。余計なお節介となってしまうから言わないけれど。
「それじゃお風呂入ってくる」
「そうだね。今日は汗もかいただろうしゆっくり入ってきてね」
風呂場へ向かうフミノを見送りつつ、ふと私は思ってしまう。いつまでフミノと一緒にいられるかな、そんな事を。
フミノと一緒にいる事にした最初の動機は私の打算だ。私がフミノに雇ってくれと御願いした。私を雇っていた商会が潰れる事が確実だったから、生計の為に。
フミノはこの国に不慣れで、しかも他人が苦手。それにつけ込んで。
その時の会話、今でも私は覚えている。
『雇用はしない。パーティを組む。それじゃ駄目?』
『でも私、魔獣を討伐なんて出来ないです』
『私がやる。何とかする。でも私は他人が苦手。リディナに頼む。だから対等。対等な仲間。駄目?』
フミノが『対等な仲間』と言ったのは名目だけではなかった。その後、冒険者ギルドで褒賞金をわけようとしたり、宿に泊まる時でも同じ程度の部屋にこだわったり。
そんなフミノが少し甘くてあぶなっかしくて、それでいて眩しく見えた。以来私はフミノと一緒にいる。
そして私はフミノと一緒にいたい。このまま、ずっと先まで。
この感情はきっとただの友人に対するものではない。私もそれは気づいている。しかしそれならこの思いは一体何なのだろう。
いわゆる愛とかいうものだろうか。ただ少なくとも今の私にはわからない。愛というのがどういうものかも、それが今の私のこの感情と同じなのかも。
学生時代、愛だの恋だのといった単語はよく耳にした。親公認の恋人なんて関係の生徒もいたし、既に婚約済なんて子だって貴族を中心に結構いた。女子寮での噂話でも誰が誰を好きだとか、そういう話題が多かった。
それでも私自身はそういった話題を今ひとつ自分の事として捉える事が出来なかった。損得勘定での判断や、価値観の相違というものでの判断なら理解出来る。友達として付き合うという観点なら好き嫌いというのも感覚としてわかる。
しかし愛とか恋とかは、それらとはどうやら違うものらしい。
愛とか恋とは何だろう。ただ一緒にいるだけでも充足できるのだろうか。それとも性欲的にやりたいという事なのだろうか。人生設計的な満足感なのだろうか。
私にはわからない。その当時の私もわからなかったし、今の私もわからない。
ただ今の私はフミノが好きだ。一緒にいたいし、近くにいるという感覚が好きだ。何かあれば役に立ちたいし、何か出来るのならしてあげたい。フミノに好かれたいし大事な存在だと思ってもらいたい。
ぶっきらぼうで対人恐怖症。だけれど実は優しくてお人好し。強力なスキルと多様な魔法を持っていて、人が知らない事を知っているけれど誰もが知っている事を知らなかったりする、時に危なっかしいフミノ。
私はそんなフミノが大好きだ。
ただフミノ、この国に大分慣れてきている。対人恐怖症もかなり治ってきている。他人との会話だってその気になれば出来るようになっている。
だからそれほど遠くない未来、フミノは私を必要としなくなる。それでもフミノは私と一緒にいてくれるだろうか。私が一緒にいていいのだろうか。
私としてはずっと一緒にいたい。フミノが近くにいる事を感じていたい。しかしフミノは私の事をそう思ってくれるだろうか。
もしフミノが私と別れる事を選択する日が来たのなら、その時は私は笑って見送ろうと思う。その方がフミノが幸せになれるのなら。多分私、後できっと泣いてしまうだろうけれど。その後ずっと喪失感に襲われるのだろうけれども。
ただその日が来るまでは、私はフミノの近くにいようと思うし一緒にいたい。フミノが何をやりたくて実際何をやるのか、すぐ側で感じたい。
少し考えすぎたかな。そろそろ夕食を片付けようかな。まとめておいて、またいつか食べられるように。自在袋に入れておけば傷む事もないから。
そう、今、私がやっているのはこんな作業。御飯をつくったり、手続きや契約等をしたり、買い物をしたり、その他対人折衝関係を請け負ったり。
フミノがしたい事を自由に出来るようにする為のお手伝い。
勿論これは私がしたいからしている事だ。フミノ自身が思ったとおりに力を振るって欲しいから。それを側で感じていたいから。
だからトンネル掘りなんて事も目立つからやるなとは言わない。公開するのはおかしいとも言わない。
フミノがやりたい様にやって貰いつつ、そこで問題が出ないようにする。それが私の役目だし楽しみでもあるから。
目立ちたくない。ひっそり静かに生きていきたい。そんな思いから歴史上の偉人以上の事をやっている癖に名を残すなんて事がない。
そんなフミノ、私だけのヒーローの傍らにいる。きっとそんな今が私にとっての幸せなのだ。実際毎日、楽しいと感じている。学生時代を含めた、今までのなかでも。
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