よだかの星(何物でもないやつ)

よだかの星

 つい、家を飛び出しちゃいました。

 家出の理由はありがちで、マスターと喧嘩をしたからです。

 冬の夜はとても寒いですね。表皮がちりちりします。私はロボットですから、風邪を引くなんてないですし、寒くても大丈夫なんですけど。

 でも、風が冷たいのは嬉しいことです。だって私、喧嘩のせいで頭がオーバーヒートしちゃいそうでしたから。散歩しながら頭を冷やそうかと思います。


 ひっそりした夜の中で、足音だけがただ1つの音でした。空気が澄んでいるから、とてもクリアに聞こえてきます。

 空はきらきらと星が光って綺麗です。


「よだかさんの星は、何処でしょうか」


 宮沢賢治さんの本で勉強しました。

 嫌われ者のよだかさんは、夜の空を燃えるように飛んで、星になって今も輝いてるんだそうです。

 マスターはおとぎ話だって言うんですけど、私はそうは思いません。だって、宮沢賢治さんは、よだかの星は輝いてるって、ちゃんと本に残してるんですから。


 そういえば、これが喧嘩の理由でしたね。


『でも、よだかは馬鹿だよ。生きてればいいことあったろうに。自ら命を絶つなんて』


 マスターの言葉を思い出しちゃいました。頭がぐらぐら煮えるようです。


『よだかのしたことは、ただの逃げじゃん。群れた奴らの噂や悪口に背を向けて、星に救いを求めた。逃げって言わずに何て言う?』


 そんなことない。そんなことないんです。

 ただ、違うとはわかっているんですが、何故違うのか、私には説明できないんです。

 これは、私がきちんとよだかさんの気持ちを理解していないからでしょうか。


「よだかさん、何処にいるんですか」


 尋ねた言葉は空気を震わせるだけ。呼吸を必要としない私の口からは、白い吐息は出てこない。

 もしかして、よだかさんを理解できないのは、私が生きていないから? ただの、人間に似せた人形だから?


 ……………………


 ダメですね。私の悪い癖です。ロボットと人間を比べたって仕方ないのに。


「あっ」


 北の空にカシオペア座。

 その側に咲いた光。


「チコの星……」


 超新星爆発の名残。まるで、何かが燃えたみたい。


「よだかの、星……?」


 きっとそうです。あれは星になったよだかさんです。

 超新星爆発は、星が燃え尽きた証。命を全うした証。

 ならあれは、よだかさんが燃え続けている姿なんでしょう。そして、自分がいた証を空に遺している……


「そうですね。よだかさんは、光になりたかったんですね。一瞬でも、闇を美しく照らせるように」


 ひゅうっと、冷たい風が吹きました。

 びっくりして、まばたき1度。


「あれ? よだかさん?」


 あれだけ綺麗に光輝いてたチコの星が、まばたきの間に消えてしまっていました。

 そういえば、チコの星はずっと昔に光が薄くなって、見えなくなってしまってたはずです。

 あの輝きは、よだかさんからのメッセージなのでしょうか。


 『わたしは、ここにいるよ』と、教えてくれたんでしょうか。


「よだかさん、ありがとうございます」


 よだかさんは逃げたんじゃない。今度こそ、マスターに説明できそうです。


「おーい! メルー!」


 マスターの声がしました。後ろを見たら、マスターがストールを持って走ってきていました。


「何やってるんだよ。風邪引くぞ」


「引きませんよ。ロボットですから」


 ふふふと笑ってストールを羽織ると、暖かさに包まれて幸せな気分になりました。


「あのね、よだかさんに会ったんです」


「よだかに?」


 私はよだかの星を指差しました。そこには黒い闇があるだけ。

 でも、そこにはまだ光があるはずですよね。だって、よだかさんが今も輝き続けているんですから。


「帰りましょ、マスター」


「なあ、メル。よだかって何処なんだ?」


「ナイショです」


 私はマスターと手を繋いで歩きます。

 星たちが照らしてくれる、明るい夜道を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る