【第十四片】 泥船でも船
「今月お金ないってのに、嘘だろー」
風馬はそう言うと、財布をポケットから出した。だが、風馬の折り畳み財布は、何故か膨らんでいる。浩正はその財布をじっと見て。
「風馬が提案したんだぞ。それに結構入っているように見えるんだけど」
「あ?ないっつーの」
と、風馬はそう言うが、明らかに財布の中は紙幣が入っているような厚みを帯びている。
「いや、嘘つかなくていいでしょ。もう見えていることだし」
「だから、違うって。ほら見ろ」
と、風馬は財布の中身を取り出した。当然、財布からはたくさんの紙束が出てきた。レシートという名の。
「レシートかい!!なんでそんな邪魔になるものたくさん財布の中に入れてんだよ」
「俺だって好きで入れているわけじゃねーよ。けど、財布の中に何も入ってないのは寂しいだろ?この財布は高いやつだし」
「レシートばかり入れて見え張っている方が寂しくなってくるわ!!なんかレシートの他になんかないの?」
「ちゃんとあるぞ。ほらこれ」
次に風馬が差し出したのは、『1%引き』と書かれた会科市にある小さなスーパーの割引券だった。それを受け取った浩正はじっと見ながら。
「なにこれ」
「なにって、どこからどう見ても割引券だろうが。これでオダカフェで一番大きいの奢りチャラにしないか?」
「するわけないだろ!!仮に 100円のものを買っても1円しか安くならないだろ!こんなもの発行している方にも問題があるわ!!」
「おいおい。1%を馬鹿にするなよ。1円と1%を馬鹿にする奴は痛い目見るからな。将来、極貧生活送るからな、絶対」
「いや、おそらく極貧生活している奴に言われても、痛くも痒くもないんだけど」
ここまで浩正は言うと、はぁ、とため息をついた。そして、もう一度、その1%の割引券を見た。
「もうしょうがないから今回はこれでいいよ。というか、最初から賭けて勝負するの、嫌だったし。これ受け取ってチャラってことで」
「おおー、流石に物分かりが良いな。闇が深い業界の仕事に就いた方がいいぜ。おそらく浩正なら対応できる。頑張れ!」
「闇が深い業界の仕事ってなんだー!?まぁ、絶対そんな仕事に就くつもりはないけど」
浩正はそう言いながら、受け取った『1%割引券』を財布の中に仕舞った。と、その時、金髪で褐色肌の少女、小鹿野麻紀の姿が浩正の目に映った。
慌てて風馬ごと近くにあったクレーンゲームの陰に隠れた。
「いてて、いきなり何すんだよ」
「あの小鹿野がいたんだよ。関わると面倒くさいだろ。そもそも、僕はゲームセンターに来るつもりもなかったし」
「あー、それなら安心しろ。だからあえて、ここに来た」
風馬はニカリと笑みを浮かべると、そのクレーンゲームの陰から出て、小鹿野の方へと向かって行った。
その最中、風馬が近づいてきていることに気が付いた麻紀は、ぎろりと風馬の方へと目線を向けた。
「昨日、あたしに関わるな。そう言ったよな?なんでまた、あたしの通っているゲーセンに来ているだ?」
「ゲーセンは皆のものだ。お前だけのもんじゃない。だから、俺がここに来ようと、問題はないだろ。それに俺はただ、偶然ゲーセンで見つけたクラスメイトにあることを教えてやろうと思ってな」
「あること?」
「ここ最近、会科市で不審者が出たらしい。それに刃物を持った危ない奴だ。もし、クラスメイトから死者が出たら、夜に寝付けないほど後悔するかもしれないからな」
「そんなに後悔するほどの仲じゃないじゃん。それで?それだけを伝えに来たの?」
麻紀は少し首を傾けながら、そう言った。周りではゲームの音が鳴り響く中、風馬は小さな声でこう答えた。
「ああ。だが、これだけは言っておいてやる。俺は誰かが本当に助けてほしいと思ったら、最低一回は救い上げる助け船だ。底一面に水が溜まっているボロ船だけどな」
「……………………………意味わかんない。あたしがあんたなんかに助けを求めるわけないじゃん」
麻紀は振り切るように歩いていくと、そのまま昨日やっていたダンスゲームをやらずに、ゲームセンターの外へと出て行った。
だが、その足取りはどこか重く感じられた。
それを見送った風馬の元に、浩正が近寄ってきた。
「最後、風馬はなんて言っていたの?ゲームの音で全く聞こえなかったんだけど」
「大したことじゃない。ただの戯言」
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