第45話~白狐、再び~

草むらから出てきたのは白い狐であった。


「かわいい子ですね。こっちへおいで」


 ヴィクトリアが白狐に声をかけ、手招きをすると、白狐がとことこと近づいてきた。


 白狐はヴィクトリアの前まで来るとちょこんと行儀よく座る。

 それを見てヴィクトリアが早速モフモフし出すと、すぐに腹を見せ服従のポーズをとる。


「お前はいい子ですね。……というか、お前は」


 ヴィクトリアが首をかしげる。


「お前は、もしかしてナニワの町の神社にいた子ではないですか」

「ヴィクトリアちゃん、いくらなんでもそれはないと思うよ。ナニワとここではどのくらい距離が離れていると思っているんだい。こんな小さい子が来られるわけがないじゃないか」


 リネットさんがそう反論するが、それでもヴィクトリアは自分の意見を変えない。


「そうかもしれませんが、この毛並み、手触り、同じ子で間違いないと思いますよ」


 すると、ヴィクトリアの発言を受けてかどうか知らないが、白狐はむっくりと起き上がると、座り直してじっとこちらの方を見つめ直した。

 そして、驚きの行動をとる。


「皆様、お久しぶりでございます。ナニワの町でお世話になった白狐でございます。あの節は食べ物を分けてくださってありがとうございました」


 何と喋り始めたのだ。


「狐って喋ることができるものなのか?」

「はい、問題ございません。こう見えても私は女神アリスタにお仕えする神の使い。人語を解することができます」


 何と白狐は本当に神の使いだった。

 あの時の予想が当たってびっくりだ。


「神様のお使い?」

「本当なのか?」


 エリカとリネットさんも非常に驚いているが、一番驚いているのはヴィクトリアだった。

 体をワナワナと震わせ、どこがびくびくしている。


「あなたが、おばあ……アリスタ様の神獣だというのは本当ですか」

「本当でございますよ」

「もしかして、ワタクシ……たちのことをアリスタ様に何か報告していたりします?」

「もちろんです。皆様は大変お優しい方々ですよと報告させてもらってますよ」

「そうですか」


 白狐の返答を聞いたヴィクトリアがほっと胸をなでおろす。

 どうやら悪い報告がなされていないようで安心したのだろう。青ざめていた顔が普通に戻っている。


「それで、アリスタ様のお使いの神獣が何の用で来たんだ。まさかヴィクトリアに撫でてもらうために来たのではないだろう?」

「さすがでございます。ご明察の通りでございます。実はあなた方の力を見込んでお願いしたい儀があり、参ったのでございます」


 そこまで言うと、白狐は一度座り直し、地面に平伏し、土下座のようなポーズをとる。

 そして、そのお願いとやらを言う。


「どうか、私の友達を助けてください」


★★★


「どうか、私の友達を助けてください」


 白狐がそんなことを俺たちにお願いしてきた。


「友達?」

「はい、その通りでございます。どうか、助けてください」


 友達を助けて欲しいか。


 さて、どうしたものか。

 今現在、俺たちはすでに皇子捜索の依頼を受けている。

 ここで他の依頼を受けたりしたら、『二兎を追う者、一兎も得ず』の言葉通り両方とも失敗する可能性があった。


 しかし、俺の意に反して女性陣は乗り気だ。

 俺が迷っていると、俺を説得すべく、強力にプッシュしてきた。


「ホルストさん。ワタクシからもお願いします。この子を助けてあげてください」

「ホルスト君、神のお使いの頼みを引き受けない選択肢はないと思うよ」

「旦那様。旦那様は皇子殿下のことを考えて首を中々縦に振らないのだと思いますが、こんな辺境の地にそういくつも問題を起こす集団がいるとは思えません。もしかして白狐さんと皇子殿下の件は関係があるのではないですか。そうであるならば、ここはお願いを聞いてあげる方が益があると思います」


 三者三様に俺を説得してきた。

 というか、最後のエリカの発言には一理ある。

 俺は白狐の方を向き、聞いてみた。


「もしかして、お前の友達の件と皇子誘拐の件って、関係あったりする?」

「その通りでございます。皇子を攫った連中と私の友達を害した連中は同じ輩でございます」


 白狐が俺の言葉を肯定した。

 どうやら本当に関係があったようだ。


「わかった。協力してやるから、詳しく話してくれないか」

「では、その辺のことを詳しく話しましょうか」


 白狐が現在の状況を話し始めた。


★★★


「それで、今現在どのような状況になっているんだ」


 俺は白狐に現在の状況を尋ねた。


「実は2月ほど前のことになります。私はここの主である山の神と非常に仲が良く、よく連絡を取り合っていたのですが、その頃から急に連絡が取れなくなったのでございます」

「ほう、つまりその頃に何かあったということか」

「まさにその通りです」


 白狐の俺を見つめるまなざしが力強くなる。


 友達とやらを助けたいと真剣に願っているのだろう。

 声に一層気迫がこもる。


「不思議に思った私は配下の獣たちを送り込んで調べさせたのでございます。すると、山の神の棲む洞窟のすぐ側に1軒の建物ができており、怪しげな者たちが出入りしているのを発見した次第でございます」

「なるほどな。で、そいつらがついでに皇子の誘拐にも関わっているということか」

「はい、間違いございません。建物の発見以来、ずっと配下の獣たちに見晴らせていたのですが、数日前、この国の皇子らしき子供が連れこまれるのを目撃しております」

「そうか。ということは、皇子の居場所はもうわかっているということでいいんだな」

「その通りでございます。いつでもご案内できます」


 やった。大当たりだった。これで皇子を探す手間が省けた。

 白狐に協力すと決めて正解だった。


「それじゃあ、次はお前の友達について聞かせてもらおうか」

「はい、何なりとお聞きください」

「そもそも、お前の友達の……山の神って、どんな奴なんだ」

「はい。私の友達の山の神の正体は、『神獣ヤマタノオロチ』でございます」


★★★


 なんとこの火の山を管理する神獣の正体はヤマタノオロチだった。


「というか、『ヤマタノオロチ』ってどういう生き物なの?」


 ヤマタノオロチと聞いても俺はどんな生物なのかピンとこなかった。


「まあ、あまり数がいませんからね。皆様がご存じでないのも致し方ございませんので、説明いたしますね」


 白狐が『ヤマタノオロチ』について説明してくれた。


「そもそも、長く生き、特別な力を得るに至った獣は己の形態を変化させていくものなのです。ほら、私の尻尾をご覧ください」


 そう言うと白狐は自分の尻尾を俺たちに見せてきた。

 すると、それまで1本しかなかった尻尾が徐々に増えて行った。


「普段は普通の狐に見せかけるため、幻術で1本に見せているのですが、幻術を解きましたので数えてみてください」

「ひい、ふう、みい……あら、尻尾が9本もありますね」


 エリカが数えると、白狐の尻尾は9本に分かれていた。


「その通りです。我々狐族が力を持つと、段々と尻尾が増えていき、最終的には私のように9本の尻尾を持つようになります。これを俗に『九尾の狐』と申します。そして、九尾の狐と成れたものだけが神の眷属と成れるのです」


 そう言う白狐はどこか誇らしげだった。

 まあ、普通に考えて神様にお仕えするなんて簡単にはできないだろうから、それも当然か。


「ということは、『ヤマタノオロチ』も何らかの動物が神獣化したものだということか」


「その通りでございます。『ヤマタノオロチ』はオロチ、すなわち蛇が神獣になったものであります」

「ほう、それは初めて聞くな」

「まあ、狐の場合よりも数が圧倒的に少ないですからね。ともかく、力を得た蛇は段々とその頭と尾の数を増やしていくのです。それが8つに増えた時、『ヤマタノオロチ』と呼ばれるようになり、初めて神獣となることができるのです」


 なるほど、『ヤマタノオロチ』については大体わかった。

 となると、次に聞くべきは……。


「それで、今現在、『ヤマタノオロチ』はどういうふうになっているんだ」

「正気を失っております」

「正気を失っている?」

「はい。今現在、『ヤマタノオロチ』は何らかの邪悪な力に支配されて、何もわからない状況になっているみたいです」

「邪悪な力って、なんだ?」

「それが皆目見当もつきません。しかし、一目見ただけで邪悪な力に支配されているのがわかるほどです」

「そうか」

「はい。以前はとても優しい子だったのに、今はあれほど仲の良かった私でも近づくだけで襲い掛かってくる始末です。ああ、一体どうしてこんなことになったのか」


 そこまで言うと、本当に悲しく思っているのだろう。狐の目から涙が零れ落ちた。


「なんということでしょうか」

「あんまりだな」

「ホルストさん、何とかしてください」


 白狐が涙を流すのを見て、うちの女性陣まで涙を流す始末だった。


 それを見て俺は思ったね。

 これは俺が何とかしてやらねばとね。


 ということで作戦会議の時間だ。

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