一寸先は闇
放課後、トイレで髪をとかしていたら、サキが慌てて来て耳打ちした。
「ねぇ‥聞いた?」
「どうしたの?慌てて」
「ジェイ君‥逝っちゃったらしいよ」
「えっ?何?」
「女の事で揉めて、刺し違えたらしいよ」
「何それ‥嘘でしょ‥」
「クニに聞こうとしたら、いなかった。夜ちょっと、たまり場行ってみない?」
「信じらんない‥ショックだわ」
夜、サキとカナと、けいご達のたまり場に行くと、結構な人が集まっている。クニとけいご達もいた。
「おう、どうしたんだよ」
「ジェイ君の事、ほんとなの?」
「あ~女、取り合ったらしいな」
「やっぱ本当だったんだ‥あんま絡みなかったけど‥ショックだわ」
前に来た時は、ナベんちまで案内してくれて、あんなに元気だったのに‥最後に別れた時の、くったくない笑顔を思い出して、やるせない気持ちになっていた。
「お前、とっくん覚えてる?」
「覚えてるよ。インパクト強いもん」
「とっくんもだぞ」
「えっ?なんかアンパンやったまま寝て、タバコ吸って、顔半分溶けたって聞いたけど‥」
「その後な。自分で逝ったみてぇ」
とっくんは、けいご達の学校の一個上で、クニ達とブラブラしてた時たまたま会った。上下に別れる道があり、あたし達は下の道、何故だかとっくんは上の道を歩いた。どんどん上の道が高くなる。
「とっくんなら、まだ行けるよ」
けいご達がイジリ出した。
「当たり前だべ」
とっくんも嬉しそうにニコニコしている。どんどん上下差が広がる。
「まだまだ行けるよ」
とっくんは綱渡りの様にヨロヨロと、道の縁を歩いている。
さすがに危ないと思い、けいご達に聞いた。
「ちょっと、何する気?」
「まぁ見てろって。喜んでっから」
嫌な予感しかしない‥立ち止まって、けいご達を無言で見た。
「とっくん、早くこっち来ないと行っちゃうよ」
もう、見上げる程の高さなのに、注目されるのが嬉しいのか、とっくんはニコニコと笑い、おどけている。
まさか、この高さから飛ばないよな‥
「早くしないと、行っちゃうよ~」
「本当に置いてくよ」
けいご達が口々に言った。
「ちょっと、止めなよ煽んの」
「喜んでんだよ。笑ってんべ」
「この高さはシャレんなんない。止めなって」
「いつもの事だよ。勝手にやってんだよ」
次の瞬間、笑顔で飛び降り、うずくまった‥
うわっ‥やっちゃったよ‥
心配を他所に、とっくんは直ぐに顔を上げ、誇らし気に笑った。
「バカだべ。調子に乗せると、どこまででも上るから」
そう言うと、けいご達はとっくんに近寄った。
「とっくん、凄いね。流石だわ」
「危ないよ~あんなとこから飛び降りちゃ」
肩を叩かれ、尚イジられても嬉しそうに笑う、とっくんを思い出していた‥
危うい人ではあったな‥
現実味がなく、色んな思いが巡った。
「うわっ、逃げろ。おまわり来た」
「マッポだ」
皆、散り散りに逃げた。あたしは、ドンつきにいたから逃げるのを諦めた。
「そこの金網上れよ。あっち側行ったら、もう追って来ないから」
クニが、目の前の学校に続く金網を上る様に急かした。
「早くしろよ。俺はもう夜遊び位じゃ捕まんねぇから」
あたしより、クニの方が焦っている様だった。目の前に、誰かが逃げる時に落として行ったのか、女物のサンダルが転がっていた。サキは必死で逃げただろう。この間、補導されたらしく迎えに来た親に、警官が止めに入るくらい怒鳴られ殴られたらしい。一瞬の判断が鈍れば捕まる恨みっこナシだ。クニは必死で逃がしてくれようとしたけど、タイトスカートもはいていたし、金網を上るのを諦めた。あたし達が捕まれば、逆に誰も捕まらない。警官の数は知れている。
「こんなとこで、こんな時間に何やってんだ。何だ?このサンダル‥他にもいただろ、正直に話せ」
警官は、目ざとくサンダルを見つけた。
「俺のだよ」
クニが真顔で、どう見ても合わないサンダルを、自分のだと言いはった。
「嘘をつくな。じゃあ、履いてみろよ」
警官も半笑いで煽り、クニは爪先しか入らないサンダルを、尚もまだ自分のだと言いはった。その姿は間抜けだけど‥誰かを庇おうとする姿は‥誇らしくもあった。クニと警官で言い合いになり、パトカーに乗せられ警察署に連れて行かれた。何をしてたのか、誰といたのか等、聞かれた。あの場に行ったばかりで、誰がいたのか知らないと答えた。紙を渡され、聞かれた事と同じ様な事を書く項目があり、最後に反省文を書く箇所があった。反省文は、仕事中の親に申し訳ないと素直に書いた。住所や電話番号を書く欄について、『嘘は書くな』『嘘をついてもバレるからな』と念を押された。
母が迎えに来て、解放された。
夜遊びだけで補導されたからなのか『気をつけなさい』と言われただけだった。
帰り見送ってくれた初老の刑事さんが『親に申し訳ないと思う気持ちがあるなら大丈夫だ』と肩を叩かれた。
生と死も、表裏にある事も、ただ他人事の様に思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます