咄嗟の判断力

「ディスコ行ってみない?」

サキに誘われた。

「どこ?」

「新宿。女はタダで入れるとこあるよ」

「凄いね」

「カナが乗る気でさ、最近あんま元気なかったから‥なんか踊りまくりたいって‥ゆうも一緒に行けたら嬉しい」

サキも、いつも付き合ってくれるし楽しもう。

ちゅう君とも変な事になっちゃったし‥気を紛らわせなきゃ、おかしくなりそうだ。

スーツを着て、新宿まで電車で行った。普段からタイトスカートは良くはいているから、別にあまり変わらない。アクセサリーをジャラジャラとつけた。

初めてのディスコは、とにかく、うるさかった。勿論、会話なんて聞こえない。カナが楽しそうだったから、それだけて良かった。フロアに出て、音楽に合わせてユラユラと踊った。時折、サキとカナと耳打ちして『この曲いいね~』『この曲知ってる~』と言いながら、それなりに楽しんだ。トイレに行きたくなり、二人共ノリノリで踊っていたから、サキに耳打ちして一人で向かった。通路にも何人も人がいた。視線を感じ、ふと見ると‥黒人さんと目が合い、ニコニコと笑いかけられたから、ペコリと頭を下げたら、スタスタと歩み寄って来て『ベイビー』といきなり顔を撫でられ驚き、人混みをかき分けトイレに駆け込んだ。

何?何?なんだったの?挨拶?

他にトイレから出る人と紛れて、恐る恐るフロアに戻ると、サキ達の姿はなく辺りが暗くなっていた‥何が起きたのかと回りを見渡した。

「一緒に踊りませんか?」

耳元で声がして振り向くと‥背の高い大学生位の好青年ぽい人が立っていた。訳が分からず、薄暗いフロアをよく見ると、男女がくっつき抱き合い、スローな音楽に身を任せていた。

「すいません」

慌てて、来た時に座ったボックス席に行くと、サキとカナが爆笑していた。

「ゆう、ナンパされたの?アハハ‥」

「トイレに迎えに行こうとしたら、見えた」

「何これ?」

「チークタイムだよ。こん時、男が女を誘うらしいよ」

サキが教えてくれた。

チークタイムを見てても仕方ないから、ディスコを出た。

「楽しかった~タダで遊べて最高」

「カナが楽しめたなら良かったよ」

新宿駅で切符を買っていたら、後ろから肩をトントンと叩かれた。振り向くと、コートを着たサラリーマンぽい人が立っていて、あたしと目が合うとニヤニヤと笑った。サキとカナは先に切符を買い改札の近くにいた。

なんだろう‥

そう思いながら切符を買った。

「触ってくれたら、一万円あげる」

耳元で囁かれ驚いて振り向くと、男がコートを広げた‥丸出しスッポンポン‥

噂で、聞いた事はあったけど‥本当にいたんだ‥まさか、自分がこんな目に合うなんて‥

慌てて、改札を抜けた。

「どうしたの~?」

サキとカナが追いかけて来た。

「触ってくれたら一万円あげるって、見せられた~」

「えっ?どこどこ?」

サキとカナは改札を出て、追いかけて行きそうな勢いだった。

テンパって思わず逃げたけど、捕まえてやれば良かった。ああいう事は、人気がない所で行われる事だと思っていたけど、まさか駅で堂々と‥予期せぬ出来事に、冷静に対処できなかった事が悔やまれた。

サキとカナに散々笑われた。

学校でも、コートの男の話しで盛り上がった。

「ほんと、取っ捕まえやれば良かった~腹立つ~」

「ゆうの慌てた顔、アハハ‥何事かと思ったよ」

周りにいた子達は、ディスコに行ってみたいと騒いだ。

「ゆう、ナンパされてたよね」

「ナンパ?」

「チークタイムの時、声かけられてたじゃん」

「ああ‥あれは、ポツンと立ってたから、可哀想だったんじゃん」

「チークタイムなんてあんだ~面白そう」

皆、興味津々の様だった。

「それより、黒人さんに顔、撫でられた時のが焦ったわ」 

「何それ~」

「ベイビー」

サキの顔で再現して、頬から顎にかけてなぞった。

「キャーやめてよ~アハハ…」

ベイビー、ベイビーと、皆で盛り上がった。

あれから、ちゅう君から電話はなかった。

約束などない‥自分が待ちたいと思ったから、家にいる。束縛する気もない。

そう思っていた矢先、電話が鳴った。

「いつものとこにいる」

それだけ言うと、電話がきれた。空気が重い‥ほとんど無言のまま手を引かれ、秘密基地に連れられて来た。いつもの座席に座ると、ちゅう君は、ジッとあたしの目を見た。

「何か言う事ない?」

「うーん‥忙しかったの?」

「誰が?」

「ちゅう君‥」

「俺が忙しくても、なんとも思わない?」

「友達との付き合いなら‥」

「女がいても?」

「それは‥ちゅう君の破壊力が凄いから‥気になる」

「一緒だろ」

「全然違うよ。竹槍と化学兵器くらい」

「竹槍‥フッ」

ちゅう君は吹き出して笑った。

本当の事、言っただけなのに‥

でも笑顔が見れて良かった。

「もう‥何でもいいや」

あたしを抱き寄せ、髪を撫でた。

「何か言おうと思ったけど、忘れた」

「そんなに、面白かった?」

「化学兵器には敵わねぇ」

「違うよ~そっちは、ちゅう君でしょ」

「ゆうだろ~」

「あたしは竹槍、それか素手?」

「アハハ‥こいつ~」

脇腹をくすぐられ、くすぐり返して、二人で笑い合った。

笑い疲れて、ちゅう君の肩に頭を乗せると、手を握ってくれた。握られた手を引き寄せ、ちゅう君の指を見て驚いた。

「何~?ピカピカ‥爪まで綺麗なの?」

「汚い指じゃ嫌だろ‥ただ、それだけ」

あたしの頬を優しく撫でた。

「単車イジッた手でもいいのに‥これ以上、綺麗になったら‥困る~」

「フフッ大げさ」

「マジもマジ、大マジなんですけど」

「何がだよ~」

顔を、グシャグシャに撫でられた。

「やめてよ~アハハ‥」

優しく微笑んで‥あの目で見つめると抱き寄せられた。

「会いたかった‥お前は?」

「‥会いたかった」

きつく抱きついた。

どんな言葉より、目を見れば分かる。

見つめ合い‥もう言葉は‥いらなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る