第13話 名前で呼んで欲しいのか?
——翌週 月曜日
「先輩……もう朝ですわよ……早く起きないとまたお母様に怒られますわよ……?」
週末に一日彼女の沙耶乃とデートしたとは言え朝に起こしてもらう夢まで見るとは俺も少し浮かれてしまっているのか……
男の子の理想のシチュエーションランキングでも上位入賞しそうな夢を見ていた俺は、ほぼ同じタイミングで鳴ったスマホのアラームに目を覚ます。
「わたくしがどんなに揺すっても起きてくれないのにアラームにはすぐに起きるのですわね……」
今日もうるさいアラームを黙らせようと重たい瞼を開くと、不満げに俺を見下ろす沙耶乃と目が合った。
まだ寝ぼけてるのか俺……夜更かしは程々にしないと駄目だな……
「元はと言えば沙耶乃が悪いんだぞ! 勘違いしてしまうような態度とって悩ませるから。 お前が可愛い事なんてあざとくアピールされなくたって知ってんだよ!」
ベッドから起き上がった俺は沙耶乃の幻影にピシャリと言い放つと背を向けて部屋を後にした。
寝ぼけて変な夢を見てしまったな……夢は欲望の表れと言うし、もしかして俺は……
朝から頭を悩ませながらリビングに入ると母さんは不思議そうに俺を見る。
「あれ、沙耶乃ちゃんはどうしたの? あんたを起こすために部屋まで来てくれたでしょ?」
……は? 沙耶乃に起こされたのは夢じゃなかったの!? やばい、やってしまったかも。
背後から聞こえてきた控えめな足音に後ろを振り向くとやはり沙耶乃はうちに居た。
「お、おはよ……今日も来てくれてたんだな……?」
「先輩まだ寝ぼけていらっしゃいますの……? お顔を洗って目を覚ましてくると良いですわ……」
沙耶乃はいつにも増して赤い顔で気まずそうにプイッと俺から視線を逸らすとリビングへと入って行った。
まあ、そうなるよね……寝ぼけていたとは言え直接沙耶乃に可愛いと言ってしまったからね……
とりあえず一旦切り替えて身支度を済ませよう。 うん、それが良い。
俺は頭に浮かぶ悩みも一緒に洗い流そうとするかのようにバシャバシャと乱暴に顔を洗い身支度を済ませリビングに戻る。
「お待たせ沙耶乃、少し早いけど学園行かないか?」
「あら、もう準備できたのですわね? わかりましたわ」
いつものように母さんに丁寧に頭を下げた沙耶乃は鞄を持って俺の隣に来ると手を握ってくる。
めっちゃナチュラルに手を握られたけど一日彼女はもう終わってるからね!? まあ、無理に手を離したいとは思わないけど……
家を出て少し経った頃、足を止めた沙耶乃が悪戯っぽい笑顔を浮かべて俺を見る。
「なんだよ沙耶乃、朝の事は忘れてくれないか……?」
「その事ではありませんわ。 わたくしの呼び方の事ですわよ」
言われるまで気づかなかった……遊園地に行った日だけの筈なの名前呼びに慣れてしまったようだ。
「悪いな浦影。 無意識に名前で呼んでたわ」
素直に俺は謝り、苗字呼びに戻すと沙耶乃は不満気に俺を睨み付けてくる。
俺そんなに怒られるような事してないよな……? それとも名前呼びの方が良いって事なのか……?
全く面倒くさい奴なんだから……でも少しだけ可愛い。 少しだけ……
「名前で呼ばれる方が良かったなら沙耶乃って呼んでやってもいいぞ」
「別に名前で呼んで欲しい訳ではありませんんわ! ただ呼ばれ方がコロコロ変わるのが気になっただけですわ。 だから気にせず名前で呼んでいただいても結構ですわよ?」
本当にお前は言葉と表情が一致しないよな……そんなに笑顔で言われてもただ喜んでいるようにしか見えないぞ?
「そうかい、じゃあこれからも名前呼び継続してやるよ」
「なんだか上から目線でムカつきますわね……今朝はわたくしが可愛いのは知ってるとか言っていましたのに……」
「ちょ、それは忘れてくれって言ったよな!? 沙耶乃のお願いは聞いてやったんだからフェアに行こうぜ?」
『嫌だね!』そう言いたげに悪戯っぽく笑った沙耶乃は俺の手を引いて歩き出す。
「早めに家を出ましたのに遅刻してしまっては本末転倒ですわよ、先輩?」
どうやら俺のお願いは聞き入れて貰えないらしい。 アンフェアなのには納得できないが沙耶乃が可愛い事など一目見れば誰にでもわかる事だ。
だから俺は別に恥ずかしいことを言った訳じゃない。 うん、きっとそう。 間違いない。
諦めて開き直った俺は沙耶乃に遅れないように引かれる手を握り返して隣を歩いた。
道なりに進んだ視線の先に学園が見え始めてきた頃、俺は沙耶乃の手をそっと離す。
「もうすぐ学園に着くからな……?」
「言われなくても見ればわかりますわよ!」
強い語気とは反対に、沙耶乃は数秒前まで繋いでいた手を広げてどこか名残惜しそうに眺めていた。
そう言う態度をするから俺が勘違いしてしまいそうになるんだよ……俺ともっと手を繋いでいたいのかと思ってしまうだろ。
「わたくし今日は日直なので帰りが遅くなりますが、待っていてくださいます……?」
うちの学園は日直が一人なので俺たちみたいなぼっち組は気楽で良いが仕事が多いんだよな。 放課後の教室掃除とか最初は何のイジメかと思ったものだ。
「初めての日直だよな? 仕事多いし勝手が分かるまではマジで地獄だから手伝ってやろうか?」
さり気なくできる男アピール。 今の俺格好良いんじゃないか……!?
最初は驚いた表情を見せていた沙耶乃も、調子に乗った俺がドヤ顔をキメるとゴミを見るような視線を向けてくる。
「はぁ……『今の俺ちょっとカッコよくない? でも本当は沙耶乃と一緒に居たいだけなんだぜ。 ドヤ』って顔でわたくしを見るのやめてくださいます?」
「確かに思ってたけど最後のは違う! 結局待たされるなら手伝って早く帰りたいだけだ!」
「それならわたくしを待たずにお帰りになれば良いのに……だからわたくし確認しましたわよね?」
これは俺の負けのようだな……お前が多分一人で困ってしまうのに見て見ぬフリできる訳なんてないだろ。
「またこの前みたいに夕暮れの学園は不気味で怖いって号泣されても困るから仕方なくだよ……」
俺に素直に本心だけを伝える事などまだ出来る筈もなく、からかうような言葉に混ぜて伝えた。
「夕暮れの学園……誰もいない教室……一人で日直のお仕事……ま、まあ先輩が手伝いたいなら構いませんわよ?」
夕暮れの学園という言葉から色々連想してしまったのか少し顔色を悪くした沙耶乃は先日号泣した件を引き合いに出しても怒る事はなかった。 随分上から目線な頼まれ方をしたけど。
「はいよ。 学園着いたしまた後でな?」
少しまだ不安そうな顔をした沙耶乃は小さく頷くと下足箱の方へ歩いて行った。
昼休みに屋上でご飯食べる時また抱きつかれたりしてな……?
そんな事を考えながら俺も教室へと向かうのだった。
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