第15話 地図にない村
この辺りの谷を、そしてその間に存在する森一帯を含めて『スターバレー』と呼ぶらしい。
道中レミィが教えてくれたのだが、やはりエリンスはその地名に聞き覚えがなかった。
レミィに案内されたエリンスとアグルエは、明るく開けた森の道を歩いて進んだ。
木で作られたアーチが見えたところで、先頭を歩いていたレミィが口を開く。
「あれが、バレーズですっ!」
木々の隙間、大木と大木を結ぶように作られたアーチには『バレーズ』と書かれた看板が掛けられている。
その先、柵で囲われた森の中には、木の間に立ち並ぶ民家や大木をそのまま改築したような家々が並んでいた。
地図に載っていない地名に半信半疑のエリンスではあったが、ちゃんと村があったということに一安心する。
しかしバレーズに立ち入ったエリンスは、そこでもまた違和感を覚えるのだった。
まず感じたことは、人の気配が全くないこと。
村を出歩いている人がいなければ、家々の扉はどれも固く閉ざされており、しばらく利用された形跡がない。
村の中にあった畑は、どこも荒れ果てて土が手入れされている形跡もない。
端的に言ってしまえば、人が住んでいるとは思えない村だった。
村の雰囲気も気にせず、という感じで先頭を歩いているレミィに、エリンスは疑問を抱かざるを得ない。
「この村、ほんとに人が住んでいるのか?」
レミィはその質問に、立ち止まり振り返ってからこたえてくれた。
「ううん、今はおじいちゃんと二人だけ。
みんなルスプンテルやミースクリアに引っ越しちゃって、もう誰も残ってないの」
村の様子を見る限り、ここ数日でそうなったという話でもないだろう。
エリンスの見立てでもこのバレーズには、もう数年単位で人が暮らしていないように見えた。
黙ってついてきていたアグルエの表情にも不安の色が見える。
「おじいちゃんは村を離れることができなくて、わたしたちの家族だけ残ったの……」
少し寂しそうな表情で話すレミィ。
「お母さんが病気になっちゃって、町の病院にいっちゃったの。
お父さんもお仕事で町にいるから、今はわたしとおじいちゃんだけ……」
「それは、心配ね……」
アグルエも寂しそうなレミィの表情を見て同情の気持ちをこぼす。
「でもおじいちゃん優しいから! レミィ平気!」
アグルエに心配掛けまいと笑顔になるレミィ。
地図にない村、人の住んでいない荒れ果てたさま――
ひょっとして何かの罠なのでは、と身構えたエリンスであったが、レミィが隠し事をしているようにも見えない。
「着いたよ、ここがわたしの家!」
そのまま進み辿り着いたのは村の一番奥、森のどの木々よりも深い緑の葉を茂らせた20メートルはあるかといったような大きな木――大樹の家。
中がくり抜かれているようでドアがつけられていて、村の中に並んでいた大木と同じように人が住めるように改築されている。
「へぇ……なんか不思議な木」
アグルエも立派な大樹を見上げて、一言感想を言う。
エリンスもこれほど立派な大樹を見たことがなかった。
「ただいまーっ!」
元気よくドアを開け放ったレミィに、人の気配を察知したのであろう。
ちょうど中から杖を突き、腰に手を当てたおじいさんが顔を出した。
レミィに優しげな表情で「あぁおかえり」とこたえたおじいさんは、エリンスとアグルエの顔を見やるなり気難しそうな表情をした。
「なんじゃ、客人か」
上から下までなめるようにエリンスとアグルエのことを見て、おじいさんのその表情はより険しいものへとなった。
「うん、わたしのこと助けてくれ――」
嬉しそうに話すレミィの言葉を遮って、おじいさんが口を開く。
「見たところ、勇者候補生じゃろうて。
孫を助けてくれたことには感謝する。
じゃが、勇者候補生などに用はないわ!」
――バタンッ!
エリンスたちが返事をする間もなく、ドアを乱暴に閉められてしまった。
エリンスとアグルエはすっかり取り残されて、顔を見合わせてしまう。
ハッキリとした拒絶の意思――エリンスがおじいさんから感じたのは『勇者候補生』に対する敵意のような何か。
話をしてどうこうなる雰囲気でもないだろう、と感じたエリンスは、閉じられたドアには背を向けて、村の入口のほうへと歩き出す。
アグルエもただ黙ってついてきた。
港町ルスプンテルまでの道のりを聞きたかったのだが困ったな、とエリンスは考えた。
ただレミィの話を聞くに、そう遠くなさそうだったことを思い出す。
「何やら人の間にもいろいろあるのね……」
大樹の家から離れたところで、アグルエがふいに口にした。
「勇者って、人に愛されているものだと思ってた。
だけどあのおじいさんは、明らかに勇者を嫌っていた」
アグルエにそう言われ、エリンスも改めて考え返事をした。
「勇者候補生に何か嫌な思い出があるのかもな……」
エリンスもそういった話を聞いたことがないわけでもない。
各地を旅する目的を持ち、祝福されて生まれる勇者候補生ではあるが、その全てが善人とも限らない。
200年と長い歴史の中には、各地で横暴な態度をとり、人々に迷惑を掛けた者も存在する。
まあそのだいたいは、勇者協会により粛正されているのだが。
と、そこでエリンスはこの村にある更なる違和感に気がついた。
「この村、結界装置が働いていないのか?」
結界装置とは、空気中の
普通はどこの町や村にも存在しているのが当たり前で、結界があるからこそ安全が保障されるもの。
結界装置が働いているのであれば、薄っすらとした
しかし不思議なことに、バレーズにはその
「あーたしかに、そうなのかも?
ミースクリアを出たときは肌がピリッとしたのだけど……この村にはない気がする」
結界装置が何なのかわかっていないようなアグルエだったが、魔族というからには
アグルエはエリンスの疑問にこたえて周囲をキョロキョロと見渡している。
結界装置なしにして、魔物が避けられるはずもない。
エリンスがこの森に感じたもっとも大きな違和感だった。
「二人とも―! ごめんなさいー!」
エリンスたちが村の様子を再確認し、木のアーチの掛かる村の入り口に差し掛かったところで、後ろからレミィの声が聞こえた。
慌てて走って追いかけてきてくれたのだろう。
エリンスたちの下へ走って寄ってきたレミィは、上がった息を落ち着かせてから口を開いた。
「おじいちゃん、昔から勇者嫌いで……。
助けてもらったのに、失礼な態度でごめんなさいっ」
「大丈夫。そういう人もいることくらい知っているよ」
「お二人はきっと、ルスプンテルを目指しているのですよね。
村を出て北側――あちらの方向に歩けば、人の足でも
勇者候補生と聞き、レミィにも何か察するところがあったのだろう。
エリンスたちが知りたかったことを教えてくれた。
「ありがとう、レミィ」
そうまずお礼を言ったのはアグルエであった。
エリンスの心の内ではまだ疑問の数々――違和感が渦巻いていた。
ただレミィに聞いたところで解決はしなさそうだと考え、エリンスも続けて「ありがとう」と礼を返し、二人はバレーズを旅立つのであった。
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