第2話 旅立ちの日に ――エリンスの決意――
――時刻は二人の出会いより少し遡る。
「エリンス・アークイル」
夕陽が差し込んだ大聖堂広間に、濃紺の修道服を身に纏うシスターの声が響いた。
エリンスはようやく回ってきた自分の順番に安堵して、大きく息を吸い返事をする。
「はいっ!」
年季が漂う白色をした石造りの広間には、空いた席ばかりが並んでいた。この日、朝から行われていた『勇者洗礼の儀』も大詰めの段階だ。儀式を終えた他の巡礼者はとうに旅立っていて、その最後の一人がエリンスだった。
オレンジ色の夕陽を反射した大きなステンドグラスだけが、エリンスに返事をするよう輝いた。
七色の輝きの中、剣を抱えた白い人影が
それは勇者誕生の地として名高いこの大聖堂――サークリア大聖堂を象徴する、かつての勇者の姿だという。
二百年前、勇者によって一度世界は救われた。しかし、世界を
魔王に対抗するため勇者が後世に残したものが、世界を救えるほどの勇者の力と『
毎年はじまりの日を勇者誕生の日と定めた勇者協会は、勇者の力を受け継ぐにふさわしい候補生を選定し、世界を旅する資格を与える。
期限は一年、旅の目的はただ一つ。
かつて初代勇者が魔界へと退かせた魔王を、今度こそ討伐すること。
勇者候補生は世界各地にある五つの『勇者の軌跡』を辿ることで、勇者の力を
二百年前より代々続き、近年では今やその数、毎年百人以上選ばれる勇者候補生たちが、ただ一つの目標目指して旅をする――世は、大勇者時代。
エリンスは席を立ち、大きなステンドグラスの真下、広間の最奥に備えられた壇上へと向かった。
白髭を蓄える年老いた牧師、勇者協会最高責任者であるマースレン・ヒーリックが、『勇者の聖杯』と呼ばれる
五十年程前の勇者候補生だったマースレンには、力強い雰囲気が残っており、厳格さが佇まいからも溢れ出ていた。
「うーむ」
険しく眉を寄せた気難しそうな顔に、エリンスも顔を強張らせる。マースレンの人を値踏みするような眼差しがエリンスを襲う。
マースレンはひと息吐くように肩を下すと、手にしていた金色の聖杯を差し出した。
「……ここに立っただけでも、まあ、資格はあるじゃろう」
エリンスは差し出された金色の聖杯を両手で支えるように受け取った。
聖杯には水が注がれている。そこには緊張した自分自身が映っていた。
先に百二十名が目の前で勇者洗礼の儀を受けていった。だから、エリンスも儀式の流れは把握している。
ここからはただ、聖杯の水を一口で飲み干せばいい。そうすることで身体に資格となる勇者の力が宿るのだ。
エリンスは高揚感と緊張感とを抱えたままに、聖杯の水をのぞき続けた。
ただ水を飲むだけで勇者の力が得られるとは言うが、勇者候補生に選ばれてこの場へ立つにはそれなりの資格が必要だ。
王や領主など一定以上の地位があるものに認められた者であったり、騎士学校や魔法学校、武術大会などで優秀な成績を修めた者であったり。
この聖杯をこの場で手にすることの大変さをエリンスはよく知っている。
だから少し――自分自身を見つめ直してしまった。
エリンスは特別何か功績を残してここに立っているわけではない。しかも成績は最下位。今年で言えば百二十一番目の候補生である。
世界各地より集められた選ばれし勇者候補生たちは、勇者協会総本部でもあるサークリア大聖堂で三日間に及ぶ試験を受けることになる。
内容は様々で、知識を試す筆記試験、剣術や体術を見るための武術試験、魔法の適性を見るための魔法試験、それらを通して勇者に必要とされる総合力を判断されるのだ。
そうして判断された力と功績を合わせ、上から順位づけした勇者候補生のランクが存在する。
順位が下だからといって、旅をする資格がなくなるわけではない。しかし、ランクによって優劣がつくことは当然で、周りの目がそれを物語っていることをエリンスは知っている。
先ほどのマースレンの眼差しにもそういった意味が含まれる。
「やめるのか?」
いつまで経っても聖杯を口にしないエリンスを見兼ねたのか、マースレンが聞いた。エリンスはそう聞かれ即答する。
「いえ、やります」
そしてそのまま聖杯の中に注がれていた水を口にした。
今この場に立つまで、そして師匠に推薦してもらうための道のりを思い返してみれば、灯る決意は一つだった。
幼馴染だった『あいつ』の夢――必ず勇者候補生となって、勇者となって、世界に真の救済を。
強く決意した想いを確かなものとして飲み込んだ。
そうして、エリンスは正式に勇者候補生となった。
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