第10話


「ふたりの色男に迫られるなんて最高ね……そのあと失神するのは全然ロマンチックじゃないけど」

「……マリーナ、ふざけてる場合じゃないのよ」

「あら、わかってるわよ。あなたが悩んでいることも、それがさほど悩む価値のないことだっていうこともね」


 マリーナは片目をパチリと閉じて、リコリスに向かって器用にウィンクをする。


(もうっ……全然真面目に聞いてくれないんだから……!)


 リコリスは小さくため息をついて、温かい紅茶を一口飲んだ。




 マリーナはリコリスの親友で、同じ伯爵令嬢だった。

 真面目で大人しいリコリスと、お転婆で明るいマリーナは意外にも気が合った。正反対だからこそ、お互い過度にぶつからずに済んだのかもしれない。


 今日、リコリスはマリーナの家に遊びにきていた。というより、最近は毎日遊びに来ている。家にいるのが苦痛なのだ。


 リコリスは今日何度目になるかわからないため息をつく。

 すると、マリーナがくすくすと笑った。


「あのふたりに求婚されてこんなに暗い顔してるのなんて、あなたぐらいでしょうね」

「そうかしら……」

「そうよ。普通の女ならきっと、さっさと好きな方の男と結婚して、あんな家から逃げ出しているわ」


 フンとマリーナは鼻を鳴らした。

 マリーナはリコリスが家族から受けてきた仕打ちを知っている、数少ない友人のひとりだ。

 もともとリコリスの家で働いていたメイドがいまはマリーナの家で働いており、数年前に彼女からその話を聞いたらしい。


 当時からリコリスと親しかったマリーナはその話に激しく怒っていた。マーガレットに向かって直接注意することもあったぐらいだ。

 しかし、外面のいいマーガレットが被害者面をして、なぜかこちらが責められることのほうが多かった。

 特に貴族令息たちは天使みたいな見た目のマーガレットの味方で、リコリスはよく意地悪な姉扱いされたものだ。それでも家よりは学校の方がマシだったので、あまり気にしていなかったが。


「我が儘な双子の妹と、妹をひいきする母親と、役に立たない父親……リコリスは今までがんばってきたんだから、これから幸せにならなきゃ」

「私だって不幸になりたいわけじゃないわよ……でも、あんなことになるなんて……」


 マーガレットの方が好きなのではないかと疑っていたロベルトが本当はリコリスと結婚したいと思ってくれていて、さらにはマーガレットの婚約者だったヒューゴもリコリスと結婚したいと言い出した。


 ──あの日から、ウィンター伯爵家の雰囲気は地獄だ。


 マーガレットとヒューゴの婚約は解消された。いや、正確にいえばマーガレットが婚約を破棄したことになり、ウィンター伯爵家はテランド伯爵家に多額の慰謝料を払うことになった。


 今回の婚約破棄の件は、すでに社交界でもかなり噂になっている。

 それとともに過去のマーガレットが行ったロベルトへの仕打ちや、誕生日会でのヒューゴへの無礼な発言などもどこからか広まっており、ウィンター伯爵家は格式を重んじる貴族たちから厳しい視線に晒されていた。

 これでは、マーガレットの新しい婚約者が見つからない……どころの話ではない。このままではウィンター伯爵家は社交界に顔を出せなくなってしまうだろう。


「はぁ……これからどうなるのかしら……」

「そんなに思い詰めなくても大丈夫でしょ。あなたはロベルトかヒューゴ、どちらかと結婚すればいいだけよ」

「そんな簡単な話じゃないでしょ」

「いいえ、簡単な話よ。あなたは後は幸せになるだけ」


 リコリスはむっとしたが、マリーナはにこにこと笑ったままだった。

 そして、笑顔のまま言葉を続ける。


「リコリス、あなた結局、ロベルトとヒューゴのどちらを選べばいいのか迷ってるんでしょ?」

「迷ってるというか……」

「ふたりとちゃんと話をした方がいいわ。逃げ回ってても良いことなんてないわよ」


 そう言ったマリーナの視線が、スッとリコリスの背後へと向けられた。

 リコリスがきょとんとした、次の瞬間──


「やっと見つけた」

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