第1章 入学編
第1話 不完全な私
王国最高峰の魔術研究機関であり魔術師育成機関でもある「土の塔」──その筆頭魔術師「土聖」に就任して数ヶ月後、カノンは真新しい通学用の鞄に荷物を詰めながら思い悩んでいた。
(まだ土聖としての役割も果たせていないのに……)
私は選考を経て土聖の座に就いたものの、決め手になったのは雷属性の魔術。土属性の魔術が不得手な私は、本来土聖がやるべき仕事の一つである他の魔術師への魔術指導を代わってもらっている。
みんなはそれでもいいと言ってくれるけど、私は土聖に相応しくない。土聖としての役目を全うできていないのにその座に居座っている──土聖として不完全な存在、それが私だ。
(そんな私が学園に通ってもいいのかな。)
おじいさまの遺言に従って、今日から私は土聖であることを隠して王国一の魔術学園である王立魔術学園に通うことになっている。おじいさま──オーウェン・グラッドストーンは前土聖で、王国中の国民に慕われる偉大な魔術師だった。魔術師として土聖になるほどの力を持ちながら魔導具の発明家としても一流で、生前に生み出したたくさんの発明品は今の生活になくてはならないものとなっている。
おじいさまは土の塔で血の繋がりのない私を孫娘のように可愛がってくれ、私もおじいさまを本物の祖父のように思っている。他に身寄りのない私にとってはおじいさまは唯一の家族だった。
私は遺言を破るわけにはいかないし、周りも大魔術師の遺言を反故にはできないと思っているのは確かだけど、学園に通いだせば土聖としての業務を全て果たす時間はどうしたって取れなくなる。塔のみんなにもっと迷惑をかけてしまう。みんなは他の業務も分担してやってくれると言っていたけど、ただでさえ私は魔術指導を代わってもらっている私は申し訳なさでいっぱいだ。
そうして考えても仕方のないことをぐるぐると巡らせているうちに、気付けば入学式へと向かう準備は終わっていたので私は鞄を手に塔の階段を下りはじめた。
支度を終えたカノンが門へ向かうと、そこには一緒に学園へと向かう「炎聖」クレア・コネリーと「水聖」ブルーノ・キングスコートの二人がすでに馬車に座って待っていた。すぐにカノンも乗りこむと馬の短い嘶きとともに馬車は動きだす。
カノンのいる土の塔の他に、炎属性と水属性の魔術師が集まる「炎の塔」「水の塔」があり、それぞれの筆頭魔術師がこの二人なのだ。それぞれの研究施設は王城を囲むように聳え立つ三本の塔であり、それがそのまま研究機関の名前にもなっている。
「おはよう、カノン。昨日はよく眠れた?」
「それなりには……かな」
馬車の中で心配そうに訊いてくるクレアに曖昧な返事をする。クレアとブルーノは私にとって歳の離れた姉と兄のような存在で、昔の名残で私は未だにクレアに寝かしつけてもらうことが多い。昨晩私が寝つけなかったのを知っているので心配してくれているのだろう。
「ねぇ、クレア……私、本当に学園に通ってもいいのかな。塔のみんなに私の分の仕事をさせてまで──」
「いいって言ってくれたでしょ? せっかく学園に行くんだから、カノンに楽しんでほしいってみんな思ってるって」
「でも…………」
「じゃあ、こう考えてみたら? 学園でやることは座学も実技も友達と遊ぶこともぜーんぶ土属性魔術の研鑽。魔術の研鑽は当然、土聖の義務よね。ほら、カノンはちゃんと土聖としての務めを全うしてる」
「そう、なの……? でも友達と遊ぶのは違うんじゃ──」
「──遊びの中に新しい魔術へのヒントが隠されてることだってあるじゃない? だから遊びも研鑽でーす」
何気ないところに新魔術のエッセンスが隠れている、というのはあるとおじいさまも言っていた。学園生活でしか得られないヒントもあるのかもしれない。
「……つまり学園でしか作れない新魔術がある?」
「言い方を代えればそうかもね」
「じゃあ研鑽、かな?」
私がそう言うとクレアはニコッと笑ってから思い出したように付け足す。
「念のためだけど、正体がバレるようなことはしちゃ駄目よ。魔術に貪欲な魔術学園の生徒はカノンのところに殺到して問題になっちゃうから」
「もちろん。おじいさまの遺言を破るわけにはいかないもんね」
「ふふ、そうね」
一瞬だけクレアは寂しげな表情をするが、それはすぐに消えて姉のように穏やかな眼差しだけが残る。二人のやりとりをブルーノはガタゴトと馬車とともに揺れながら優しく見守っているのだった。
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