第19話 深夜ラジオ

(五)  


 ギターに関しては、まだ未練はたっぷりあったが、とりあえず辞める事にした。    

 ミュージシャンになる夢も、完全に諦めきった訳ではなかったが、いったん忘れようと思った。


 ギターは僕にとって、間違いなく生き甲斐であり、心の支えでもあったが、今はとりあえず、一旦そこから離れ、言ってみれば「今までの自分」から解放された方がいいんじゃないか、今の自分にはまず「視野を広げる事」が最も必要だと感じたのである。

 もう二十三だったが、将来の事や何かも、まずはそれをやってからにしようと考えた。


 それからは日々、今まで手を出していなかったもの、本や映画やその他色々なものを漁り続けた。

 その中で、自分にとってとても良い出会いがあった。

 深夜ラジオである。

 なんとなくつけてなんとなく聴き始めたのだが、ハマッた。見事にハマッた。

 なんというか「近い」感じ。親近感というか、共有というか共感というか、深夜ラジオを聴いていると、ひとりじゃない、自分だけじゃない気がするのだ。

 そこに充満する価値観が、自分の日常では出会えない価値観が、ダメな自分を救ってくれるのだ。

 僕は夜な夜なラジオを聴いては心の底から笑い、寂しがりな自分の心はとても癒された。


 そしてこの頃、なぜかお笑いを音楽と同じぐらい好きになっていた。

 気に入ったお笑い番組は必ず毎週欠かさず観ていた。

 ある日、大掃除をしようと思い押入れの整理をしていると、ファイルの間に挟まった一枚の色紙を見つけた。

 記憶はないが、たまたま必要なファイルの間に挟まれて引越しの時も持ってきたようだ。

 取り出して見てみると、それは小学校を卒業する時に担任の富田先生から貰った色紙だった。


 人生にあって笑いのないというのは

 花のぱっと開かないのと同じ事だ

 どんな時もユーモアだけは忘れたくない


 そう書かれた色紙を見てハッとした。

 その言葉の意味が、今になって初めてわかった気がしたのだ。

 笑う事の大切さ。

 自分のネガティブさもユーモアにしていこうと思った。

 深夜ラジオやお笑いから、僕はそのセンスを鍛え始めた。


 この笑いのセンス磨きによって、相変わらず苦手だった人とのコミュニケーションも、女々しい人見知りは変わらないままだったが、以前よりは上手くこなせるようになった。

 それでも、悩みや弱さといった陰の部分は、未だに友人にも出せずにいたが、それに関してはもう割りきっていた。これが自分であり自分の生き方なんだと。

 そして日々、笑いのセンスを磨いていた。(実際どの程度磨かれたかはわからないが、下ネタに関しては、深夜ラジオによって大分磨かれた。と思う。果たして下ネタを磨く必要があったのかどうか、それは疑問であるが......)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る