03 王の帰還


苦節15年――。


 どういった因果かは分からないが、俺はあれだけ特訓してもスライム1体出せなかった召喚魔法を、人生の最後で何やら使えたらしい。


 しかも召喚したのは伝説の竜神王ジークリートときた。


 冒険者としてのランクも最低のFランク。そして召喚士であるのにどれだけ特訓しても召喚出来ない。加えてモンスター軍の敵襲により母さんは死に、俺ももう死ぬ直前だ。


 何とも言い難い人生であったが、最後の最後で奇妙な物語が生まれたな。


 まさかあのジークリートを俺が召喚出来るなんて……。


 それもジークリートも何やら訳アリそうでモンスターを恨んでるらしい。本当に丁度良かったよ。唯一の無念を晴らしてくれる相手に死ぬ間際で出会えた。


 これでもう心置きなく死ぬだけッ……<――何をしている>


 え……? 

 今のはジークリートの声?


 何だ、まだ何か俺に用があるのか……。俺はもう死ぬんだぞ。疲れてるんだから最後ぐらい静かに眠らせてくッ……<そんなに死にたいのか主は。だが目を覚ませ馬鹿者!>


 俺は何故かジークリートにそう怒られた。


「何だよッ! よく分かんない状況にも関わらず、最後の最後で召喚魔法使ってあげただろ!それでお前を召喚した筈だ! 何か初めてボワっと魔力の輝きみたいの出たし、初めて召喚の手応えもあった!

俺はもう疲れたんだ。死ぬだけなんだから静かにしてくれ。そしてもう好きにしてくれ」

<いや、まだ好きに出来ぬから目を覚ませと言っている>


 ジークリートの言葉は予想外のものだった。正確には今までの会話ずっと予想外なんだけど……。


「どういう事なのかさっぱり」

<これは呆れる。主、冒険者であり召喚魔法の使い手にも関わらず、本当に分かったおらぬのか>

「だから何が? しかもさっきも言ったけど、俺召喚出来たの多分今が始めたぞ。もっと分かりやすく言ってくれよ」


 もしかして召喚したのはいいけど、俺が死ぬから折角召喚出来たジークリートもまた消えちゃうって事? だから好きに動けないって事なのかひょっとして……。


<結論から言うと、召喚“自体”は成功している。だがダメなのだ。主に余程召喚の才能がないのか、はたまた逆にセンスがあったと言うべきか……>


 ジークリートは心なしか口籠った後、ハッキリと俺にこう言った。


<何故かは知らぬが、我は“主の体”に召喚されてしまっているようだ――>

「は……?」


 ジークリートの発言に対し、また俺は直ぐに理解出来なかった。だってもう頭の中も状況もぐちゃぐちゃ。


<成程。既に我の肉体が滅び、魔力の魂のみとなっていたのも原因かもしれぬな。それでも実力のある冒険者ならば、召喚の際に体もセットだがな大抵>


 これは遠回しに文句を言われてるのだろうか。


「それは何かゴメンな……。え、でもちょっと待って。それだとやっぱお前もまた消えるって事だよね。俺もう死ぬから」


 何時からか体の感覚がもうない。母さんを抱いていた筈の腕も、酷い怪我の箇所も。もう何も感覚がなかった。


<それは違うな。主にとっては致命傷だったかも知れぬが、我にとってはあれしき問題ない。寧ろ掠り傷にも入らぬわ。その証拠に、既に我の治癒力によって主の体が治っているだろう>


 え? そんな馬鹿な……って、おいおい、本当に何か感覚を感じるんだけど。数秒前まで一切感じなかったのに。


 暗闇だった視界も戻って来てるし、母さんを抱いてる腕の重みもしっかり感じる。それに何より、焼ける程扱った傷口が一切痛くない――。


「凄ぇ……。マジで治ってるよ……」


 痛みがないどころか傷口も完全に塞がり元通り。服が破けて血が付いていたが、体からは一滴も流れていない。


<主に死なれたら我も今度こそ本当に終わりのようだ。それだけは絶対に避けねばならぬ。意地でも生きていてもらおう>


 色んな意味で怪我の功名とでも言うべきか――。


 絶望して死を受けれたのに、まさかこんな展開になるとは。


「つまり、俺はまだ死なず、寧ろお前が俺の体に入りながら生きてゆくと?そう言う事になったのか?」

<まぁそうであろう。幸い我の魔力は変わらず残ったまま。肉体がないのならば主の体を使うしかない>

「そんな事有り得るの……?」

<自分の召喚魔法の実力だ。どの道我はまだ死ねない。主も我に頼むのではなく、自分の力でモンスター共を殺せばよい。ドラゴンの王の我の魔力を思う存分使ってな――。

どうだ? 互いにメリットがあるであろう?>


 成程。これはごもっともな意見だ。


「よし分かった。お前は俺の体を使え。その代わり魔力を貸してくれよ。俺Fランクだから」

<何処までも情けない者だ。だが我の封印を解いたのもまた事実。この数奇な運命を楽しむとしようか。そして時に、主の名は?>

「俺はルカ。ルカ・リルガーデン」

<ルカか。承知した。では行くとするか……ルカよ>

「ああ。なんか凄い流れになったが兎に角そうしよう。外ではまだモンスター達が暴れてるみたいだからな」


 こうして、俺は竜神王ジークリートを己の体の中に召喚したらしい。勿論こんな事は見たことも聞いた事もない。実に奇妙な出来事だが、コレも何かの運命だろう――。




♢♦♢


~王都~


 避難所である大聖堂を出た俺は、王都の更に中心部へ来ていた。街中のそこかしこから人々の叫び声が聞こえている。


 国を守っていた冒険者達も随分やられてしまった様子。モンスターの数に対して冒険者の人手が足りていないのだろう。


「――なぁ“ジーク”、モンスター共の動きを止められる?」

<愚問である。そんなもの朝飯前だ。それより、ジークというのは……我の事であるか?>

「ああ。他に誰がいるんだよ。ジークリートって長いだろ」

<そうか。まぁ呼び方など何でも良いが……>


 ジークは微妙に何か言いたそうな雰囲気であったが、今はそれどころではない。


「それで? どうやって止める?」

<簡単だ。もうルカは我であり、我もまたルカ。何も考えずに魔法を使ってみよ>


 ホントに? そんな感じでホントに大丈夫?


 全く信用出来なかったが、俺は兎に角思い付きで魔法を繰り出した。


 ――ブワァァァンッ……!

 俺は魔法で己の姿をジークリートへと変えた。


<おお、何だか懐かしい感覚>

「本当に出来たよ……。凄いなお前の魔力」


 物は試しで本当に出来てしまった。浅はかな思いつきだが、全種族のトップに立つドラゴン、しかもその中の更に王であるジークの姿ならば、モンスター軍を一斉に威嚇出来るのではないかと考えたんだ。


 漆黒の鱗に金色の瞳。1枚1枚が剣になりそうな鱗を身に纏い、全長70mは優に超えるであろうその神秘的且つ威厳のあるジークの姿になった俺はそのまま空高く舞い上がり、実に2000年ぶりであろう竜神王の雄たけびを上げた――。


『――ヴオォォォォォォォォッ!!』


 その響きにより、王国中を襲っていた無数のモンスター達の動きがピタリと止まった。


 俺が瞬時に思い描いたイメージでは、ジークのこの威嚇によってモンスター軍があわよくばビビッて撤退してくれたらと思ったのだが、現実は甘くない。モンスター軍は退くどころか一斉に俺の元へと集まってきた。


「げッ、マジかよ!ジークの声でビビッて逃げるかと思ったのに」

<明らかに格下でもモンスターはモンスター。敵だと察知すれば本能で向かってくる。勿論、来奴らが束になっても我には勝てぬがな>

「予定が狂った。どうしよう」

<慌てるな。我は王であるぞ。他の人間達を消したくないのならば、このまま王国から距離を取り、集まった奴らを一網打尽で片づけろ>


 ジークに言われるがまま、困惑中の俺はその提案をしっかり参考にさせてもらった。

 

 王都の上空にいた俺は数キロ離れた何もない荒野まで移動。そして狙い通り、モンスター軍は俺を追ってぞろぞろ集まってきた。


<後はまとめて蹴散らせ>

「簡単に言うなよ。まだ完全にこの力使いこなせてないんだから。見ろよ、いつの間にかジークのドラゴンの姿から元の俺に戻ってる」


 そう。ここまで移動する間の僅かな時間で、俺はいつの間にか元に戻っていた。


<まだまだ魔力のコントロール不足だ。自分で感覚を掴むしかない>

「冷たい言い方だな」

<来るぞ>


 ジークとそんな会話をしていたら、大量のモンスター達が直ぐそこまで迫って来ていた。


「おいおい、どうすりゃいいのコレ」

<騒ぐなみっともない。言ったであろう。考えず魔法を使え。コレはもう感覚的な話しである。兎に角やるしかないのだ>


 そう言われた俺は、もうどうにでもなれといった気持ちで、モンスターを一気に吹っ飛ばすイメージで魔法攻撃を繰り出した。


 ――ズバァァァァンッ!! 

「いッ……⁉」


 俺の……いや、正確にはジークの一撃によって、数百体以上いたモンスターの4分の3が一瞬で葬られた。


 何て言う危ない力……! 少しズレたら王国1つ余裕で消し飛ぶぞコレ⁉


 運良く生き残ったモンスターの残党は、ビビったのか瞬く間に逃げ消えた。


「無理もない。俺が1番ビビってるからな……」

<よし。片付いたな。この調子で残りのモンスター共を蹴散らせ>


                 

 放心状態の俺は無意識にジークの言葉に頷いていた。

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