5-6 ティエスちゃんは奇襲される①
「通常サイズの
「フム、ずいぶんな脅威だね」
王国組+リリィ姫配下+魚人で顔を突き合わせているティエスちゃんだ。公務に穴をあける格好になったが、ハラグロイゼ卿もリリィ姫も一も二もなくすっ飛んできてくれた。優先順位の評価がちゃんとしててありがたいぜ。上司には恵まれてるんだよな。部下にもだ。恵まれてないのは状況だけ。
ジャスティンの解説を聞いてあごに手を当てたハラグロイゼ卿は、いつになく長い時間悩んでおられるようだ。
「ハラグロイゼ卿、エルフへの打診は」
「無論、行うとも。大規模転移魔法のレジストともなれば、エルフの協力は必須だ。ただし」
ハラグロイゼ卿は促すような目で俺を見た。続きを俺の口から聞きたいらしい。やっぱそうだよなぁ。俺は大きな溜息をはいた。
「……統合府全域の転送阻害は難しいでしょうね」
「うん。どうしたものか」
エルフというのは魔法の扱いに長けるが、そもそも数が少ない。転移魔法などという高度な魔法をレジストする魔法となれば、それ自体が相当高度な魔法だ。その術者はさらに少なくなる。森域の全域に術者を分散配置するというのは現実的ではない。
それにエルフの性質を考えれば、他紙族のために世界樹の守りをおろそかにするなど考えられないことだろう。提案しただけでエルフが敵に回る可能性すらある。
「少なくとも、統合府への直接転移が防げるのならば、最悪の事態は避けられるか」
ハラグロイゼ卿の言う最悪の事態とは、すなわちクーデター軍の電撃作戦による統合府の失陥である。ただでさえ歪な結束の森域の各氏族から頭の抑えが取れれば、統制などは望むべくもないだろう。統合府が落ちた時点で、この戦争は負けが確定するのだ。
「ターゲットが統合府だけならまだやりようはあるんですがね」
「それこそ現実的ではないね。「野生の後継者」が森域の群雄割拠を狙っているのだとしても、首魁の賢狼人が頭を執りたいという思惑はあるだろうからね」
「ですよねぇ~~」
「実際どうなのかな、ジャスティン。野生の後継者の目的については、どれほど知っているのかね」
ハラグロイゼ卿は矛先をジャスティンに向けた。ジャスティンは申し訳なさそうに目を伏せて話しはじめた。こりゃ期待薄だな。
「すみません。僕はあくまで、エヴィロンス・シリーズの開発担当者でしかなかったもので……」
「エヴィロンス・シリーズ?」
俺が思わず聞き返す。ちょっと話の腰を折ったかもしれねえ。反省だな。ただ、なんか聞き覚えがあるんだよな。エヴィロンス。どこで聞いたんだったか……
「ああ、すみません。彼ら小型自律型強化鎧骨格のプロダクトネームなんです。ボクが関わったのはオティカ――エヴィロンス・ゼロの開発までなんですけど……」
「なんだお前なかなかかっこいい名前があるじゃねーか」
「俺はオティカだ」
オティカを肘でうりうりしてやると、彼は非常に鬱陶しそうな表情で俺を睨んだ。はいはい。姫様にもらった大事な名前だもんな。
しかしやはり、どこで聞いた単語なのかは思い出せない。シャランの野郎くらい記憶力がよけりゃあなぁ。
「ふむ、ジャスティンが技術面以外の内情にそこまで詳しくないとなると、情報部だよりということになるか」
ハラグロイゼ卿は一瞬だけ俺を冷ややかな目で見てから、困った風に言った。俺は背をただした。卿としても、あまり情報部に借りを作りたくはないらしい。
どうすっぺかな。いっそこっちも電撃的な逆侵攻で賢狼の王を討ち取っちまうか。姫には悪いが、それで収まるならそれで……いやぁ、きついな。統合府から賢狼人の荘までは直線距離でも1000キロはある。道がぐちゃぐちゃの森の中を進んでいくと考えると、一日二日でたどり着ける道のりではない。
「野生の後継者」も様々な妨害を仕掛けてくるだろう。何しろ奴らは数の不利を克服してしまっている。俺たちだけでそれらを突破して王殺しは、さすがの俺でも骨が折れる。ニアとハンスあたりはきっと死ぬだろう。さすがにそこまで肩入れしてやる気はない。そもそも頭を潰したからって矛を収めるような連中とも思えんしな。こないだ襲ってきたやつとかを見るに。
……まあ、俺たちは軍人だから、現状の総指揮者であるハラグロイゼ卿がやれと仰られればやるしかないんだけどね。どうします? 俺は窺うような目でハラグロイゼ卿を見た。ハラグロイゼ卿はニコッと笑った。俺の背に寒いものが降りた。
「イセカイジン卿、その件だが――」
ハラグロイゼ卿が何かを言いかけた、その瞬間。俺はバネ仕掛けのように立ち上がり、ジャスティンに向けて飛来してきた何かを掴み取った。じゅう、と掌に焼けるような感覚。毒か……!
「ククク、裏切者の始末に来たら、面白いところにつながったものだ」
ひどく嘲るような声。聞き覚えがあるぜぇ……!
「ム、転移が阻害されている……? ええい、小癪な真似を」
「どっちが小癪だよ、オイ。何しに来やがった? 「野生の後継者」の実行部隊長さんよ」
俺が即席で張った転移阻害の結界は、そう長く持たない。俺はひりつく掌の傷を焼いて毒の回るのを防いだが、傷そのものを癒すのは領分ではないし、それをやっている暇はなさそうだ。部下たちに目配せをする。さて、どれだけ伝わったことか。
「ククク、聞こえなかったかな? 裏切者を消しに来たのだよ。私はずいぶんと運がイイらしい」
「ゲルベロッサ!!」
姫が撃発した。強い叱責の声が飛ぶが、当の実行隊長――ゲルベロッサとやらは、どこ吹く風といった態度だ。こいつ、仮にも主君の娘を舐め腐ってやがる。
「これはこれは姫。以前もお知らせ申し上げた通り、我々の指揮権は姫にはないのですよ。それに、クク、お慶びください。この度、晴れて姫も粛清リスト入りを果たされました。そこな前王の遺児も含めてねぇ」
「ッ……!」
「父上……!」
姫が悲嘆とも怒りともとれる呟きを、軋む歯の隙間から零した。ライカが姫の前に出て剣を抜く。頼りないが、時間稼ぎくらいはできるか? ……無理だろうな。残念だが、ライカはこのレベルの戦いにはついてこれない。
「へっ、べらべら喋ってんじゃねーぞ三下。ここが敵地のど真ん中だってこと、そのニヤケ面がぐしゃぐしゃになるまでたっぷり味わわせてやる……!」
俺は虚勢を張って、負傷していないほうの手で剣を構えた。言うまでもないが、窮地に追い込まれているのは俺だ。何せここには守るべき連中が多すぎる。
「実に面白い冗談だ。クク、よかろう! 先日の礼も兼ねて、たっぷりと甚振ってやろう!」
ゲルベロッサがばっと外套をはためかせると、その影から染み出るように大量の小型強化鎧骨格……エヴィロンス・シリーズが展開される。クッソ、こんなに入り込まれてたのか!? これは詰んだかもわからんね(^o^)。
「かかってこいや、ド三流共がよォ!!!」
俺はキレた。
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