2-13 ティエスちゃんはロマンチスト

「中隊長、歩哨の交代時間です」


「んが……もうそんな時間か」


 顔をぺしぺしはたいて眠気を飛ばすティエスちゃんだ。スティーブ……じゃなかった、エルヴィン、起きろ~。傍らで寝袋にくるまっているエルヴィン少年の顔を心なし強めにはたく。あ、起きた。


「起きたか、見張り番の交代だ。さっさと準備しろ」


「んぁ……りょうかい」


 うーん寝坊助さんめ。とはいえほんとはお子様にはちゃんと寝ててもらいたいのが本音なんだがな。質のいい睡眠は心身の健康に直結するファクターだ。成長期真っ盛りな少年ならなおさらである。まあ、今夜は我慢してくれや。

 歩哨と仮眠は分隊ごとの交代制で、今回は設営などをA分隊が担った分、B分隊は夜番が少し長い。現在時刻は午前二時ちょうど。A分隊はこれから朝まで歩哨を続け、そのまま飯を食って帰途に就くという流れだ。およそ4時間。星明りだけが照らす野営地はひどく暗く、時たま吹く風が周囲の草むらと木々をざわつかせる程度の、正直なところ面白みに欠ける時間である。戦時ならそれなりに緊張感もあるが、平時の訓練ではそれもいささか。俺は大きなあくびをした。


「ふわぁ~あ」


「やめろよ、うつるだろ」


 ヘルメットの上からナイトビジョンを装着したエルヴィン少年が、口の端をムズムズさせながら言った。おっと、悪いね。

 現在俺たちは分隊をさらに二つに分け、荷物番と周辺警戒をローテーション制にしている。つまり荷物番は座り仕事で警戒は立ち仕事である。立ちっぱなしは疲れるもんな。

 そもそも小隊単位のミニマムな行軍訓練なので、割とこの辺はルーズだ。エルヴィン少年のための社会科見学の向きが強いな。基地総出でやるようなデカい演習だとこうはいかない。

 そんで俺たち二人は現在荷物番である。楽でいいんだが退屈すぎて寝ちまいそうだ。

 ……そういえば、この時期この場所この時間なら、そろそろアレが見れるな。


「なぁ少年。ちょっと「中隊長はどうして魔法を研究しようと思ったの?」って聞いてくんない?」


「は? なんだよ藪から棒に」


「いいから、いいから」


「あー、……中隊長は、どうして魔法を研究しようと思ったんだ?」


 ノリが良くて助かる。実際エルヴィンも暇で暇でしょうがなかったんだろう。俺はすかさずあったかいココアの入ったカップを少年に渡した。


「なにこれ?」


 一応受け取りはしたエルヴィン少年の疑問符には答えず、俺は遠くを懐かしむような風情を醸し出しながら続けた。


「――初めて魔法を見た時、あまりのでたらめさに言葉を失った。そして、なぜ? って思ったんだ。それがすべての始まりサ!」


「…………………………えっ、それだけ?」


「そうだが?」


「なんなんだよあんた!?」


「シィー。まぁ待て、しかして期待せよ」


 俺は言葉を切った。数秒、何か続きがあるのかと待っていたエルヴィン少年が、しびれを切らしたように騒ぎ出したのをなだめる。俺はいたずらっぽく微笑みかけた。

 とりあえず絶妙に抜けてしまった間は、しりとりをするなどして埋めた。


///


 それから1時間ほどが経った。早々にしりとりにも飽きてしまった俺たちは、ただ黙って闇を見つめている。エルヴィン少年がとうとう舟をこぎ出したが、まあ咎めるのも可哀想だろう。俺にだって人の心はあるからね。それに今の状況は、何かと都合がいい。

 俺はささやかな光を降らせる頭上の光点をあ眺めた。今日は新月。青白く照る月のない夜空は、いつに増して星がよく見える。本当にあれが、何万光年と離れた恒星の瞬きなのかは定かでないが、しかし夜空は前世のそれとさほど変わらないように思えた。星座とか全然わかんなかったしね。逸話ばっかりは覚えていたけれど。


「おっ」


 ふと、星空の端がむにょりとゆらぐ。それはぴんと張ったシーツのように星空全体に伝播していって、さながら風にたなびくカーテンのような様相を見せた。


「キタ、キタキタキタ!」


 俺は跳ねるようにエルヴィン少年を見る。先ほどまで船をこいでいた首が、カクリと落ちていた。よし、寝てる! はからずも絶好のシチュエーションに、俺は内心小躍りしたいくらいだった。

 俺はエルヴィン少年の肩にガッと手をかけて、大きくゆすぶった。


「スティーブ……じゃないエルヴィン、起きろ!」


「んぁ……あ、ごめ、俺寝てた?」


「いいんだ気にするな。それよりあれ、あっち! ほら、見てごらん」


「あっち?」


 エルヴィン少年が、眠たまなこをこすろうとしてナイトヴィジョンに阻まれている。寝起きは年相応にかわいいとこあるんだよな。いやそうじゃなくて、っていうか邪魔だな! 俺はエルヴィンのナイトヴィジョンをはぎ取りながら、夜空を指さした。エルヴィンの視線がそれにつられるように移動して、そして見開かれる。


「うっ……わ、すっっっげぇ…………!」


 俺は内心でガッツポーズを決めた。いただきました、生の感嘆。俺の指さす先、エルヴィンのくぎ付けの視線の先には、極彩色に輝く光のカーテンが悠々とたなびいていた。極光――オーロラである。

 俺はエルヴィンの肩にそっと手を置いて、万感の思いを込めるように言った。


「御山の持つエーテルと、大気中のエーテルが干渉して起きる自然な魔法現象でな、俺はオーロラって呼んでる。どうだ、でたらめだろ。すげーだろ」


「ってことは、これがあんたがさっき言ってた」


「そうさ。感動と、好奇心こそが俺たちの原点なんだ」


 科学は時に壮大なロマンチストなのだ。そういうキャッチコピーを掲げる企業が、前世の地元にあった。俺がエルヴィンに語った言葉は、白状してしまえばほぼ丸ごと、その企業のCMからいただいたものだ。俺と同世代の地元民ならまず確実に諳んじられるくらい有名なCMだったからな。つい真似したくなった。

 ただ、じゃあまるっきりおふざけかといえばそういうわけでもない。自分で言ってて感極まっちまうほど、実際この光景は今世での俺の原点だった。

 俺の生まれ村も御山の麓だからな。なまじ前世の知識があった分、ガキの頃の俺は頭をぶん殴られるような衝撃を受けた。こんな極地でもなんでもない場所でオーロラが出て、しかもそれが魔法だエーテルだのっていう超常現象が引き起こすものだと知ったとき、俺の中に何らかスイッチが入ったのは間違いないのだ。

 だから人の言葉を借りる形にはなっちまったけれど、これは俺の偽らざる本心なんだな。


 未知を知った少年と、少年のように目をキラッキラさせた俺。この場には場違いなほどテンションぶちあがった二人組は、結局交代の時間までずっと星空の大スペクタクルを眺めていた。


 まさかこんな風に前世むかしを懐かしむことがあるなんてな、思いもしなかったぜ。

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