うずうず! 遠征準備編
2-0 深き森に魔女よ舞え
――なるほど、できるな。
『森域統合軍、青の武士団。カテル・ウルフマン』
抜き身の剣を八相に構える、鎧武者めいたマシーンと、それを駆る者の声。それはさながら儀式の前の宣誓のように、鎮かでありながら圧力をはらむ。
「王国陸軍中隊長、ティエス」
引き抜いた両刃の剣を正眼に構え、ティエスも短く名乗りを上げる。これ以上は、言葉はいらない。操縦桿を握る手ににじんだ汗を、ぬぐう暇はきっとない。まんじりとも動かず、時を待つ。しばし。審判の合図。
瞬間、静と動がスイッチングする。二〇歩の距離を三歩で跳んで、まずは挨拶。小手調べ。遊んでいる暇はないが、それがどうにも楽しい。ティエスの強化鎧骨格による大上段からの打ち下ろしを、カテルの操る武者はたやすく受け流して魅せた。反りの入った片刃の大太刀は、重量と打撃力で勝るブロードソードと打ち合うには向かない。その分少しばかり小回りが利くから、こういう芸当ができる。ティエスは前方に向いていた慣性ベクトルを正反対にスイッチし、はじけるように後ろへ飛んだ。今まで機体の胴があった場所に、小太刀による剣閃がスゥと引かれる。受け流して払った太刀の、引く手を利用した滑らかな抜刀。舌を巻く。ティエスはそこに、確固たる技を見た。
数度のバックステップで再び最初と同じほどの距離をとる。カテルは前に出ない。ティエスが距離をとるわずかな時で、カテルの周囲は殺し間と化していた。向こうとしても、最初の一合は小手調べであったらしい。仕切り直しだ。
ティエスは剣を下段に構えなおし、緩急をつけたステップで翻弄するようにカテルの周囲を回る。その半径を徐々に狭めながら。対するカテルは動かない。前を向いたまま、二刀の構えを解かぬまま。
まるで後ろに目があるようだ。まあ実際、強化鎧骨格は後頭部にもセンサーを搭載して常に索敵しているのだから、目があるといえばあるんだろうが。そういうことじゃなくてね。ティエスは愚考した。
見透かされる。その一瞬を機体の機微か、あるいは第六感的サムシングで読み取ったカテルが動く。目にもとまらぬ速さで行われる小太刀の投擲。それに気を取られれば、カテルの姿は一瞬で消えたように見えたはずだ。
かかった。ティエスはほくそ笑む。フェイントに混ぜたフェイント、二重の誘いにカテルは乗った。カテルの姿を、ティエスはしかとその目で追えている。剣を跳ね上げ、踏み込む。その切っ先が狙うのは、鬼面が如き面頬の正中。
直後、ティエスの機体の肩部装甲が宙を舞った。おぞましいほど滑らかな切断面に陽光をぎらぎらと反射させ、それがくるくると回転してから石舞台に落ちるまでの数秒の間。皆が皆、息をのむ。会場は水を打ったように静まり返って……次の瞬間、爆発した。
『……参った』
側頭部を削ぎ取られ、片方だけ残った集音機がカテルの声を拾う。
カテルが今まさに抜き放たんばかりだった奥の手――二振り目の小太刀の束頭は、しかとティエスに押し込まれていた。降参を聞き届けたティエスはその手を除けると、ついでとばかりに武者の顔に半ばまで埋まった剣をずるりと引き抜く。
我に返った審判が、勝者を表す旗を勢いよく掲げた。色は金、すなわち、王国軍――ティエスの色。
会場が割れんばかりの
「完敗だ。良い勉強になった。感謝する、ティエス卿」
「俺も随分ヒヤッとさせられた。青の武士団は精強と聞いていたが、噂は本当だったらしい。また機会があれば手合わせしようぜ、カテル殿」
「こちらからもぜひお願いしたい。だが、油断召されるな。それがしなどは、青の武士団四神将の中でも最弱……これよりは、さらなる地獄が卿を待つであろう」
カテルは不敵な笑みを浮かべながら(犬頭なのでその判別は実に難しいが)、警告めいたことを言う。一説ではこういうのも負け惜しみというのかもしれない。握手は解かれた。
「そいつはなんとも……楽しみだね」
ティエスは半笑いになった。歓声の降る中、石舞台にたたずみ陽光にきらめく愛機を見上げる。ずいぶんやらかしてしまった。整備の連中にはあとで酒を2升ほど持って行ってやろう。戦いはまだ始まったばかり、俺たちの戦いはこれからだ! と、そんな具合である。
どうしてこうなったかというと――発端はひと月前、退院してすぐのころまで、時を戻さねばなるまい。
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