1-19 ティエスちゃんは退院する
「今後くれぐれも無茶をしないように、と言ってもあなたはするのでしょうから、無茶をした後は必ず病院にかかるように。以後また違法な医療行為があったときにはあなたを職権逸脱の罪で国府に訴えます。おわかりですね?」
「アッハイ」
病院の通用口で女医からあたたか〜いはなむけの言葉をいただいたティエスちゃんだ。ようやく退院できるぜ。約一か月の監獄生活ともこれでオサラバ。いやぁ~~娑婆の空気はうめぇなぁ~~!
「いやはや常連さんがまた一人いなくなってしまったなぁ。なにがあったらまたいらしてください。おいしいコーヒーを淹れて待ってますから」
「今から退院する人間に言う言葉じゃないんだよなぁ……」
喫茶店のマスターまで見送りに来ている。じとりとした目でにらんでやると、相変わらずの態度でけらけら笑っていた。ほんとにいい性格してやがる。
「エルヴィン君も、中隊長さんの付き添いでいらしたときはぜひ顔を見せに来てください。クリームソーダくらいはサービスしちゃいますので」
「お、オウ」
俺の横でそわそわしてたエルヴィン少年はひどく困ったような声を出した。まあそうだわな。情報部しかいない空間で普通に給仕してたマスターなんて、少年からすればきっと同じ穴の狢にしか見えないはずだ。マスターからしたらささやかな兄心のつもりなのかもしれんが、そういうのはちゃんと明かしてからにしろ。
「ではそろそろ行きましょうか。基地までお送りします」
病院の戸口を固めていたイーサンがさわやかフェイスに胡散臭い笑みを張り付けながら言った。エルヴィン少年は一応VIP扱いなので、正式に軍に身柄が引き渡されるまではこうして護衛が付く。その都合で正面玄関からじゃなくてこそこそ通用口から出る羽目になっている。
「おいジェイムズ、貸しイチだからな」
「こわいなぁ、わかってますって。さ、先輩もどうぞ。中に飲み物も用意してますから」
通用口の前には場違いなほど立派なリムジンが停まっている。いやマジでリムジンなんだって。黒くて長くて角ばった車なんてリムジンっていうほかねーだろ。ちなみにこの世界は普通にモータリゼーションしてる。動力は化石燃料じゃないけどな。エコだ。そもそも燃焼機関の概念がないんだわ。魔法で動力機関を伸縮させて車輪を回す仕組みで、原理としてはゼンマイ駆動に近い。でかいチョロQみたいなもんだ。ブレイクブレイド? アニメは見た。まあアレと違ってこの世界にゃ魔法を使えないやつもごまんといるから、その辺もちゃんと対策されてるぞ。電源呪符っていうのがあって……まあその辺はあとでいいか。俺は見送りにわざわざ集まってくれた連中をあらためて見渡す。女医に、茶店のマスター、影の薄い病院長、情報部OBのスミス、エルヴィン少年の友人2名。看護士はいなかった。薄情な奴だ。まあ忙しい忙しい言ってたし仕事を抜けられなかったんだろう。それを望むのは贅沢ってもんだ。
しかしエルヴィン少年の友人2名は若干委縮しているようにも見える。フレッドとカーラだっけか。
「エル、お前もしかして偉い人だった?」
「……ちげーよ。俺は正真正銘裏町育ちだ。お前とおんなじだよ」
フレッド少年はちょっとひきつった顔をしている。エルヴィン少年は少し寂しげに湿っぽいことを言っていた。
「私のことは遊びだったの?」
「おいバカ! 誤解を招くようなこと言うな!」
いや意外に余裕か? カーラはおませさんのようだった。将来有望だ。
「おいおい少年~~、お前さんもスミに置けねぇなぁ~~?」
「ちがわい!」
早速からかってやる。エルヴィン少年はおおよそ想定内の反応を示し、俺とカーラはひとしきり笑った。仲良くなれそうだぜ。
「カーラ、その辺にしときなよ」
「はぁい」
フレッド少年がたしなめると、カーラはすんなりいじりをやめた。ふーんなるほど、そういう関係性ね。青春してるなぁ。
「エル。おれ、必ず追いつくから。体治して、鍛えて、勉強して」
「私もね。抜け駆けは許さないんだから」
「お前ら……ああ、待ってる。でも、手加減はしねーぞ。俺は止まらねぇからよ、死ぬ気で追いつけよな」
「……うん!」
おお、すごいなこういうのリアルで見られることあるんだ。エルヴィン少年もまあかっこつけちゃって。あんなに一緒だったのにってことにならないことを祈るぞマジで。俺はエルヴィン少年の頭に手を置いて、乱暴に撫でた。
「うわおいなにすんだよ!」
「へっ、ずいぶんかっこいいこと言ってくれるじゃねーか。徹底的にしごいてやるから覚悟しとけよ。それからガキども」
俺がガキどもに目を向けると、二人は俺の目をしっかりと見つめ返してきた。いい度胸だ。
「こいつは責任もって俺が預かる。だから心配はいらねー。お前らは、まず一番に自分の心配だ。よく食って、よく寝て、よく動いて、医者の言うことをちゃんと聞け。こいつを追っかけるのは、それからで遅くねぇ。いいか、焦るな。地道にやれ」
女医が「お前が言うな」みたいなジト目を向けていた気がするが、ひとまず無視する。
「そんで無事に退院できたら、軍の門をたたけ。そん時は俺の名前を出していい。そしたら、俺がビシバシ鍛えてやる。いいな?」
「……はいっ!」
「わかったわ!」
うーんまっすぐでいい返事だ。若者って素敵。いやまあ俺も十分若者だけどな!
「いい返事だ。王国陸軍はいつでも若い力を欲しているゾ!」
俺は歯を見せて笑い、サムズアップした。きまったぜ。広報官も顔負けのコマーシャルをぶちかましてから、女医から退院祝いの花束を(本当に事務的に)受け取り、エルヴィン少年を伴だってリムジンに乗り込んだ。
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