ティエスちゃんは中隊長

永多真澄

序章-ティエスちゃんは中隊長-

 ――俺は女の子になりたかった。


 いや、別に性同一性障害とかLGBTとか、そんな真面目(?)な話がしたいワケじゃない。俺は心も体もずっと男だったし、恋愛対象だって女の子だ。

 じゃあなんでよ? といえば、俺から見て女の子ってのは、どうも男より得をしているように見えたからだ。

 例えば女の子はズボンもスカートも穿けるのに、男はスカートを穿けない(慣習的な話ね)。女の子は体育の長距離走で1000メートルしか走らなくていいのに、男は1500メートル走らさせられる。近所の映画館にはレディースデーしかないし、男性専用車両はない。ほか、エトセトラ。

 と、始終そんな感じのしょうもない僻みだ。みみっちい男だってのは百も承知。それでも、なんか釈然としねーんだよなと、まあそんな旨の呟きをポチポチ打ち込みながら横断歩道を渡っていた俺は、横合いからカッとんできた車に跳ね飛ばされ、空中で華麗な3回転半ひねりを決め、盛大に頭からアスファルトに着地し、死んだ。あまりにもアホくさい結末だった。


 しかし捨てる神あれば拾う神あり。気が付くと俺は異世界転生していた。


 さて。なんと今生、俺は女の子として生を受けた。まあこれだけ前振りしてれば驚きもないが、今の俺は金髪碧眼の可愛らしい女の子である。名前はティエスだ。……もちろん言語は日本語でも英語でもない異世界語。謎の符丁には出来過ぎ感を感じないではないが、単なる偶然だろう。怖いし深くは考えないことにしている。


 俺はすくすく成長し、6歳で土魔法の認可を取り都の大学へ進んだ。魔法は俺が異世界を感じた一番の要素だ。もちろん魔法というのは俺が便宜的に名付けただけで、現地語ではこう、なんとも発音が日本人には難しい感じなので魔法で通すことにする。

 さて、そんな魔法がありふれた異世界でも、6歳で認可を取るというのはあまりに異例だった。まあ、なんだ。ちょっと現代知識TUEEE! をやってしまった結果だ。俺は神童ともてはやされ、たった6年しか思い出のない生家を離れた。


 鳴り物入りで飛び込んだ学府は、俺の伸び切った鼻を根元から叩き折った。鼻持ちならない態度で臨んだ最初の試験で、俺は見事最下位という結果を叩き出す。6歳の俺も、十は年の離れた学友たちも大学では総て対等なライバルだった。

 前世の俺ならきっとそこで折れていただろうし、なんなら今世でも、あいつがいなきゃポッキリ折れていただろう。


 そいつは――シャランは弱冠10歳で水魔法の認可を取った才媛、神童だった。話しぶりから転生者の匂いはしないから、きっと紛れもない天才だ。

 シャランは自分より4歳も幼い俺に並々ならぬ敵愾心を燃やし、ことあるごとに突っかかってくる女だった。当然俺が試験で最下位を取ったことを知るや否や、当時の彼女が考えうる最大の語彙で煽り倒してきた。

 ちなみにその試験で、シャランはワースト2という輝かしい成績を修めていた。俺はキレた。こっちに生を受けて、初めてバチバチにキレた。むろん手も出た。最終的に拳と拳で語り合った俺たちは、そろって1週間の謹慎と奉仕活動を言い渡される羽目になる。

 それが契機になって、俺たちは仲良くなった――ということは特になかった。しょせん夕日の河川敷は都合のいい妄想だ。俺たちはその後もことあるごとにぶつかり合い、互いに切磋琢磨し、最終年次には成績トップ1・2を争う領域にまで達したので、まあ? 好敵手としては? この上ない人物だったんじゃない? 癪だけど。


 あっという間に8年の月日は流れた。俺はもともと持っていた土魔法に加え、水、火、風の四大元素魔法の認可、そしてエーテル取扱者甲種1級を取得し、次席で大学を卒業した。首席はシャランである。彼女は卒業式の最後に、これ以上なく勝ち誇った顔をして目元を腫らしていた。俺も少し泣いたが、きっとそれは悔しかったからである。


 大学を卒業後、俺は王国軍に仕官した。大学の教授連中には魔法研究職を強く勧められたが、すべて突っぱねた。もともと望み薄だったのだろう。教授たちはまあ君ならしゃーないかと揃って苦笑いを浮かべた。どういう意味だジジイども、とすごんでやると、奴らは揃ってそっぽを向いて口笛を吹いた。シャランはそのまま大学に残った。


 さて、王国陸軍機甲科訓練隊に配属された俺は、日夜訓練に明け暮れる日々を送った。初日の身体強化なし50キロ行軍訓練は堪えたが、自分よりへばっている同期がごろごろいたので何とか耐えられた。あとで聞いたところによると、最初のふるいで2割が脱落したそうだ。そしてその篩い分けをいざ超えてしまうと、それは自信になった。

 もともと前世でひどいメタボだったことの反省から、魔法訓練と並行して幼いころから運動もしていた。3歳のころには野山を駆け回って遊んでいたし、大学に入ってからも構内のランニングや筋トレは日課だった。それが活きた。

 それに軍での訓練は、体力的にきついものばかりではなかった。

 王国軍が正式採用している強化鎧骨格――いわゆるパワードスーツの操縦訓練は、純粋に楽しかった。俺だって元男の子だ。全長5メートルの人型マシーンが地上を闊歩する姿を見てときめかないはずないし、あまつさえそれを自在に、自分の意志で動かせるとなれば、興奮するなというのが無理な話である。同僚たちも強化鎧骨格の慣熟訓練の時は表情が明るくなった。初めて強化鎧骨格を装着してアクロバットをやった時には三半規管に甚大なダメージを受けてひどい目にあったが、それもじき慣れた。

 俺は1年の訓練期間を終え、無事に士官階級を得た。

 そのころ国内ではモンスターの出現頻度が増加傾向にあり、近いうちに魔王征伐軍が編成されるという噂がまことしやかに軍内に広がっていた。そんなどこか浮足立った雰囲気の中、俺は王都守備隊の推薦を蹴って辺境勤務を選び、生まれ村のある領の駐屯地に配属となる。

 そこでまる5年モンスター相手に剣をふるい続け、気が付くと俺は中隊を預かる立場に収まっていた。


 その日は折節北風激しく、磯打つ波も高かりけり――いや、まあここは内陸だが、とにかく重い雲が全天を覆う陰気な日だった。

 朝方に早馬があり、辺境村が襲撃を受けた旨が伝えられる。俺の生まれ村から、目と鼻の先だった。俺は早駆けの先遣隊に志願し、手勢数人を連れて押っ取り刀で件の村へと向かった。



///



「……っけね、今のが走馬灯って奴か」


 数秒意識がトんだ僅かな間に、懐かしい記憶が再生された。そういや、前世じゃ走馬灯は見なかったな。振り返るような経験もなかったってか? うるせーや。

 額を切ったのか、ありえん量の血があふれて視界を濁らす。それを乱雑に拭うと、とりわけびりびりとした痛みが背骨を抜ける。


「ンヒッ……ちくしょう、可愛い顔が台無しだぜ」


 軽口を叩きながら、機体をリブートする。胸部装甲がめこめこにひしゃげ、内部の光画盤もバキバキに割れている。おそらくこの破片で切ったのだろう。手元のコンソールは生きていた。コマンドを打ち込むと、ボフンと生臭い煙を吐いてハッチが吹き飛ぶ。視界が開ける。真正面には、牛と人を混ぜて5倍ぐらいに拡大したような化け物。


「っと。さぁて、第2ラウンドだぜ、ミノちゃんよぉ」


 交錯する視線。一方は俺のプリチーな碧眼。他方はミノタウロスの濁った赤目。俺が剣を構える。ミノタウロスが拳を構える。2度目のラッキーはない。舌なめずりをして、乾いた唇を潤す。通信機は先ほどからノイズとうめき声だけを伝える。まだ生きてる。ヨシ。息をのんで、止める。

 ミノタウロスが強酸性の生体ミサイルを放った。見え透いた牽制を皮切りに、二つの巨体が地を揺らす。

 振りかぶられるこぶし、振り下ろしは一瞬。それを見切って懐に飛び込む。

 剣に炎を纏わせ、突き出す。狙いは敵の心臓ただ一点。


「ッ――バースト!」


 剣先が巌のごとき肉を割く。骨を断ち、臓腑をとらえる感覚。それを操縦桿の僅かなフィードバックから読んで、刃に纏った炎を炸裂させる。ミノタウロスの断末魔はない。断末魔を上げるべき器官が、丸ごと焼失してしまったからだ。

 ぐらりと前のめりに倒れる死骸を半歩よけて躱す。しばしの残心の後、ようやく剣についた血糊を払う。まあ爆発させた時点でなんも付いてないけど、気分でね。剣を鞘に納め、ようやく一息ついた。


「ぷぃぃー、今回はちょいヤバだったな」


 深くシートにもたれ、懐から煙草を取り出す。勤務中の喫煙は職務規定違反だが、これくらいはお目こぼし頂きたいものだ。ライター代わりに指先から灯をともし、大きく一服吸い込む。不味いことこの上ない煙が、昂った気分をフラットに戻してくれた。


「中隊長殿ぉー! 加勢に参りましたぞぉ―!」


 そんないい気分を台無しにするような大声が通信機から聞こえ、煙と一緒にため息を吐く。まだ半分も吸っていない吸殻をミノタウロスの死骸に投げて、インカムに吼えた。


「……遅せーよタコ! モタモタしやがって、ジャックとハンスが虫の息だ! 救護班の手配急げ! ハリー!」


「すでに手配済みであります!」


 間髪入れず副官のバカデカ声。彼の機体が指し示す後方に、薄らと救護班の旗が窺えた。


「チっ、こういう手際は良いんだよな……」


「ハハハ。しかし今回は手ひどくやられましたな」


 怒鳴られても堪えた様子のない副官が、怒る理由の失せた俺の機体の惨状を見て言う。


「ミノ助が出るなんて思わんかったしな。ぶっちゃけ油断してた。まあ、倒したわけだが」


 半身を失った死骸を蹴っ転がすと、副官は苦笑いした。


「最近モンスターの出現分布が異常ですからな。油断大敵といったところでしょう」


「だな。あとで始末書書くの手伝え」


「いやあ、このあと少し予定がありまして」


「ぬかせ、キャンセルだ。……それとこれは別件だが、少し気になったことがあってなぁ」


「気になったこと、ですかな?」


 スッ、と副官が神妙な声音になる。

 俺はそんな深刻なことじゃないと前置きしてから、少し渋面を作って言った。


「いや、俺って全然女の子らしいことしてねーなって……」


「は?」


 副官はひどく間抜けな声を発した。

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