第12話 宿敵リベンジ
森を歩き回って数時間、いまだ牡鹿には巡り合えずにいた。今のところはウサギと鳥、それにイタチくらいだった。流石にグループリーダーのミチャも嫌気がさしたのか、森を出て休憩しようと言ってきた。
「まったく、今日は不作だねえ。
このままじゃ晩は干し肉になっちゃうかもしれないよ?
少し遠いけど泉のほうまで行けばよかったなあ」
「でも泉まで行って空振りだったら大分時間を損するんでしょ?
牡鹿が見つかればそれに越したことは無いけど、最低限の獲物は必要だし、仕方ないよ」
「まあそうだよね。
ウサギばかりならシチューにしてもらってもいいか。
数日くらいは塩をいっぱい使ってくれるしね!」
やはりみんなしょっぱいものに飢えているようだ。甘いものは果実で代用できるけど、天然物のしょっぱい食べ物なんて無いのだ。
草原と森の境目まで来たので、日陰に腰かけてしばらく休憩だ。草原には大きな木が点々と生えているくらいで障害物が少ない。そのため牡鹿のように警戒心の強い動物を見かけることは無い。その分、熊のような大型で凶暴な獣もいないので安全ではある。
そこへ見慣れない影が見えた。あれはもしかして!?
「ミーヤ! 早く行きな!」
ミチャが声をかけてくれ、ミーヤはようやくその存在が何なのかに気が付いた。すぐにその姿へ向かって走り出すと向こうも逃げ出した。ミーヤは全力で走っているがまったく追いつかず引き離されていく。
『このままじゃあの時の二の舞だ! なんとかしないと!』
思いついたのは一つだけだ。その方法があっているのかはわからないが、やってみる価値はある。そう判断したミーヤはポケットから術書を出してページをめくった。しかしそこには必要としていた情報は載っていない。
『もう、役立たずなんだから! いいから早く解除して!』
心の中でそうつぶやいた瞬間、ミーヤの体はみるみるうちに変化し獣人本来の姿になった。今までは人間化の妖術を使っていたために蹠行(せきこう)、つまり足の裏を地面につけて歩いていた。しかし本来の趾行(しこう)となれば脚全体の長さが増しバネの効いた走りができるようになる。
これで追いつける! 手ごたえを感じたミーヤは更に速度を上げ、逃げる相手のすぐ後ろまで追いついていた。さてと、ここからどうすればいいのだろうか。
すると、猛スピードで走りながら考え込んだミーヤの頭の中に情報が流れ込んできた。なるほど、わかってみれば結構簡単な事だった。
術書をしまったミーヤは次にホイッスルを取り出した。そして次はスキル発動をすればいいらしい。
『スキル使用、テイミング!』
声に出さずに考えるだけでスキルが使用できるようである。そのまま、横を疾走する『馬』へ向かって念じるように語りかける。
『ちょっとあなた、止まりなさい! 逃げなくてもいいのよ? 私の言うことを聞いてよ!』
思いつく限りの言葉をかけると馬は速度を落とし始めた。そこでミーヤがホイッスルを吹くと、命令として受け取ったらしく馬は完全に停止しブルルルンと鳴いた。初めてのことなので成功したのかわからないが、とりあえず生体研究スキルで確認してみる。
するとステータスに『馬(ミーヤ・ハーベス)Lv1』と載っていることが確認できた。やった!初めての調教成功だ! 大喜びでミチャのところへ戻ると、休憩していたみんなが一瞬たじろいだ。
ああ、そう言えば人間化を解除して獣人へ戻り、その姿を見せたのは最初の晩以来だったなと気が付いて、また人間化の呪文を使おうとミーヤは術書を取り出した。
するとミチャが言う。
「その姿がミーヤ本来の姿なんだから気を遣ったり恥じたりすることなんてないよ。
自分の好きなほうでいいけど、獣人だからってもう誰も怯えたりはしないさ」
その言葉がとても嬉しくて、ミーヤは発作的に泣き出してしまった。姿どうこうではなく、ミーヤ本人を見てくれている人が身近にいる幸せを感じ、必要以上に感情が高ぶった結果であった。
少し離れたところでは、使役されたまま放置されている馬がヒヒーンといなないている。
休憩を終えてもう一度森へ入ることになったが、馬はどうすればいいのだろう。まさか乗っていくわけにもいかない。仕方ないので森との境目で待たせておくことにした。狩りが終わってから連れて帰ればいいだろう。
「こっちへおいで、そうそう、それじゃここで待っていてね」
ミーヤが馬へ語りかけてから首を撫で笛を吹くと、ブルルンと鳴いて理解してくれたようだ。それにしても不思議だったのは、スキルを使うことを考えると解説のようなものが頭に浮かび、そのまま深層心理へ働きかけたように行動を指示してくれることだった。
「なんだか色々便利に出来ているのねえ。
女神ってたまにすごいわ」
そう呟いてからミチャを追いかける。すぐに追いついたミーヤは、ミチャへこのすぐ先に大き目の獣がいることを伝えた。どうやら人間化を解いたことで五感が本来の能力に戻ったらしい。
全員で取り囲むように近づいてみると、それは大き目の猪だった。牡鹿ではなかったが大物には違いないし、何より鹿肉より猪肉のほうが大分好みだ。
そんなミーヤの好みはどうでも良いが、大物を持ちかえることができれば村にとって喜ばしいことではある。なんとしても仕留めたい! 全員がそう考えているに違いない。そのとき!
緊張してしまったのか、手柄を焦ったのかわからないが、ミーヤの反対側にいる村人が矢を放ち、それが猪のお尻に命中した。すると当然痛いのであろう猪は猛然と走り出す。
その興奮した猪がて向かっている先にはミーヤがいる。今なら避けられそうだが、真後ろにも村人がいるのでミーヤが避けたら跳ね飛ばされてしまうだろう。あの勢いでぶつかられたら命にかかわるかもしれない。
取るべき選択は一つ! 向ってくる猪と対峙したミーヤは両手を広げて腰を落とした。ここは受け止めるしかない。もし大けがをしてもどうせ勝手に治るし、最悪死んでしまっても村人と違ってミーヤは生き返ると聞いている。
受け止める覚悟が出来たミーヤへ猪が突っ込んだその瞬間、腹部にに激痛が走ったがコルセットのおかげか牙は刺さらずに済んだ。しかしそれでもなかなかの威力だ。でも生きているし、なんなら結構元気である。ミーヤは余裕が出来たのか、猪の足を止めてやろうと踏ん張った。
数メートルは押されただろうか、地面にはミーヤと猪の足が作った轍(わだち)が出来ている。足を止めた両者を確認してからミチャが指示を出して、すぐ近くから矢を打ちこんでいく。暴れる猪を抑え込むミーヤ、次々に矢をつがえる村人たち。
「どけどけー! 俺に任せろ!」
そういって飛び込んできたのは、普段ほとんどしゃべらないモラノだった。はっきり言って見た目が怖いモヒカンヘアーのおじさんだがその腕は確かだ。長い棍棒のような武器を振り下ろすと、その一撃を喰らった猪はミーヤの腕の中で絶命した。
小さなウサギとは違う大きな猪を自分で抱え、そのまま死んでいくのを間近で見ると死と言うものをより身近に感じる。それは確かに命を奪う残虐な行為だと思えるが、それこそが自然の中で生きることだと改めて認識したのであった。
しかし、あんなに大きな猪に突進されたはずなのにミーヤは大した怪我もせず、きっとこの革鎧を買っておいたおかげだとご機嫌だった。その様子を見たミチャがいい買い物をしたと褒めてくれたことが、また一層ミーヤの気分上昇に拍車をかけるのだった。
結局牡鹿は見つからなかったものの、初めての調教で馬を捕まえ、さらに大物である猪を仕留め、意気揚々と村へ戻ったミーヤ達であった。
村へ戻って後始末をしていると村長がやってきた。マールから話を聞いているのかどうかはわからないが、今は猪の解体で忙しいので馬を捕まえたことだけを先に報告した。キャラバンへついていく話は後で出向いてすることにして猪の解体を急ぐ。
マールや他の料理担当者は、ここぞとばかりに大きな鍋を持ちだしてきて準備を始めている。周囲にはもう大勢の村人が集まってきており、久しぶりのごちそうを今か今かと待っているようだ。
こうして巨大な鍋いっぱいに作られた猪汁と焼いたウサギが全員に振舞われ、ミーヤは麦粥はもう入らないとうくらい満腹になるまで食べてしまった。
それにしてもこの充実感。いい仕事が出来て村人たちを喜ばせることが出来て本当にうれしい。本来仕事と言うのはこういうものではなかったのか。胃をキリキリさせ頭を下げまくってようやくとってきた案件を、上司の手柄にされたことを思い出す。自分の栄誉のために働くことを否定するわけではないが、それがすべてだなんて寂しい考え方である。
でもここでは一人一人の頑張りがみんなのためになり、喜びを分かち合って笑いあうことが出来る仲間がいる。もちろんこの世界全部がこんな幸せで包まれているとは限らないが、少なくともこのカナイ村には本当の幸せがきちんと存在しているのは確かだ。
ミーヤは今日猪を仕留めたことで、ようやく村の一員になれた気がしていた。別にそう思ってる村人がいたわけじゃなく、あくまで自分自身の考え方と言うだけだ。
満腹で倒れそうなミーヤへさらにおかわりを勧めてくるマール、いつも一緒に狩りへ連れて行ってくれるミチャやトク爺たち、今日は一緒に鍋を囲んでいるフルルやレナージュ、そして村長に商人長やキャラバンの面々。
色々な人と出会い、支えられて生きているだけだと考えていたミーヤにとって、自身も誰かを支える一人なのだと初めて感じた日になった。もしこの場で両親も鍋を囲んでいたら最高に幸せだっただろう。
この幸せをもっと大きな幸せにして両親への恩返しにしよう。そのためにはもっと貢献できるようなことを増やし、強くなるひつようがあると考えている。やはり旅に出るしかないのだ。
そんな決意を固めるミーヤは、猪汁のあとに差し出された飲み物を調子よく飲み干した。それはなんともおいしく、差し出してくれた村人の笑顔が詰まっているようだ。たしかあの時も同じものをおいしくいただいたなあ、と振り返っているうちに、強い度数のウイスキーにやられたミーヤはその場で深い眠りにつくことになった。
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