第4話 しっかり者
翌朝、強烈な頭痛と共に目が覚めた。完全に二日酔いである。誰かが神殿内へ運んで寝かせてくれたらしく、ちゃんと布団の上で寝ていたことにありがたさを感じて幸せな目覚めだ。
それでも頭の痛さが無くなるわけでもないので、とりあえず部屋を見回して水を探すがどこにもなさそうだ。そう言えば召喚術を使えば自分で水が作れると女神が言っていたことを思い出し、手のひらに水が出てくるようにイメージしてみる。
不思議なことに、スキルを使おうと思っただけでどうすればいいのかが頭に浮かんで、後は勝手に手が動くような気がする。この場合は手の上に水を出すように精霊へお願いすると言うイメージだ。
すると、本当にコップ一杯分くらいの水が手のひらの上に現れて、そして当然のように足元へこぼれていった…… そうか、なにか器を用意しておかないとダメなのかと学ぶ。
神殿から一歩外へ出ると昨日の宴の後は既になく、すべて綺麗に片づけられていた。どうやらこの村の住人はしっかり者で働き者らしい。ちなみにスマメを出して時刻を確認すると十一時を少し回ったところだった。
「ミーヤ様、目が覚めましたか?
昨晩は大分お酒を飲まれたようですが、具合は大丈夫でしょうか。
お水をお持ちしたのでお飲みになりますか?」
同じように夜遅くまで起きていたはずのマールは、きちんと身なりを整えて背筋を伸ばして立っている。それに引き替えミーヤはまだ顔も洗っておらず、作業着は少しはだけてだらしなさ全開である。
「ああ…… ありがとう
お水…… 助かる……」
うわごとのように片言で返事をしてからコップの水を受け取って一息に飲んだ。どうやら柑橘系の果汁を絞ってあったらしく、まだ頭痛は残っているものの大分すっきりした気がする。
「マールってすごいね。
よく気が利いてしっかり者で、それにかわいくて。
好きになっちゃいそうよ?」
「そんな…… 照れますよ、ミーヤ様……
それより酔い冷ましの実は効きましたか?
森になっている酸っぱい実なんですけど呑み過ぎにはよく効くんです」
「そんな効果があったんだね、すごくすっきりしたわ
あと、その様っていうのやめてよね。
私はみんなともっと気楽な付き合いがしたいの」
「わかりました。
善処しますね」
そう言ってマールはにっこりと笑う。その笑顔はミーヤの頭痛を癒してくれるわけではなかったけど、気分的にはとても嬉しくて、ありがたいと感じた。
水を飲んで少し元気が出たので顔でも洗うことにしよう。ミーヤは空を向いて手をかざしてから水精霊を呼んだ。すると、手のひらに集まった水の球が顔の上に落ちてきたのですかさず顔を洗う。よしよし、うまくいったと機嫌よくしているのを見たマールがまた笑っている。
確か十八歳と聞いていたが随分年下の妹のように感じる。でもミーヤが今十五歳なだけで、その前は七海として二十九年生きていたのだから当然の感覚だろう。
そういえば神人は寿命が無いし老化することもないと言っていた。ということは年齢はずっと十五歳のままなのだろうか。別に成人が必要な事柄があるとか、なにかに年齢制限があるのでなければ困ることはないだろうけど、ずっと子供だということが気になる日が来るかもしれない。
たとえば恋人との年齢差とか…… いやいやいやいや、何を考えてるんだ! そんなこと考えるな、まだ産まれて二日目なんだからそんなの考えるのは早すぎるし、そもそもそんな相手がこの先できるかどうかも分からないじゃないか。とまあ朝から妄想逞しく、独り漫才のようなことをしていると、マールが不思議そうにこっちを見ていた。
「あれ? 私何か言ってた?
へんなこと口走って無かったかな?」
「いいえ、そんなことありませんよ?
それより食事はどうしますか?
朝の分をご用意してましたけどお休みだったのでそのままにしてあります。
といってももうお昼ですが」
「ありがとう、いただくわね
村長さんとか他のみんなはお仕事?」
「はい、父は畑へ行っています。
他にも羊を飼っていたり、森へ狩りに出ている人たちもいますよ。
カナイ村では畑と養羊に獣、果物狩りくらいしか糧を得られないので」
村の生活は楽ではなさそうだけど、村人にはそれを感じさせない朗らかさがある。そもそも生まれた時に持ったスキルを使って日々の糧を得ることがすべてなのかもしれない。
マールが食事を取りに行っている間、神殿の壁にもたれかかって周囲を見回しているが村人の姿はまったく見えない。もしかしたら全員が働きに出ていて家の仕事と言うものは帰ってきてからやっているのか。
「お待たせしました。
朝はいつもこればかりなので慣れてくださいね。
夜の残りがあればお付けすることもありますけど」
神殿へ入りテーブルへ出してくれたのはお粥。それに果物が添えてあった。もともと冷たいのか冷めてしまったのかわからないが、とりあえず出されたものはきちんと頂こう。
「いただきます!」
お粥を食べてみると予想通りそっけない味だ。次に果物をかじってみたらこちらは思っていたよりも甘くなくて洋ナシに似たすっきりとした風味だ。呑み過ぎた次の朝にはこういう質素な食事もいいものだなと思いながらすべてたいらげてしまった。
「ごちそうさま!
おいしかったよ、ありがとうマール」
「いいえ、お口にあったなら良かったです。
本当はしっかり味をつけたいんですけど、砂糖も塩も高価だしこの辺りでは売ってないんです。
数か月に一度来る移動販売でまとめ買いするしかないので、無くなったらしばらくお預けですね」
「海は近くにないの?
塩湖みたいな塩水の湖でもいいけど」
「海はかなり遠くにあるらしいですけど、この村でそんなところまで行った人はいませんね。
一番近い街まで馬で五日以上かかりますから、塩をわざわざ買いに行くこともないです。
それに道中で獣や盗賊に襲われるかもしれませんし……」
「そっかあ、私にも何かできることがあればいいんだけど……
なにかないかな?」
ミーヤの言っていることは本心だった。いきなり降ってきたミーアを大切に思ってくれて、貧しい村にも関わらず、すぐに歓迎のお祭りまでやってくれたことがとても嬉しかったのだ。それに初めてお酒をおいしく呑めたことにも感謝しているし、救われた気分だった。
「そんな、お気遣いだけで充分です。
神人様はいてくださるだけで十分な存在、働いてもらうなんてとんでもございません。
色々と足りずご不満もあるでしょうが、どうかゆっくりとお過ごしください」
「ありがとう、でもね、そのやさしさは人をダメにするよ?
私は神人かもしれないけど、みんなと同じように生きているの。
だったらやっぱり村のためになにかしたいし、させて欲しいんだよ」
「そうなのですか?
それでは父が返ってきたら相談に乗るよう申し伝えておきますね。
夕方には帰ってきますので、それまではゆっくりしていてください」
「うん、暇だから村の中でも散歩してくる。
マールは家にいるの?」
「はい、私は午前中畑に出て午後は料理をしています。
この村で料理ができるのは数人しかいないので、村全部の分を分担して作るんです。
畑は農耕治水スキルを持った人たちが、羊の世話は牧羊養殖スキルを持った人たちがやっています。
剣や槍が使える人は獣狩りですね。
そうやって各々のスキルを適切に配置して、糧を多く得ることを考えるのが村長の役目なんです」
「なるほどね、じゃあ私なら水汲みとか狩りの手伝いは出来るかもしれないよ。
マールの言った通り、村長が帰ってきたら相談してみるね。
それじゃまたあとでー」
ミーヤはマールに向かって手を振ってから村の中を歩きだした。
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