第13話 見えざる姉妹の攻防

◆Side:ユースティア

 

「うっふふふ。うっふふふ。お姉さま、気付いたかしら?」


 大聖堂の五階から王都の街並みを見下ろしながら、私は呟いた。

 そろそろ、お姉さまが死神のところに着いた頃だ。

 

 ──お姉さまは何かを隠している。


 あまりにもあっさり行くものだから、私はそんな疑念を持っていた。

 もちろん、お姉さまは馬鹿で愚鈍だから泣いて終わる可能性もある。

 ただ、舞踏会で私のドレスが破れるように細工をしたお姉さまがあまりにもあっさりと死神のところに行ったものだから、念のためにトランクを入れ替えたのだ。


 まず着替えは煽情的に切り刻み、秘伝の媚薬を塗りつけた。

 香りだけで男が興奮してしまうような強力なやつだ。


 そしてお姉さまが大好きなドライベリーは大嫌いな虫とすり替えてある。

 もちろんこれだけじゃ軍の補給部に連絡されて終わりだろう。

 だから軍の幹部に連絡し、お姉さまに着替えを渡さないように話をつけた。


「これでお姉さまは完璧に終わりよ……! うふふ!」


 潔癖症なお姉さまのことだ。

 何日も同じ服を着ているわけにはいかないから、あの服を着るしかない。

 即効性があり、空気に溶ける媚薬が染みたあの服で。


 するとどうなるか?


 好色家と名高い死神のことだ。

 少し媚薬で刺激すれば、スタイルのいいお姉さまを襲わずにはいられないだろう。


 めちゃくちゃにされたお姉さまは絶望する。

 処女性を失えば神聖術が使えなくなるのは誰もが知っているのだから。


「野獣のような男に犯された上に、最前線勤務なんて! 哀れなお姉さま!」


 神聖術が使えないお姉さまはただのゴミ同然。

 新入りの死亡率100%の部隊で何も出来ず死んでいくしかない。


「私に盾をついた罰よ。存分に苦しみなさい。あはははは! あはははは!」




 ◆




「──と、我が妹はこんな感じのことを考えているかと思います」


 説明を終えると、ギル様は頭が痛そうにこめかみを揉みほぐました。


「待ってくれ。君の妹は確か、現大聖女だったな?」

Siシー。その通りです」

「……君は妹に嫌がらせを受けているのか?」

「お恥ずかしながら」


 こんなところを推しに見せるのは心苦しいですね。

 正義感の強いこの人のことです。教会に殴り込みに行きかねません。

 わたし以外の誰であっても、ギル様は同じことをするでしょう。


「少し出かけてくる」


 あぁもう、言ってるそばから!


「待ってください、ギル様」

「君には関係ない」


 いやいや絶対嘘ですよね!


「だから待ってください。わたしは大丈夫ですから」


 思わず腕を掴んで引き止めます。

 ギル様は振り返ってわたしを睨みつけました。


「姉を最前線に送った上にこの仕打ちだぞ。許せるのか」


 あ、ギル様かなり怒ってますねこれ。

 何ならわたしが挑発した時よりも怒ってます。

 最初は出かけてくるとだけ言ったのに、わたしのことだと隠せてません。


「……本当にダメですよ」


 止めなきゃいけない。


 今、太陽教会とギル様が対立するのはまずいです。

 ギル様は世界最強ですが、人間です。


 太陽教会が本気でギル様を排除しようとしたら、万が一もありえます。

 実際、『一度目』の時はそれで亡くなってますし。


 止めなきゃ。

 止めなきゃ、いけなのに。


 なんでしょう、これ。口元がにやにやして止まりません。

 じんわりと身体が熱くなって、胸のところがポカポカします。


「……本当に、待ってください」

「……」


 わたしは表情を隠すように俯いて、息を整えます。

 ふぅ、ふぅ……うん、もう大丈夫。よし。


「ギル様のお気持ちはありがたいですが、本当に問題ありません」

「何がだ。これを放置しておけるわけが──」

「だから、問題ないのです。ギル様、よく見てください」


 わたしはベッドから降りて、トランクのそばに膝をつきます。

 ギル様を見上げて問いかけました。


「何かおかしいと思いませんか?」

「入っている物がおかしいだろう。大体君は──待て。これは」


 そうです。

 一見、何の変哲もない茶色革のトランクに見えますが──


「荷物の量に比べて……底が厚い・・・・……?」

Siシー。お見事。さすがわたしの推しです」


 わたしはトランクの中の物を一旦取り出し、底に手をかけました。

 少しコツが要りますが、二つの角を同時に押すと……パカっと。


二重底か・・・……!」

「えぇ、この通り」


 わたしに支給された本当の軍服と大好きなドライベリーの瓶詰め。

 それから生活に必要な小物一式。わたしが用意した本物の荷物です。


「愚妹が何か仕掛けてくることは分かっていましたからね」


 わたしが真っ先に疑ったのは荷物のすり替えでした。

 そうして疑っていれば案の定。

 ユースティアがお気に入りの侍女に接触しているのを見たのです。


 ここでわたしは一計を案じました。

 所詮、侍女が使えるトランクなんて限られています。


 なので、わたしの荷物を二つのトランクに詰めたのです。

 もう一つはダミー。つまりすり替えられるほうのトランクです。


 そして二つ目は、侍女が入れ替えるトランク。

 こちらに本当の荷物を積めました。

 ここでのポイントは侍女に二重底を気付かれないようにすること。


 そのためにわたしは出発時間を早めました。

 恐怖で自暴自棄になった女を演じて、侍女の準備時間を減らしたのです。


 焦った侍女は細工を愚妹に見せて確認する暇もありません。

 わざと準備の途中で声をかけたわたしは、彼女が二重底に気付く前に出発しました。


「──これが、ことの全貌です」

「……」

「今ごろ愚妹は高笑いしているでしょう。わたしがこの汚い服を着ていると勘違いし、恐らく他に着替えがないように細工したことで、征服感に浸っているでしょう。うふふ。想像すると笑えて来ませんか? わたしはちゃーんと、荷物を準備しているのに」


 ドライベリーを口に入れると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がりました。

 ん~~~~~~~! これこれ、これが好きなんですよ!


「つまり君は、最初から最後まで計算づくで……?」

Siシー。当然です」


 仕掛けてくると分かっていたら対策は簡単。

 黙ってやられる選択肢などありえません。


「わたしはもう、我慢しないって決めたので。あ、お一ついかがですか」


 ギル様は絶句しました。

 ドライベリーは要らないようです。こんなに美味しいのに、残念。


「……ぷ、はは」


 おや?


「はっはははははははははは! まさかすべて計算づくとは! 恐れ入った!」

「ギル様?」

「噂以上の悪女っぷりだ。いっそ気持ちがいい!」

「そうですか?」


 推しに褒められたら悪い気はしませんね。

 というか笑ってるギル様かなりレアでは? 尊い。 


「つまり君は見事、妹の嫌がらせをやり過ごしたというわけだな」

Nonノン。それは誤った表現ですよ、ギルティア様」

「ん? どういうことだ」


 わたしは荷物の中から扇を取り出し広げて見せました。

 悪女のように、貴婦人のように、意地悪い笑みを扇で隠します。


「言ったでしょう? わたし、もう我慢しないと決めたのです」


 ユースティアはわたしのトランクを入れ替えようとしました。

 では、本物のトランクはどこに行ったのか? 


 彼女は処分したでしょうか。

 否です。


 侍女に下賜したでしょうか?

 否です。


 元大聖女であるわたしの荷物に何か・・入っていると見て自分で開ける。

 これが正解です。


「……君は、もう一つのトランクに何を入れたんだ?」


 わたしと同じ答えに至ったのでしょう。

 ギル様は面白がるように問いかけてきます。


「それはですね──」



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