ロシュ国(5) ポーナとズッカ石

 メリル暦542年クルケー八番目の月24日。


 アシュティ先生と私はピケロ街道を抜け、ロシュ国西部のズッカを目指した。その隣には「鬼火の森」と呼ばれる場所があり、観光地として栄えている街である。あと一週間ほどで「火祭りヴィールア」が開催されるらしく、ズッカに向かう道は人で溢れていた。


 街に近づくにつれ、いたるところで露店をひらく商人たちの姿が増えてきた。火祭りの時期だけ特別に街道で商売することを許されているらしい。いくつかの露店で、ロシュ国西部地方で多くとれるポーナのパイや、ポーナ飴が良い匂いをさせていた。熟すと赤くなるポーナは生で食べても良し、蜜煮や飴がけにしても良し、薬としても去痰や鎮咳に効果がある大変優秀な果実だ。ただし、種は食べると毒になるので注意が必要である。


「ズッカ特産の守り石はいかが? 鬼火の森で採れた美しい青石だよ!」


 数ある露店の中、特に目を引くのは「ズッカの守り石」――通称ズッカ石と言われる青い半透明の石だった。鬼火の森で採取される魔石の一種らしく、微弱ながらマナが内包されている。先生によると、二十年ほど前に守り石の大量生産が可能になり、火祭りが有名になったおかげでズッカは有名な観光地になったらしい。


 せっかくの機会なので露店を見てみたいと先生に頼み込むと、あっさり許可がもらえた。干しポーナをいくつか購入した後、アクセサリーを売る店をのぞく。普段あまりそういった装飾具は身に着けないが、興味が全くないわけではない。悩みに悩んで、ある一つの露店で足を止めた。その店は特にズッカ石の発色がよく、それでいてどの売り物も値段がそこまで高くない。値段と財布を見比べて、小さなペンダントならなんとか買えるだろうと手を伸ばした。


「――ルルイ。この店のアクセサリーがいいなら、あれを買ってやろう」

「先生に買っていただけるなんて……でも値段が」

「野暮なことは言うんじゃない」


 先生が私の手を制し、代わりに掴んだのは大粒のズッカ石が蓋に埋め込まれた懐中時計だった。私が何か言う前に手早く支払いを済ませた先生は商品を受け取り、こちらへ手渡す。銀の歯車に縁取られた青石が幻想的に煌めく、美しい懐中時計だった。


「ありがとうございます、先生」

「餞別だ。肌身離さず持っておけ」

「わかりました」


 先生の言葉に頷き、無くさないよう上着の内ポケットへしまい込む。歩くたびに時計の重みを感じて、私はにやにやと笑ってしまうのを抑えるのにとても苦労した。


「さあ、もう間もなくズッカの街だ」


 先生の視線の先には、街の入り口に掲げられたロシュ国の国旗がはためいている。街に向かう人々の数はますます多くなり、活気が増していく。今年とれたばかりのポーナはいかが、と叫ぶ声を後ろに聞きながら、先生と私はズッカの街の門をくぐったのだった。

 

◆ ◆ ◆


「こんにちは、アシュティ。待ちくたびれましたよ」

「久しぶりだな、リリアーリ。色々見て回っていたら遅くなってしまった」


 街の入り口で先生に声をかけてきたのは、ロシュ国王立魔法生物研究所の研究員リリアーリ・ウィスベルだった。過去何度かロシュ国の王都に滞在した際、彼女の家に泊めてもらったり貴重な蔵書を見せてもらったりと世話になったことがある。彼女の研究分野は炎系の魔法生物なので、今回の件はリリアーリの管轄なのだろう。


「ちび助も元気そうで何より」

「もう15歳になったので、ちびじゃないんですけど」

「あと30cmは身長を伸ばさないと。しかしよく死なずにくっついてますね。アシュティの弟子なんかしていたら、命が百個あっても足りないでしょうに」


 眼鏡の奥で栗色の瞳を興味深そうに輝かせるリリアーリに、私は当然だと胸を張ってみせた。アシュティ先生の研究のためならたとえ火の中水の中、毒沼だって平気だ。先生の回復魔法の腕は一流だし、私は生まれつき状態異常にすこぶる強い体質をしている。おかげで常人が立ち入れないような場所でも調査や採集活動ができるのがちょっとした自慢である。


「私が拠点にしている家へ案内します。詳しい話はそちらで話しましょう」


 挨拶も早々に表情を曇らせたリリアーリは足早に歩き出した。ところどころ焼け焦げた跡のある栗色の髪を目印にして、アシュティ先生と私は街の中を歩いていく。ポーナの焼けるにおいと、人々の活気が街中にあふれている。祭りにあわせて大道芸の一団がやってきていて、楽しげな音楽がそこかしこで奏でられていた。


 彼女が拠点にしているという家は街の東の外れにあった。すぐ近くには鬼火の森の入り口が見える。拠点の家がとても新しくて驚いていたら、リリアーリが「立て直したばかりなので」と説明をしてくれた。一ヶ月前に五回目の火事で全焼してしまい、つい三日前に完成したばかりだという。最低限の寝具と調理器具は置かれていたので、特に支障はなさそうだ。先生と私が木の良い匂いのする家の床にそれぞれ座り、腰を落ち着けたところでリリアーリは話し始めた。


「事の始まりは二年前。毎年この時期は小型鬼火種ウィルヴィーの繁殖に合わせて『火祭りヴィールア』が行われます。その年もウィルヴィーの繁殖活動は観察されたのですが、幼体の『命火』の数が激減したのです」


 紫がかった青の炎を持つウィルヴィーは生まれて一年ほどで性成熟し、繁殖活動を行う。種火どうしを合体させて「命火」という新しい鬼火を生み出すのだ。火祭りヴィールアでは生まれたばかりの命火とズッカ石をランタンに入れ、家の入り口に吊るす。三日間、火を消さずに森へ命火を返せると、その家の人は一年間無病息災に過ごせると言われていた。近年は観光地として有名になり、命火のランタンをともすために他国からも大勢観光客がやってくるらしい。


「命火が無ければ火祭りを行うことができない。何とかしてくれとズッカから要請を受け、私がこの街へ出向いたのが一年前のこと。森へ入り徹底的に調査したところ、を命火を喰うクラウが三体も発見されました」

「なるほど。それで私にどうしろと?」

「命火の保護と、クラウの駆除を」

「駆除、ねえ……」


 すぐに是とは言わないアシュティ先生にリリアーリが眉根を寄せた。確かに先生は四ツ星狩人ハイヴィス・リエレで、魔法生物の駆除もたやすく行える。そのおかげで生態調査より駆除依頼の方が多いくらいだが、先生の主軸はあくまで学者であり、生き物を保全する側の人間なのだ。


「クラウの駆除をするかどうかの判断は調査をしてから決める。それで良いなら引き受けよう」

「あまり悠長なことは言っていられませんが、あなたがそういうのなら調査は構いません。ただし、今年の火祭りに影響が出ないよう任務を果たしてくださいね」

「良いだろう。ただ、友人のよしみとしてひとつ忠告しておく。守るものをはき違えないよう気をつけろよ」


 いつになく厳しい声音のアシュティ先生は、それだけ言い残して立ち上がった。何も言わずに家を出ていく後ろ姿を慌てて追う。命火を食べるクラウを駆除することと、命火を保護することは同じにならないのだろうか。そんな疑問を抱きながら、私は森へと入っていく先生について行ったのだった。

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