ロシュ国(3) 乱獲者の末路
「……ねえロヴ。本当にこのあたり誰もいなかった?」
「ちゃんとまわりを確認したから大丈夫だ。師匠も大丈夫だって言ってただろ」
「そうだけど……いくらお金が必要だからって、こんな隠れるようなこと」
「いちいちうるせぇな、アミィ。つべこべ言わずに言われた通りやればいいんだよ。そうすりゃ俺たちは星持ちになれるんだ」
柔らかな茶髪の少女がこげ茶の瞳を不安げに揺らす。自信たっぷりに言い切る黒髪の少年はつぎはぎだらけの服を土まみれにしながら、苛ついた様子でヒメソーヤを掘り起こしていた。
「でも……これがばれたら、あたしたちは星持ちどころか牢屋行きなのよ」
「ばれるもんか。ヒメソーヤの採集自体は禁止されてないんだ。星無し
その言葉にため息をついたアミィは言い争うことをあきらめたのか、少し離れたところでヒメソーヤの根元にスコップを差し込む。いまだ、と機会を見計らって、私は第一地点の斜面を転がり落ちた。
「……っ、いたたた……!」
「誰だッ!!」
私の悲鳴に鋭い声が投げかけられる。川のそばまで転がってようやく止まった私に素早く反応したのはロヴという少年の方だ。アミィは突然の闖入者に驚き、棒立ちになっていた。
「すみません。ちかくの村の者なんですけど、晩御飯用にイルフィヤの葉を取りに来たら足を滑らせてしまって」
「はぁ……驚かせんなよ。イルフィヤなら斜面を登った先にたくさん生えてたぞ」
「ありがとうございます。あいたたた……」
立ち上がろうとした私は思い切り左足首を抑えてうめく。何度か立ち上がろうとしては失敗する私に、ロヴとアミィはそろそろと近づいてきた。足を怪我したのが本当なのか演技なのか、図りかねているらしい。私はふたりに見えるよう左足首のズボンをめくり、赤く腫れたところをむき出しにした。皮膚につけると血色が良くなり赤くなるビビスという植物の汁を足首に塗ったのだが、我ながら結構痛そうに仕上がっている。
「ひどく捻挫していますね。立てますか?」
「この足で歩くのは難しそうです……失礼ですが、あなた方は
「ええ、そうです。私たちふたりとも星無しですが」
「それはよかった! 星無しの方でも回復魔法は使えますよね。費用はお支払いしますので、足を治療していただけませんか?」
涙を浮かべながら訴えると、ふたりは困惑した表情で顔を見合わせた。星無し
「申し訳ありません。星無しは一般人を治療してはいけない決まりなんです」
「そんな……では私はどうやって村まで帰ればよいのでしょう。あなた方のお師匠様はこの近くにおられないのですか?」
「すみませんが、レヴィヤさま――あたしたちの師匠はここから少し離れたヴァルの街にいるので、呼んでくるころには夜が明けてしまいます」
ヴァルはここから半日ほど歩いた先にある街だ。随分遠い場所にいるな、と私は足をさすりながら思考を巡らせた。弟子の星無し
「治療が無理なら、せめて傷薬だけでも分けていただけませんか?」
「すみません。あたしたち、傷薬を持っていなくて」
「何でもよいのです、捻挫に効くものを分けてもらえれば。その袋に色々入っているのでしょう?」
「これは依頼されたものなんです。勝手にお渡しすることは……」
明らかにうろたえた顔をしているのはアミィの方だった。たとえ一般人とは言えど、袋の中を見られてしまえば怪しまれる可能性もある。さてどんな風に彼らはこの場を切り抜けるだろうか。そう思って眺めていると、アミィを見かねたロヴが一歩前に出た。何もない風を装っているが、目が泳いでしまっている。彼も言い訳を探して焦っているのがひと目でわかった。
「残念だが諦めてくれ。俺たちは依頼をこなすので精一杯で、怪我人のあんたにかまってる暇はないんだ」
「へえ。ヒメソーヤの根っこがたくさん必要だなんて変わった依頼主ですね。誰か、
「なんだと?! お前……うわあぁッ!!」
危険を察知して身を退こうとしたロヴよりも早く動き、私は足払いをかけた。受け身もろくに取れないまま地面に転がった少年の手首を素早く背中側で縛る。顔に恐怖の色を浮かべたアミィは棒立ちになってこちらを見つめていた。
「こういうときは相棒を見捨てて逃げ帰れ。そう師匠に習わなかったか?」
「そんな……ロヴを置いていくなんて……」
「バディを組むときの鉄則だ。片方が逃げられれば、あとで応援を呼んで相方を助けられるだろう。二人とも捕まってしまったら一環の終わりだからな」
ロヴの持っていた革袋を拾い上げながら私がそう言うと、アミィは静かにうなだれた。つくづく
「君たちの師匠はどの星持ちだ? イルシュ国所属の
「
「西のベネル国、ね。師弟関係を結んでどれくらい?」
「三ヶ月ほどです。レヴィヤさまは流行病で親をなくしたあたしたちを孤児院から引き取り、一人前の
涙をボロボロと零すアミィに、地面に転がされているロヴは喋り過ぎだと抗議の声をあげた。どうやら自分の立場をまだよく理解していないらしい。この状況になってもまだ言い逃れできると思っているのであれば、随分とおめでたい頭をしている。アミィのほうが幾分状況をよく分かっていると言えた。
「ロヴ! やっぱりこんなことしちゃ駄目よ。いくらレヴィヤさまが大きな借金を抱えているからといっても、ひとの命を奪うための薬を作るのは良くないわ」
「――随分と面白そうな話をしているね」
「先生!」
振り返れば、ちょうど先生が上から降りてきたところだった。声をかけられたアミィとロヴも同じように目線をあげる。アシュティ先生の胸元には、瑠璃色の石がはめ込まれた四ツ星のバッジが輝いていた。
「
この世の終わりのような顔をしてアミィはその場にへたりこむ。ロヴも顔面蒼白で言葉を無くしていた。
一人前の
「安心しなさい。捕まるのは君たちではないよ。弟子の責任は全て師匠が負うものだからね。そうだろう? レヴィヤ――いや、蜜毒のハーリヤ」
「誰が弟子だって? そんな出来損ないどもを私は弟子にした覚えはないさね」
木の生い茂る森の奥からねっとりとした声が響いてきた。先生に捕まるのを恐れてか、姿は全く見えない。切り捨てるような言葉にアミィとロヴの顔が絶望に染まる。ハーリヤに弟子ではないと言い切られてしまえば、罪に問われるのは彼らのほうだ。
「君の悪事はたくさん耳に届いているよ。孤児院の子供を使っての人体実験に、違法薬物の受け渡し。関与がバレそうになればトカゲの尻尾を切るように姿をくらます。実に思い切りの良い非情な作戦だ」
「詳しいねえ。まぁ、たかだか
クスクスと笑う声が森に反響する。ハーリヤにはよっぽど捕まらない自信があるらしい。挑発するような言葉に、先生の唇がゆるりと弧を描いた。金の瞳が色濃くなり、すうっと細くなる。ぞっとするほど美しい微笑みを浮かべ、右手をほんの少し持ち上げる。そうして先生は楽器の弦を爪弾くように人差し指をぴん、とはじいた。
「虫けら風情が勘違いするなよ。わざわざ蜘蛛は虫を捕まえるために動いたりしない。ただその巣に虫が引っかかるのを待っているだけなのさ」
その言葉に、応えはない。顔面蒼白になっているロヴの縄を優しくほどき、ガタガタ震えるアミィの肩を抱き寄せて、先生はふたりの星無しに森を出るように促したのだった。
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