ミッションを課せられました
「なんだって?!」
「その質問が、なぜこの状況に陥ったかという意味なら、私にもさっぱり」
緑青は、腕組みをしてじっと月影を見つめ、動かなくなった。
月影は、今の自分の状況をすっかり話してしまうと、逆に気が楽になって次第に落ち着いてきた。こうなった以上、どうせなるようにしかならない。
「では、月影はどうなったんだ。どこへ行った?」
「わからない。ぱっと思いつくのは、向こうの世界の私と入れ替わっちゃったとか、消えてしまったとか。それとも突然二重人格者になって、今はこの体の中で寝ている、とか」
「……本当にあんたは月影じゃないのね?緑青、
「俺もだよ。この魂の色は月影だ。間違いない」
緑青は憮然と答え、浅緋もかすかに頷く。
「今の私の状況は、全部話したわ。あとはあなたたちの判断に任せるしかない」
三人は顔を見合わせて黙り込む。重い沈黙が流れた。
月影はうつむいて、指で長い黒髪をくるくると触る。そうして、はたと、いまだに自分の顔をきちんと見たことがないことに気づいた。しかし、あいにく、この質素な部屋には鏡などというものはない。寝台脇の小さな机には、顔を洗うために水を張った洗面器と手ぬぐいが置いてあるのを見つけると、月影はおもむろに洗面器に近寄り、のぞき込んだ。
そこに映ったのは、見慣れた自分の顔ではなく、まだあどけなさを残す青白い顔の少女だった。
「なにしてる?」
「ん。とりあえず、自分の顔を見ておこうかと思って」
「で、感想は?」
「がりがりね。頬がこけてて、顔色も悪いし。一週間も寝ていたからなのかな。これじゃあ、毒なんか飲まなくてもそのうち倒れてたかもしれないわね」
「いや、細いのは、もうずっとそうだ。養子といっても、近衛隊長以外にはあまり歓迎されていたわけじゃないからな。生きるのに最低限の物しか与えられていなかった。近衛隊長自身は宿舎に寝泊まりすることも多いから、この家に滞在する時間は少ない。どうなるか、わかるだろ」
緑青は苦々しげにつぶやくが、よく考えてみると、それは仕方ないことなのかもしれないと思う。
旦那が突然よその子供を養子にすると言って連れてきたら、妻は不愉快になるだろうし、母親が好かないものを、その子供たちがすんなりと受け入れるのは難しいだろう。
更に、もともとの月影の性格からして、進んで彼らと仲良くしようとするとは思えない。月影が目覚めて1日と少し経つが、その間、2回ほどおかゆを持ってきた使用人以外、誰もこの部屋に顔を見せないことも、つまりは、そういうことなのだろう。
「で?」月影は、三人に向かって尋ねた。「どうする?私を食べるの?」
秘色は掛けていた寝台から立ち上がり、窓際へと歩み寄る。
月影を一瞥し、答えた。
「この答えは保留にさせてもらうわ。今は、あんたを喰わない。だって、私たちが生者を識別できるのは魂の色よ。それが以前と変わらないってことは、あんたは月影だということだもの」
「秘色さん」
「ただし、無条件でとはいかない。あんたを試させてもらうわ。ひと月あげる。その間に式鬼を一人捕縛しなさい。あんたはあの一族の生き残りなんだから、それくらいできるわよね」
「式鬼を捕縛?あの一族?」
「あたしたちみたいに、使役する式鬼をあんたの力でつかまえてごらんなさいって言ってるの。そうしたら、一応はあんたを月影だっていうことにしてあげる」
「そ、そんなの、できるわけ…」
「あら、あたしは、やるかやらないかを聞いてるんだけど?」
秘色は窓枠にもたれかかりながら、月影を見据える。月影も秘色を見つめる。月影は、ゆっくりと呼吸を吐くと、覚悟を決めた。
「やるよ。ここで生きていくには、それしかなさそうだし」
「あら、その腹のくくり方は嫌いじゃないわ。せいぜい頑張ることね。あたしはちょっと頭を冷やしてくる」
そういうと、幽霊らしく壁をすり抜けていく。
(霊って、本当なんだ)
月影が妙に納得していると、秘色は体が半分消えたところで、ふいに振り返った。
「それと。今度、秘色さん、なんて気持ち悪い呼び方をしたら張り倒すから」
月影の返事も聞かずに、今度こそ完全に壁を通り抜け、どこかへ行ってしまった。
「……じゃあ、なんて呼べばいいのよ」
月影の独り言のようなつぶやきに、緑青が答えた。
「俺たちのことは呼び捨てでいい。これまでもずっとそうだった。とはいえ、月影が俺たちを呼ぶことなんてめったになかったがな」
「どうして」
「さあな、俺達にもわからんよ。ま、今日のところは休め。体力が戻らなければ、捕縛はできんぞ」
「うん。そうする。ちょっと疲れちゃった」
緑青がぽんと月影の額を優しくたたく。
月影は目を瞑り、眠りに落ちた。
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