ともぐい池

武州人也

突然の……

 この日、僕らは卒業製作で帰りが遅かった。小学校を出たとき、空はすでにオレンジ色だった。


「あのさ、優里ゆうり

「ん?」

「ユメ池のことなんだけど」


 夕陽に染まる用水路沿いの道を、僕らは歩いている。隣の奏汰は歩きながら小石を蹴っていた。夕陽の逆光になっていて、奏汰の顔は黒く塗りつぶされている。大人たちに褒めそやされていた端正な顔も、逆光には勝てないんだと思うと少し面白い。


「あの池? 確か奏汰のおじいちゃんがよく釣りしてるっていう」

「そう、あの池。まぁ、最近は魚釣れなくて行ってないんだけどな。知ってるか? あの池って昔、でっかいサメが棲みついてたらしいぜ」


 何を言い出すかと思ったら、この地域で言い伝えられているおとぎ話のことか。ユメ池に「ヌシ」と呼ばれる巨大なサメがいて、釣り上げてしまうと悪いことが起こる……とかいう。


「あーその話聞いたことある。あの池にサメなんかいるわけないっての、って思ったよ。だいいち、海とつながってない池にどうやって海にいるサメが来るんだって」

「それが昔すごいツジカゼってのがあって、それに飛ばされて来たらしいんだよ。ツジカゼってのは今でいう台風のことだそうだ」

「へぇ、でもそんなの、どうせ桃太郎とか浦島太郎みたいな昔話でしょ。やっぱ信じられないよ」


 ツジカゼでうんぬんまでは、聞いたことがなかった。しかし、台風でサメが飛ばされてきて池に棲みつく……そんなものはおとぎ話以外のナニモノでもない。


 僕ら二人はほぼ毎日、帰り道にこうしてたわいもない話をしている。ほぼ毎日だから、同じ話題が延々ループしていることもあるし、「それ常識だよ」みたいなことを賢しらに語られることもある。今日の話にしたって、ユメ池のヌシの話はここいらの大人のほとんどが知ってるし、サメが台風で飛んできたっていうのも竹から生まれたかぐや姫レベルのファンタジーだ。しょうもないといえばしょうもないけれど、それもまた僕らの会話らしさがある。


 やがて、僕らは住宅街のT字路にさしかかった。僕の家は右に曲がった先にあり、奏汰の家はその逆だ。僕らの帰り道は、ここで別れる。


「じゃあな、優里」

「またね」


 いつものように、僕らは手を振り合う。奏汰は左に曲がっていき、僕らは背を向け合った。


 ……これが今生の別れになるだなんて、このときの僕は知らなかった。

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