第15ワン 勇者と油断

 しのぶとジローの策により敵将を討ち取った事で、シソーヌ王国軍は勝ち鬨を上げる。


「……殺さずに済む方法、無かったのかな」


  歓喜する兵達とは対照的に、しのぶは複雑な心境であった。 如何に敵であり、人間ではなく、悪であり、討つべき相手であったとしても、人型で人語を話す生物が目の前で死んだのだ。


「……他者の命を殺めるのは初めてですか?シノブ様」


 ナイーダは問う。しのぶが今までに殺した一番大きな命は家に入ってきたスズメバチに殺虫剤を噴射した時だ。


「うん……ナイーダさんは平気なの?」


「平気とまではいきませんが、私はこの者達に親を殺され、女王様に拾われなければ自身も死んでいた身です。戦わなければ殺され奪われる立場にある以上、割り切らねばなりません」


 戦いや死が身近に無い世界で生きてきた子供であるしのぶには無縁の覚悟であった。


「でも、その優しさがシノブ様の勇者としての強さでもあると思います」


「そうですとも!ジロー殿が力と強さの勇者なら、シノブ殿は知恵と優しさの勇者といったところですな!いやはや見事な作戦でしたぞ」


 と、拍手かしわでを鳴らしながらハッセ。


「うん、あいつ─タモンって言ったっけ、ボクとジローが二人とも勇者だと知らずにジローをちょっと強い犬程度にしか見てなかったのと、聖剣が勇者にしか持てないって事を知らなかったからね。 それにこういうデカい魔物を操る奴は本体が弱いってのがお約束だからね!」


 知略を褒められたしのぶは、いい気になって饒舌に語る。


「ジロー、聖剣を回収しよう」


「わん!」


 ジローがキマイラの胸に深々と刺さった聖剣の刀身を引き抜いた刹那、息絶えたはずのキマイラの首のうち蛇のそれが動き出し、ジローを襲った。


「キャンッ!?」

「ジロー!!」


 剣を咥えたまま吹っ飛ばされたジローを、しのぶは受け止める。15キロはある犬の体を受け止めたため、後方へ尻餅を突いて倒れ込んだ。


『ふん……仕留め損ねましたか』


 倒れたキマイラの山羊頭から聞こえたのは、先ほど死んだはずのタモンの声。


「んなっ…何が……ジロー!?ジロー!!しっかりしろ!!!」


 ジローの体を抱き締めながら震えるしのぶ。 腕の中でジローは呼吸が乱れている。


『掠ったとはいえ魔毒蛇サーペントの毒牙を受けたのです。体中を毒が蝕んでいるでしょう。如何にその犬も勇者とはいえ、猛毒が体に入っては助かるまい!!」


 そう言いながらキマイラは起き上がった。


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