第4ワン 勇者と聖剣
濡れた服を着替えさせられたしのぶと、体を拭かれたジローは再び聖剣の間へと通された。元から着ていたポリエステル繊維のTシャツとは違い、麻の服は少しごわついている。
「……と、いうわけでシノブ様、あなたはアラパイムの地を魔王と邪神の脅威から救う為に召喚された勇者なのでございます!!」
女王の説明を受けたしのぶは、暫く言葉を失った。異世界転移ファンタジーなんて、まるで漫画かゲームじゃないか。特に前者は原作となる小説が掃いて捨てるほどあるジャンルだ。
「でも、犬と一緒ってのはアレに近いな……たしか 【大貝獣物語2】……」
しのぶは、父が持っていたスーパーファミコンで遊んだゲームのタイトルを思い出した。余談だが、筆者は同シリーズの現行ハードへの移植かリメイクを長年願っている。
「何ですか?それは」
ハッセの問いにしのぶは答えるが、
「では、そちらの世界では異世界へと召喚される事は珍しい事ではないのですね!?」
女王は話が早いとばかりに機嫌を良くする。確かに珍しくも何ともないが、それは架空の創作物における話であって、実際に体験した者はいない……はずである。
いきなり異世界に送り込まれての状況に、しのぶは早くも疲れを感じつつある。創作物の主人公達はみな、こんな感じで物語をスタートしていたのかと。そして、飼い主の心境をよそにジローはその場に伏せ、リラックスしているではないか。
「さて勇者様、早速ですが、この聖剣【ヴァーバノワーナ】を抜いてくださいませ!」
「ばばあのワナ?」
女王は部屋の中央に祀られた鞘入りの剣を指さした。 精巧で美麗な細工を施された鞘に納められた刀身は、おそらく60センチ程だろう。この世界では片手剣という分類がなされ、もう片手に盾や別の武器を持って使われるものだが、小学生のしのぶが扱うには十分大きい。
「うわぁ、カッコいい!!」
しのぶは、今よりもっと幼い頃に遊んでいた特撮ヒーローが使う武器を模した玩具等でしか剣というものを見た事がなかった。初めて見る本物の剣。そ れも選ばれし勇者のみが扱える伝説の聖剣······漫画やゲームで見てきたそれを、実際に自分が手にする。悪くはない気分であった。
「さあ、勇者様!!」
女王とハッセに促され、しのぶは祭壇へと上がり、先ずは鞘の部分を両手で掴んで持ち上げた。
「おお!」
この剣は勇者以外の者が鞘から抜くどころか、持ち上げる事すら適わなかった為、先代勇者が帰還する際にこの地の祠に置いたままにされ、残った者たちには剣を移動する事が出来ず、魔導士シソーヌは仕方なくこの地に宝物車と城を造ったとまで語り継がれている。
「よーし!」
しのぶが左手で鞘を、右手で柄を握り、一気に引き抜こうとした。
「ぬぅ~~~っ」
が、剣の本体はぴくりとも動かない。 あらゆる体勢で抜剣を試みようとするしのぶ。その姿を見る女王とハッセの視線が徐々にと冷ややかなものに変わってゆく……
「ダメだぁ。 中で錆びてるんじゃないコレ?」
右手を柄尻に置き、先端を突き立てる様に剣を置くしのぶ。
「……女王様、もしやこの子は勇者ではないのでは?」
「……かもしれません」
残念そうにため息交じりの二人に対し、しのぶは
「何だよそれ!?じゃあ、おじさんもコレを持ってみなよ!」
しのぶはハッセに向かって聖剣を放り投げた。
「聖剣に何てことを…ゲェーーっ!?」
両手で剣を受け止めたハッセはそのまま後方に倒れ、剣の重みを支えられずにのたうち回る。
「ほら、持ち上げる事すら出来ないじゃん!人をハズレ扱いしやがって!」
しのぶは苦しそうにもがくハッセを見下ろす。
「しかし、どうしてシノブ様には剣を抜けないのでしょう?」
「レベルが足りないからフラグが立ってないとか?序盤からチートアイテム持たせるわけにはいかないからさ……」
「れべる?ふらぐ?」
困惑する女王はしのぶが羅列するゲーム用語に更に首を傾げる。 因みにこの世界はゲームの中ではない為、そんなシステムは無い。
「クゥーン」
先ほどまで伏せていたジローがハッセの胸の上にある聖剣の柄を咥えようとしていた。
「こらジロー、危ないぞ……」
しのぶが鞘を持ち、 ハッセの上から剣をどかすと、ジローの咥えた柄を起点に、刀身がするりと鞘から滑り抜け、その輝く白刃を露わにした。
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