第45話:花屋に寄り道
俺、感電しながら瑠奈と過ごすの? やばくない? 生きて帰れんのかな。
「お母さんたちねぇ今デートしてんの。ここだけの話ね、福間さん多分今日、やっちゃうよ」
「何を」
「プロポーズ! 何想像してんだ変態め!」
「何も想像してねぇわ」
そんなおかしな心配をしてしまうくらい体は正常ではないのだけど、でもやっぱり瑠奈といる空間は楽しい。
胸は苦しくなるのに嬉しい。笑ってしまう。
なんだろ、この心と体がバラバラな感じは。
「あ、千早くんちらし寿司は好きかい?」
「うん」
「今日のメニューはちらし寿司です。お母さん大好きなんだー」
「へぇ」
「後はから揚げでしょー、ローストビーフでしょー。アボカドは好き?」
「普通かな」
「アボカドもねお母さんが大好きなの」
俺が歩く速度を合わせていることに気付いているらしい瑠奈は、ちょっとだけ早歩きだった。楽しそうに話す声がたまに息切れしている。
赤信号で足を止めると深呼吸をして「でね」とまた話を始めた。
お前のお母さん好きは凄いね。
それとも娘ってのは大体こんなものなのか?
相槌を打ちながらふと思い立って、この信号を渡れば確か住宅街に入るよな、と辺りを見回した。そして目に入ってきたのは渡った先にある花屋。
「なぁ。瑠奈のお母さん、花好き?」
「んー、あんま聞いたことないかも。どうして?」
「いや、手ぶらっつーのも」
「あ、プレゼント? いいんだよー、千早くんはお客さん!」
「せっかくの誕生日だろ」
信号が変わり歩き出せば、瑠奈は眉を下げてほんの少し唇を尖らせる。
「んん、でも」
「あ、別のもんがいい? 家に着くまで店ある?」
足は花屋へ向かっていたが思い直す。花ってのも安易か。てか福間さんの前でそんなもんやっちゃ良くない?
ちらりと進行方向を見るけど、何か買えそうな店はないような。
「店、ナイ。コンビニクライ」
「何でカタコトだよ」
「花、いいと思います……」
そう言いながらもまだ唇が尖っている。何が不満なのか。
「福間さん気ぃ悪くさせちゃアレだしな、ちっさいやつ作ってもらお」
「……」
「すいませーん」
店先に出ている花を横目に店内へ声をかければ、エプロンをつけた若い女性が出てきた。いらっしゃいませと微笑まれ会釈する。
「なんかちっさめの花束、作って欲しいんですけど」
「ご希望の花はございますか?」
「あ、これクリスマスによく見るやつ」
「ポインセチアですね、これにします?」
「うーん、いやあんまり派手じゃない方が」
店先でも十分、緑の香りが漂っていたけど、中に進めば濃い花の香りに包まれた。すぐそこはアスファルトなのに、ここは何てカラフルな世界だろう。
もうすぐクリスマスということもあってか、随分可愛らしいリースが飾ってあったり、小さなツリーもある。
こういうのを見ると気分は高まるね、……いや俺はクリスマス好きくないけど。
シルバーのバケツに入った色とりどりの花をぐるりと見て気付いた。背後にいると思っていた瑠奈がいないことに。
ちょっとすいませんと店員のおねーさんに断ってから、店先に立ち止まっている瑠奈の元へ向かった。
「瑠奈、どした?」
「……なんでもない、です」
なんでもある顔してるけど?
上半身を斜めに瑠奈の顔を覗き込めば、じーっとそこにある黄色い花を見て尖らせた唇を小さくパクパク動かしている。
「……るーな」
「いいなぁ、お母さん。……花束」
「へ? いや、言ってもあれだよ。花束ァ! って感じのじゃなくて、花束ぁ、って感じのを」
両手で大きな丸と小さな丸を作って言えば、瑠奈は相変わらずの口のまま、「でも花束だもん」と呟く。
「どしたんお前」
「別に何でもないもん、羨ましくないもん」
「……」
まさかの言葉に目を見開いてしまった。
だって花束が羨ましい? お前の大好きなお母さんにあげるものなのに?
……女子は花が好きなのかね。
正直よく分からないな。綺麗だとは思うけど。
でも何でもいいや。だってこんなことで口をツンとさせてる瑠奈が、ひどく愛おしくて、可愛くて。
てっきり瑠奈も喜ぶかと思っていた。なのにこんな風にいじけるのは予想外だし、それを全く隠すことなく表現されたらニヤニヤしてしまう。
勿論、俺がそれを贈るということにいじけてるわけじゃないのは分かっている。でも口が緩んでしまう。
「瑠奈、おいで」
そう言うと俺の顔を見る目が一度大きく開いて、眉も目も口角まで下げると瑠奈はもじっと身をすくめて頷いた。
瑠奈と共に店内へ戻り先程のおねーさんの元へ行く。
「お母さんっぽいの選べ」
「……カーネーション」
「それ母の日に引っ張られてない?」
「あと、この、これ。可愛い」
「じゃあこれとこれで」
「カーネーションとガーベラですね」
「なんかちっこい感じでお願いします」
おねーさんは花をバケツから抜いて「少々お待ちください」と、作業台が置かれたスペースへ消えて行った。
瑠奈は「きれーい」と呟きながら並ぶ花を少しの間眺めて、「先に出てるね」と再び店先へ踵を返すから俺はレジへ向かう。
作業する女性の手元を思わず見つめる。淡いピンク色のペーパーに包まれた花にゴールドのリボンが結ばれた。
おぉ、花束だ。いや、雰囲気でいうとブーケって感じか。意味は一緒だけど。
「いかがでしょう?」
「バッチリです」
「ふふ、良かったです」
ついさっきまでバケツの中にいた花があっという間に贈答品になった。
財布を出しながらまじまじとそれを見つめる。うーん、何も考えずに買ってしまったけど、これ持ち歩くのちょっと恥ずかしいかもしれん。
「では、お会計失礼します」
出されたカルトンに数枚お札を出して、ふとレジ横の棚に目が向く。
「あ、と、すいません。これも別でお願いします」
時間はなかったので吟味はしなかったが、こういうのは第一印象だろう。インスピレーションでビビッときたそいつを手にした。
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