第42話:幼馴染の独白


 ♢♢♢



「テスト、どうだった?」


 その日の夜、麗華がカレーを持ってやって来た。期末も終わったしということでおばちゃんが持たせたそうだ。

 出来ればテスト期間に貰いたかったなんてのはあまりにも贅沢なので言わないでおく。


 一緒に食べるというので二人でカレーを食べた。安定のうまさだった。

 食器を洗ってソファに座れば、いつもの定位置にいる麗華が話題を振ってくる。


「んー、あー、ね」

「……普段から勉強してれば出来ないことはないのよ?」


 瑠奈程追い込まれていたわけではないが、多少頑張ったのよ俺も。でもまぁ、結果は出てみないと分からん。手ごたえ? ふん、知らん。


「それよりどうなん」

「何が?」

「頑張るんだろ?」


 話題を変えよう。俺はニヤけ顔を作って切り出す。

 何が? の問いにそのものは言わなかったが、麗華には通じたらしい。少し目を丸くして俯いた。


「……テスト期間は、何もしてないわ」

「アァ」


 すっごく納得する答えだった。やはり麗華は麗華である。


「じゃあこれからか」

「……千早、気にしてくれてたのね」

「んあ?」

「私に好きな人がいるとか、興味ないのかと思ってたわ」

「え、何で」

「今まで聞かれたこともなかったから」

「まぁ……」


 そりゃお前が「学生の分際で」とか「恋愛は卒業してから」とか言ってたからさ、いるとは思わなかっただけだ。

 本当に常々言ってたんだ、あれは中学くらいからか。そういや俺に対しても言ってたな、「千早に恋愛はまだ無理」とかさ。全く、余計なお世話だ。

 だから俺は相当に驚いているし打ち明けられた時はテンションがあがったよ。そんな麗華に恋心抱かせる男ってのは一体どんな奴なのだと、少々興味はある。


「私ね、今のままでいいと思ってたの」


 俯いた麗華は落ちる髪を耳にかけながらぽつりと話し始めた。

 俺は相槌を打ちながらソファの背もたれに頬杖をつく。


「私が一番近いとこにいると思っていたし、仮に彼女が出来てもそれはうまくいかないって思ってた」

「すげぇ自信……」


 思わず率直な感想が出てしまった。

 だって片思いだろ、なのに相当な自信家である。


「なぁ、そこまで自信あるならさっさと告ればいいんじゃねぇの?」

「女から言いたくないじゃない」

「……アァ、ソウイウモン?」


 麗華とこの手の話をするというのはワクワクした気持ちになる一方で若干そわっとしてしまう。そこに女心的なことを言われると途端に居心地が悪くなる。千鳥の惚気を聞いてる時と近いものがあるな。


「じゃあお前は言われるのを待っているわけだ。相手はお前のこと好きなの? 確定?」


 そう尋ねれば麗華の顔がゆっくりあがる。じっと俺の目を見てくる瞳は揺れていて、自信があるようには見えなかった。


「好きというより、私のことを拒絶しないって思って、る」

「なんだそれ。お前何か弱みでも握ってんのか。良くないと思うぞ、そういう脅迫的なことは」

「違うわよ、何言ってるの」


 いや、お前が何言ってるの? 全く意味が分からんのだが。お前を拒絶しないって、どういう関係性よ。


「私は他の人と違うって自信があったの。いろいろ寄り道したとしても、最終的に私のとこに来るっていうか」

「本妻みたいだな」

「特別モテるわけでもないし、自分から行動起こすようなタイプでもないし。だから好きな人が出来たとしても物事は何も変わらないまま自然消滅するって、ずっとそう思ってた。だから余裕があったの」


 随分ナメられてるな、そいつ。


「本当に好きなの? お前」

「好きよ!」


 あまりにもな言われ方なのでそう言えば、不安定に揺れていた瞳に力が入った。じっと俺を見て「好き」ともう一度唇が動く。

 不覚にもドキ、としてしまった。


「……だけど水城さんが出てきたから」

「瑠奈? あ、この前の話か」

「……そうじゃなくて。水城さんの存在、というか」


 麗華は変わらず真っ直ぐ見てくるけど、俺はその視線に耐えられなくなって、極力自然に目線を下にずらした。


「……ライバル、的な予感が、最初からしてたの」


 ライバル、つまりは瑠奈と麗華は同じ人を好きなのか。随分モテるんだなそいつ。

 なんてことを俺は思った。

 確かに俺の頭はそんな推理をした。


「水城さんといる時、全然違うから」


 なのに頬杖で覆った口から漏れる息は心臓を落ち着かせるものだった。だって心のどこかでそれを否定している自分がいる。


 二人の好きな相手が一緒なのではない。

 麗華が一方的に瑠奈を敵視しているのではないか、と。

 瑠奈は急速に俺に近付いてきただろう、と。思ってしまった。


 ……あほか、俺は。それじゃまるで麗華が俺を好きみたいじゃないか。

 とんだ自惚れを打ち消そうとするけれど、でもそこに辿り着かない方が不自然な気がした。


「清楚で所謂女の子って感じが好きな筈だし大丈夫とも思ってたんだけど」


 もし、もし麗華がそうだとしたら、俺のことが好きなんだとしたら。


「けど、あっという間に仲良くなっていって」


 もし今、麗華にそれを伝えられたとしたら、俺はどうするんだ?


「私の入り込む余地がないように思えて」


 いやいや、そんなわけない。麗華が俺を?

 幾ら今までの言動がおかしかったとしても、それは幼馴染を特別視してる故だ。コイツは俺や千鳥をちょっと、特別な位置に置いてるだけなんだ。


「自分がどんどん嫌な人間になっていくの」


 でもじゃあ、今、コイツの俺を見る目が潤んでいるのは、何でだ。

 立ち上がってこっちに来るのは何でだ。

 俺の隣に座るのは、何でだ。


「無意味って分かってるのに、どうにかして邪魔、したくて……」


 何で、涙を浮かべて俺の服を握ってんだ。














――――――――


 お久しぶりです。近況にも書きましたが更新再開します。


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