第2話:中庭でランチタイム
朝の出来事は夢だったのだろうか。
アレ以外はいつもと変わらない時間が流れ迎えた昼休み、そんなことを思った。
「千早、今日もパンなの?」
パンを机に数個放り出す俺にすかさず声をかけてきたのは同じクラスで隣の席の
160ほどの身長、スレンダーな体型、腰まである黒髪はサラサラできちんと手入れしているのだと思う。
奥二重ながら大きな目は目尻がきゅっとあがっていて、高さのある鼻筋はまっすぐで、その下にある唇はやや厚め。
しゃんとした姿勢、上品な仕草、柔らかい微笑み。まるで大和撫子だと密かに男子人気があるらしく、淡々とした物言いはどこか冷たく感じるがそれさえも「クール!」と良いように評価されている。
お母さん気質なのか何かとくっついてきては口を挟んできたりするので、いらぬ誤解がちらほら。
全くいい迷惑である。俺たちの間に甘酸っぱいものなどないのに。
「たまにはお弁当でも作ってみたら?」
「お前は俺が弁当作って遅刻してもいいと?」
我が家は両親と兄と四人家族なのだが、転勤の決まった父に母がついていき就職で兄が出て行った今、俺は一人で暮らしている。
なので弁当を食べたければ自分で用意しなければならない。忙しい朝にそれは非常に難しい。もー起きるのだけで精一杯。
事情も俺の性格も分かっている麗華は「それは駄目だわ」と、髪を耳にかけながら続ける。
「仕方ないわね、じゃあわた……」
「小柴くんっ!」
が、その言葉は大きな声にかき消された。
突然呼ばれたことにびくっと肩をあげ声がした真横へ顔を向ける。廊下と教室を仕切る窓の向こうにいたのは今朝の女の子、水城さんだった。
あ、どうやら夢じゃなかったらしい。
「良かった、まだ食べてないね。外行こっ、今日はあったかいよー」
窓から身を乗り出すと机の上のパンたちをささっと抱えて水城さんは歩き出した。おいおい、そりゃねぇぞ、人質?
息を吐いて立ち上がると驚いた顔の麗華が目に入る。「行ってくるわ」とだけ言って廊下に出れば、ひらりとスカートを翻して「こっちだよ」と手招きされた。その笑顔のなんとまぁ無邪気なこと。
そして廊下にいる人間たちの視線の痛いこと。黒髪優勢の中、あの明るい頭は目立つ。それと一緒にいる俺も目立ってしまう。
「どこ行くの」
「中庭。今日はあったかいよ」
さっきも聞いたことを言う彼女の手から人質を奪い返した。これで彼女の手には自分の弁当が入ってるのであろうランチバッグだけだ。
中庭な、了解。それならば先を急ごう。
少々大股で歩けばすぐに水城さんと距離が出来た。「おっ、やる気満々マン?」と嬉しそうに言う彼女は小走りでついてきた。
**
「いただきまーす」
中庭に設置されてあるベンチに二人で腰を下ろし、水城さんは膝の上に弁当箱をのせて手を合わせた。
わざわざ中庭で昼食をとる。実に理解しがたい行動ではあるが、朝の続きを話すのだろうから外の方がいいんだろうな。
俺はお気に入りの焼きそばパンを頬張った。紅ショウガがたっぷり入ったこれはよく行くスーパーのオリジナル商品で、非常に美味い。
「で、なんだったの朝のは」
「そのまんまだよー、結婚するフリしてほしいの」
「彼氏のフリならまだしも、俺らまだ高校生じゃん。なのに何で結婚」
「んー……」
はぐはぐと食を進めながら話を切り出せば、水城さんは持ち上げていた箸を弁当箱に下ろして小さな声で呟いた。
「私のお母さん……」
その言葉の続きはなくそちらを見れば、彼女は俯いていた。続きどころか何も言わない。
なんだ? と首を傾げてハッと気づく。彼女の肩が上下していることに。
私のお母さん、と言葉を詰まらせる姿にまさかなことを考えてしまった。
お母さんが何だよ、どうしたよ、まさか余命幾許もない的なことなのか? 娘の花嫁姿を見たいとか……。
「水城さん……?」
「う、うぅっ」
顔を覗き込もうとすれば嗚咽のような声が聞こえてきた。え、ど、どうしよう、泣いてる?
否。そんな心配は一瞬で終わった。
彼女は喉元を手の平で覆いながら、ランチバッグからペットボトルを取り出す。「は……はっ」と出てくる声は苦しそうで、新品のそれをうまく開けられないらしい。
俺は無言でそれを奪いぺきっと蓋を開けて渡す。
受け取った彼女はペットボトルをがぶ飲みして、ぷはぁ! と息を吐いた。
「死ぬかと思ったー!」
「……。あー、あーあーあー、もう」
高らかに声をあげる彼女と、地団駄踏みそうな俺の声。俺の気持ち、察してくれるよね?
「私ご飯よく詰まらせるんだよねー」
「よく噛んだ方がいいよ……」
「ねー」
何が「ねー」だ。やだこの人。いや、俺が勝手に勘違いしただけなんだけど、何か恥ずかしい。
ご飯を詰まらせる可能性があるのなら先に飯を食おう、と黙々と手を動かしごちそうさまをしたところで、弁当箱を片付けながら水城さんは「うち母子家庭なんだよねぇ」と話を始めた。
「私を女手ひとつで育ててくれたんだけど、娘としては再婚とか考えてほしいんだ」
「ほう」
「まだまだ若いのにさー、女としての人生自分で終わらせるのどうよって」
女としての人生とは。母親ではない人生という意味でいいのだろうか。娘であっても余計なお世話だと思うのだが。
「でも夜中に電話したりしてるからね彼氏いると思うの。なのにいないって言い張るんだよ。隠さなくていいのにさー……」
ふぅんと相槌を打ちながら俺は彼女から目を逸らした。
お尻より僅か後ろに着いた両手、斜めに反る上半身、そのせいで胸のラインがはっきり見えてしまったから。
すぐに逸らせばいいものを数秒凝視したことは本当に申し訳ないと思っている。そして情けない。でも結構あるんだね。
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