第66話
「あのッ!!」
不意に聞こえた声に顔を向けたら、そこにはごついオッサンが居ました。
「む? ……アルフレード」
何この人、誰?
確認の為に執事さんへと声を掛けると、なんか誇らしげな顔で断言された。
「は、目撃者が必要かと思いまして」
ちょっと待って、なんの?
……や、うん、まあ良いや。
今までどこに居たのとか、なんで私放置して逃げてんだとか、せめてなんか言ってからにして欲しかったとか、色々と、そりゃあもう色々と言いたい事はあるけど、気にしない事にしよう。
そんなんグチグチ言うタイプじゃないからね、オーギュストさんは。
どうせ私を過剰評価してる執事さんの事だから、私一人でなんとかすると思ったんでしょ。
ちょっとは置いて行かれた私の気持ちを考えて貰いたいもんだよ、全く。
という訳で、内心だけで無理矢理イライラとかムカムカとか、ムカ着火ファイヤー……なんだっけ忘れた。お父さんは完璧に言えてたんだけどな。興味無いからいいや。
とにかくなんかその他諸々を抑えながら、外面は何でもない事のように、さも納得しているかのごとく振る舞う。
使い古したってよりは使い込まれたって感じの鎧を着たなんかゴツめのその人は、精悍な顔の、まあ、イケメンと言えばイケメンなんだろう。
ニヒルな感じの笑い方が似合いそうな、なんか若干悪そうというか、小物っぽいというか。
年齢は、三十前後だろうか、28とかでもギリギリ通る感じ。
まあ、オッサンと言えばオッサンである。
で、どうやらこの人は私に用があるらしい。
「なるほど、それで、なんだね?」
尋ねた瞬間、物凄い勢い良く土下座された。
「俺を貴方様の部下にして下さい!!」
しかもなんか訳分からん事を言いながら。
うん。
「断る」
キッパリ言い放ったら、なんか知らんけどオッサンが崩れ落ちた。
いや、だって、普通断るでしょ、突然過ぎるもん。
大体あんた誰さ。
「……アルフレード」
説明して欲しいなー、という意味を込めて執事さんへと視線を送る。
すると、執事さんは恭しく一礼した。
「は、お任せを」
そう言って、何故かオッサンの前に片膝をつく執事さん。
ん? あれ、ちょっと待って、説明は?
あ、してくれないパターン?
「A級冒険者、リカルド殿、でしたね」
「……あンだよ」
当のオッサンの返答は、半泣きだったのか、ぐすん、みたいな鼻水をすするような音が聞こえたような気がしたけど、気にしない事にした。
どうやらこのオッサンはリカルドって名前で、冒険者って職業らしい事は察した。
だがしかしそれよりもA級冒険者って、何。
と、考えた瞬間、オーギュストさんの知識がちゃんとした答えをくれた。
・冒険者
世界を股に掛け、大事から瑣末事まで金銭で請け負う代行業務を生業とした者達の総称。
魔獣討伐や物品採取、ダンジョンの捜索、調査、荷物運搬や郵送物の似運びなど、その依頼は多岐に渡る。
SS、S、A~F級まであり、SS級はルナミリア王国では過去百年で二人しか存在しておらず、現在は鬼籍に入っている。今は世界でも三名が存命中だが、内、二名が賢人。
……なるほど、万事屋的代行業者の大規模というか、世界的な団体か。
それ、よくこの世界で成り立ってるなあ、と考えたところで、どうやら彼等冒険者の主な収入源は、ダンジョンに潜り、そこで得たアイテムや何やかやを売って得ているらしい事が理解出来た。
……いやいや待ってダンジョンてなんぞ?
・ダンジョン
魔素溜まりが何らかの形で世界を歪める事で発生する迷宮。
世界各国に存在する謎の多い場所。
魔獣とは主に此処に棲息しており、出てくる事は稀だが、あるにはある。
……なるほど分からん。
とりあえずよく分からんって事しか分からん。
よし、スルーしとこう。
そんな私を放置し、執事さんが静かに諭すような、それから労わるような声色で冒険者さんに声を掛けた。
「旦那様は、貴方を部下にするのが嫌で断った訳ではありません」
「じゃあなんで」
訝しげな言葉を返しながら顔を上げた冒険者さんに、執事さんは静かに告げる。
「貴族の部下になった冒険者、という存在が、貴族社会でどのような扱いを受けるのか、想像に難くないでしょう?」
「っ……!!」
「そうです、それが旦那様のお考えです」
「だが、俺は!!」
なんだかシリアスな雰囲気で、私そっちのけのやり取りである。
うん、でもね執事さん、私今、どうでも良い事しか考えてなかったよ。
「旦那様のご厚意です。
貴方のような実力者を貴族社会に引き込み、あまつさえ埋もれさせるなど旦那様は望んでいらっしゃいません」
「くぅっ……!!」
悔しげに唸る冒険者さんと、真剣な表情の執事さん、そして、それを固唾を飲んで見守る男共。
私なんも言ってないんですけど。
ボーッと突っ立ってるだけなんですけど。
置いてけぼり感が半端ないんですけど。
「それよりも、……これはわたくしの勝手な願いなのですが、どうか、世間に蔓延する旦那様の悪評を、塗り替える手伝いをして頂けませんか?」
「っ悪評!?」
重々しい雰囲気で、真剣にそんな頼み事をし始める執事さんに、冒険者さんが驚いたような顔を向けた。
それよりいつまで地べたに膝つけてんのかなこの人達、この辺り一帯ドラゴンの小でビッチャビチャなんだけど。
「そうです。
旦那様は、この12年間、正気を失っておられました」
「なんだって……!?」
「オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵様、それが旦那様です」
なんとも真剣な表情で、意を決したように告げる執事さんの言葉に、冒険者さんのみならず、他の二名も息を呑む。
「っ……まさか、あの!?」
「はい、本来の旦那様は、あの下劣極まりない噂とは、全くの無縁な方なのです」
現在進行形で全くの別人がその人の身体を占拠してますけどね。
「……そうか、分かった。俺に出来る事ならやってやる」
キリッとした真剣な表情で、物凄く真面目に答えてる所悪いんだけど、私どんだけ放置されてんの。
ようやく立ち上がったゴツイオッサンと執事さんが、男同士の友情を確かめ合うみたいにグッと握手している所をぼんやりと眺める。
まあ、なんか良く分かんないけど、どうやら話はまとまったらしい。
いや、一応内容の理解はしてるんだけど、どうしてそうなったのか意味不明過ぎて付いていけない。
マジでなんなんだろう、このどうしたらいいか分からない感じ。
うん、もう面倒臭いからスルーでいいよね。
ちょうど良く私達に協力してくれるっぽいので、ついでにこっちも聞いてみよう。
だが、喋ろうとすっと息を吸い込んだだけなのに、何故か私に全員の視線が集中して来て内心だけでめっちゃビビった。
なんでそんな私の事気にしてんのアンタら。
さっきまで放置だった癖にいざなんか言おうとしたらこれかよ、なんなのもう。
外面は冷静に、そして淡々と、あとついでに堂々たる態度を演技しながら、内心の地味な苛立ちを無理矢理スルーして、口を開いた。
「ならばもう一つ、ドラゴンの卵を探す手伝いも頼めるか」
「ダンナの頼みでしたらなんだってします!」
言った瞬間物凄い勢いで食い付いて来て内心めっちゃドン引きした。
オッサンにキラキラした目なんか向けられても気持ち悪いとしか思えないのでやめて欲しいです切実に。
まあ、それでも、協力してくれるんならして貰おう。
気持ち悪い以外に実害は無いし、使えるものは親でも使え、って実の親から習ったし。
まあ、主に使われるのはお父さんで、お母さんが使う側だったけど。
ふと、そのまま芋づる式に家族を思い出してしまいそうになって、無理矢理抑え込んだ。
今、思い出しちゃダメだ。
ただそれだけを頭に叩き込むみたいに、暗示をかけるみたいに繰り返しながら、考えを切り換える為に、淡々と説明を口にした。
「そうか、では、卵の特徴だが……薄緑一色で、ワイバーンの卵と酷似しているらしい」
私の説明を、うんうんと頷きながら聞くゴツイ冒険者さんと、その後ろのヒョロっこい男の人と、メモを取り始める魔法使いが着てそうな、なんか、だぼっとした服の青年。
しかし、次の説明で、彼等の顔色が若干変わった。
「ドラゴン夫妻が言うには、それゆえにワイバーンの巣で、ワイバーンの卵の中に紛れ込ませていたそうだ」
ピタリとも動かなくなり、何故か汗を掻き始める彼等の様子に、何となくだが、もしかして、もしかするんじゃないかな、と気付く。
……まあ、でも確信がある訳じゃないので、話を続けた。
「だが、気付いた時にはドラゴン夫妻の卵だけが行方不明になっていた、と」
端的に説明を終え、冒険者さん達を見れば、三人とも完全に冷や汗ダラダラで顔色が悪くなっていた。
なぁ、それ、あれじゃね、みたいにヒソヒソと話し合った彼等の内、魔法使いっぽい青年がスッと手を挙げてから、確かめるように口を開く。
「あの、それって、ここから南西の方向だったりします?」
…………。
チラリとドラゴン夫妻の方へと視線を移すと、赤いドラゴンが、ぐるるるる、と唸るように答えてくれた。
『なんせい、がなんだかは知りませんが、あっちの方ですね』
そう言ったドラゴンが南西へと顔を向けた。
「あちらだそうだ」
「うわあああまじかあああ……!!」
ドラゴンの顔を向けた方だと駄目押しみたいに伝えたその途端、魔法使いっぽい青年は叫びながら頭を抱え、ヒョロっこい男は遠い目をし、ゴツイオッサンは片手で顔を覆った。
あまりの荒ぶり具合に若干引きながら、心当たりがあるのかと聞けば、どうやら、彼等がドラゴン夫妻の卵を持ち去った張本人達らしい事が判明した。
ドラゴン夫妻に、彼等の足跡やら匂い的な物を確かめて貰ったので確定である。
何してくれとんねん。
出てしまいそうな溜息を呼吸に無理矢理変換しつつ、改めて冒険者さん達を見る。
「なるほど、仔細は分かった……」
「まさかあれが本物のドラゴンの卵だなんて分かる訳無いっすよ!!!」
ヒョロっこい男が
声が、なんかアレなので、半泣きどころかマジ泣きなのかもしれない。
そのまま、うわあああん人生終わったあああ、と嘆く男に、乾いた笑みを浮かべて遠くを見ながら、ははははははは、と一定の発音で笑い声を上げる青年、それから片手で顔を覆ったままその場にまた蹲るゴツイオッサン。
彼等の様子になんか気の毒になってしまったけど、やってしまったものはどうしようもない訳で。
そんな中、犯人が判明して殺気立つドラゴン夫妻に視線だけ送ったら、土下座付きで殺気が引っ込んでいったので、自分の怖さを改めて思い出しそうになってしまった。
なんか、自覚無くてごめんね。
内心だけで謝罪して、このままじゃ埒が明かないので、いい加減話を進める事にした。
「もういい、分かった、それで、依頼者は誰だ」
代表っぽいゴツイオッサンに声を掛ける。
すると、ハッとしたあと、そのままの体勢で唸り始めた。
「うー、あー、なんだったっけ……!? めっちゃ独特のハゲ方してたのは覚えてるんだが……!」
思い出せそうで思い出せないという状態なのだろう。
うーんうーんと唸りながら、上を向いたり下を向いたり、その場でうろうろし始めるゴツイオッサン。
だがしかし、独特のハゲ方してる奴なんてこの王国には一人しか居ない筈だ。
「……ノルド・ロードリエス上級伯爵、か」
「あぁ、確かそんな名前……って、御存知なんすか!?」
驚いたのか、言葉の途中から私の方へと顔を向けるゴツイオッサンを前に、脳内だけで叫ぶ。
はいビンゴー!
実は平民って線もあるにはあったけど、A級冒険者を雇えるって事はお金があるって事で、そうなると貴族である可能性が高いから、というのが私のテキトーな推理である。
まあ、オーギュストさんの鋭過ぎる勘が働いたからっていうのもあるけど。
っていうか、またお前か、いい加減落ち着け、としか思えない。
なんだろう、馬鹿なのかな、いや、馬鹿っぽいどころか馬鹿なんだろうな。うん。
そんな事よりも、これからどうしたらいいんだろう、と考えた私はとりあえず執事さんに聞いてみようと、鷹揚に頷いてから執事さんに声を掛けた。
「なるほど、アルフレード」
「は、急ぎ身辺を洗わせます、シンザ、聞いてましたね?」
「はいはーい、行ってきまーす」
執事さんと、突然現れた隠密さんがそんなやり取りを交わしたと思ったら、隠密さんはすぐに姿を消した。
……なんか知らんけど、あっという間に決まって、あっという間に行ってしまった。
いや、うん、そんな事になる気はしてた。
私は特に何も言ってないし指示出した覚え無いんだけど、執事さんだし、隠密さんだもん。
あいつらめちゃくちゃ私を過大評価してるからね。
仕方ないから諦めよう。
という訳で、後は隠密さんにお任せする事にして、問題は馬車だ。
綺麗に直ってるものの、問題がひとつ。
馬車を引いてたお馬さん、居なくなってるの。
まあ、ドラゴンなんていう怪物が目の前に出て来たらそりゃあ逃げるよね。
当たり前だよね、怖いもん。
という訳で、現在、移動が困難な状況になってしまっているのですが、どうしたらいいかなコレ。
……結論から言おう。
ドラゴン夫妻が馬車を引いてくれることになりました。
うん。
意味分かんないよね、大丈夫、私も分からない。
いや、あのね、こっちの馬車引く馬居ないねー、って世間話したつもりだったんだよ?
なんか知らないけど、それだけでそうなったの、意味不明だと思わない?
意味不明だよね?
何があったらドラゴンが馬車引く事になるんだろうね、私は全然分からない。
しかもご丁寧に馬と同じ大きさになってくれたよ体積どうなってるんだろうね。
ファンタジーって何でもアリなの?
なんかもう訳が分からなくて頭痛がしました。
まあ、執事さんも冒険者さん達も兵士達も全く気にせず、むしろ誇らしげなのが一番不可解なんだけどね。
何がさすがは旦那様、だよ、止めてよ、あんまりだよ。
私は何も言ってないです。
だってさ、馬、実は他にも居るんだよ?
貴族の移動となると、乗り潰したりする事も考えて、馬を複数連れているのは当たり前らしいの。
なのになんでわざわざドラゴン夫妻を馬代わりにしなきゃならないの?
本当に訳が分からない。
近くの村とかそういう所から馬買えばいいじゃん、なんならこの辺統治してる貴族の人から買えるじゃん!
どうしてこうなった。
全く振動の無い馬車内で、また黙々と書類を捌きながら、考える。
あと、もう一つ、そのやり取りしてて気付いた事がある。
ドラゴン夫妻の言葉が分かってるのが、私だけだという事実。
執事さんから、ドラゴン夫妻が何を言ってるのか聞かれた事で発覚したよ! 別に気付きたくなかった!
特別感満載な割に、全くお得に感じないんですが、なんなの。
ドラゴンと話せるよ! 凄いね! でも何も嬉しくない!
神様って奴はどこまで私にオプションを付ければ気が済むんだろう。
めっちゃ偉い貴族ってだけでお腹いっぱいだったのに、さらに賢人っていうめっちゃ凄い存在で、更にはドラゴンと話せるとか、もう設定が完全に中学生。
ぼくのかんがえた、すごいキャラクター! みたいな感じがヒシヒシと。
考えれば考えるだけ痛々しい設定をされてしまった自分に、絶望感しか湧かない。
溜息を押し殺しながら、それでも頑張って書類を捌いていると、執事さんから声が掛かった。
「旦那様」
「どうした」
淡々とした返答に、執事さんは少し言いにくそうに口ごもったあと、意を決したように告げた。
「大変申し上げにくいのですが、問題が発生致しました」
えぇぇえ、今度は何だよ?
詳しく聞けば何の事は無い、泊まる予定だった領主館に入る事が出来ず、門前払いで拒否を食らったらしい。
ふーん。
「……宜しいのですか?」
なんだか腑に落ちない様子の執事さんの問い掛けに、当の私はと言えば、一体何が問題なのか不明だった。
一応、書面でだけど前から此処に来る事は伝えていたし、その上で拒否してるならもうそれはどうしようもない馬鹿だった、という事だ。
あれかな、王族至上主義の義憤に駆られた頭悪い人だったのかな。
かの悪名高い公爵に、ちょっとお灸を据えてやろうっていう魂胆と見える。
「ふむ」
考える素振りを見せてから、やったー! 面倒臭い領主とやらと会わなくてすむぜ! と意気揚々と執事さんへと指示を出した。
「放っておけ、ただの小物だ。
それよりも出立の準備を始めたまえ」
「は、畏まりました」
丁寧な一礼と共に了承した執事さんが去ってから、書類の山へと向き直る。
その後、本当に出立してしまった私達の様子に、焦った領主がなんか色々言って来たけど、マルっと無視してそのまま進んだ。
一応、兵士さん達や馬の休憩の為に定期的に休むように伝えているので、問題は無いだろう。
どうせ三日くらいで領地だし、野宿の方が気が楽だ。
兵士さん達が休めるかはちょっと心配だけど、その分明日に備えてゆっくり休めば良い。
そんなこんなで特に何事も無く領地へ辿り着いた私達を待っていたのは、まあ、当然といえば当然と言うか。
領民達による反抗だった。
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