第59話

 





 さて、あれからどうなったかというと。


 あの日、濃ゆいキャラのオッサンと別れた後、度胸のある人が何人か頑張って挨拶に来た以外は、特筆して何も無かった。

 いや、なんか着てる服については良く聞かれたから、リメイク品ですよーとは言っておいたけど、まあそれ以外は平和そのものだったので、普通に帰宅しました。


 その次の日のパーティ最終日も、なんか挨拶に来た人が増えた程度で特に何も無く平和に終わったので、全てカットです。


 現在は自宅にて書類の山と格闘しています。


 オジサマになって十日が経過した本日、十一日目の午前中である。


 おうち最高かよ。


 パーティでの人付き合いなんて無駄に面倒臭いんだから仕方ないよね。

 何せ、言動の裏とか読みながら、舐められないようにする為に、相手が誰だか分かった上で何もかも分かった感じに偉そうにかつ威厳たっぷりに振る舞わなきゃいけないんだよ?


 なんでそんな事してんのかって、オーギュストさんの知識にそうあったから、多分それが高位貴族の在り方というか、常識なんだと思うの。


 いや、知らんけど。


 まあとにかく、面倒臭い事この上ないんだよパーティなんぞ!!


 書類だけやってりゃ良いんだからどう考えたって楽だよこっちの方が。

 しかも高スペックなお陰で楽々出来ちゃうしな!

 足し算引き算割り算掛け算その他もろもろスラスラですよ!


 鼻歌が出そうなご機嫌具合だけど、外面にそんなモン一切出す訳にいかないので、ともすれば冷徹にしか見えない真顔のまま、真剣に見ている演技を徹底しながら目の前の書類を一枚ずつ仕上げていると、執事さんが現れた。


 さすがに執事さんの気配も分かるようになったから、もう驚かないよ!

 オーギュストさんのこの無駄な高スペックぶりには驚かされるけどな!!

 だって普通は無理だよ?

 こんな気配無い執事さんに気付けるようになるとか人間捨ててるよね。


 ……人間じゃなかったわ、そういや。


 思い出してしまった事実に若干絶望しつつ、持っていた一枚の書類を出来上がった方の山へと置いて、執事さんへ声を掛けた。


「なんだ」

「恐れ入ります旦那様、お手紙が届いておりますが、如何致しましょう」


 視線を次の書類から執事さんへ向けたら、彼の両手には黒い箱があった。

 大きさは、学生時代使ってた習字箱くらいだろうか。

 多分その中に手紙が入ってるんだろう。


 まあ、見た方が良いよね、一応。


「……見てみるか」


 机の上はまだ次の書類を置いてないからスペースがある。

 それを言わずとも理解した執事さんが、黒箱を私の目の前へと置いた。

 ごとり、という地味に重そうな音がして、ちょっと嫌な予感がする。


「こちらで御座います」


 パカッとトランクみたいに開けられた箱の中には、ぎっしり詰まった手紙が沢山、なんていうか、みちみちに詰まって、なんだっけこういうの、忘れた。

 まあいいや、そんな事よりも。


「……多いな」

「そうですね、それ程旦那様のお知り合いになりたいという方々がいらっしゃるのでしょう」


 淡々と呟きながらも、どこか誇らしげな執事さんの言葉に内心でげんなりしてしまったが、だって、嫌だ、面倒臭い。


 何この量。

 え? 幾つあるのコレ。


 百くらいあるよ、いや、もっとあってもおかしくない。

 だってコレ上だけしか見えてないもん。

 下にどれだけ隠れてるか怖くて確かめられない。


「……アルフレード」

「承知しております。代筆はこの不肖アルフレードにお任せ下さい」


 にこり、と爽やかな笑顔を浮かべた執事さんは、そう断言して黒箱を閉じ、回収するように両手へ抱えた。


 いやはや、さすが執事さんである。

 名前を呼んだだけで私の意を汲んで、しかも一番ありがたい行動を取ってくれるなんて、本当に空気読んでくれ過ぎてもう、ありがたいしか言えない。

 拝みたいくらいである。


 やらんけど。


「……手数を掛けるな」

「旦那様の御為ですから、どうぞお気になさらず、心置き無く政務をなさって下さい」


 余りのありがたさに、つい労いの言葉を掛けてしまったのだが、やはり執事さんは素晴らしい内面をしてらっしゃるのか、嫌な顔ひとつせずに、むしろなんか若干嬉しそうな様子で言ってくださった。


 本当にありがたいしか言えない。

 もはや、ありがたいの極みである。


 そこでふと、前から考えていた事を執事さんに伝えておく事にした。


「その、政務の事なのだが」

「は、何で御座いましょう」

「一度、領地へ戻ろうと思う」

「なんと……! しかし旦那様、宜しいのですか?」


 驚いたように目を見開き、少しだけ焦ったように確かめてくる執事さん。

 その様子にちょっと意外に思ってしまった。


 まあ、領民の信頼なんて皆無だろうから、今帰ってもロクな事無いと思ってしまったのかもしれない。


 小さく息を吐くのと同時に、キッパリと言い放つ。


「いずれ、向き合わなければならん事だ」


 すると執事さんは、何故か意を決したような表情で、真摯に頷いた。


「……畏まりました、それ程までにお覚悟されていらっしゃるのでしたら、わたくしは何も申しません。

 では、そのように手配させて頂きますが、先に書簡の用意をして参ります、今しばらくお待ち下さいませ」

「分かった」


 鷹揚に答えたけど、書簡って何書くの?




 ───……この時私は、他に何も浮かばなかったから、執事さんが慌てるようなその他の要素なんて全く考えていなかった。


 きっと、もっとよく考えたら浮かんだだろう。


 でも、私は毎日迷子みたいなものだったから、冷静に見えて冷静じゃなくて、だから、気付いていなかったのだ。


 領地の民だけじゃなくて、オーギュストさんの住んでいた館の方に、執事さんが慌てるような、そんな要素があったなんて───……










 それから暫くして、執事さんが持って来た書簡の物凄い上質さで、どこに書くのか察した私は、一人で納得していた。


 そりゃそうだよね、王様に何も言わずに領地帰るとか、どう考えても頭悪いよね。

 はい、自分の事です。


 いや、知ってたけどな、知ってたけど自分馬鹿か。馬鹿だよ。

 当たり前だよ、現代社会でも上司に一言も言わずに実家帰ったら、始末書とまでは行かないだろうけど、その後ギスギスするに決まってるじゃん。


 自分で自分に幻滅してしまったけど、それでも頑張って生きなきゃならないので、頭の中で文章を組み立てながら、机の引き出しから手紙専用のインク壺を取り出し、それを机の上に置こうとしてから、ふと気付いた。


「む」


 インク壺を取り出したつもりだったけど、違う物を取り出してしまったようだ。


 どんだけポンコツなの私。


 ていうか何コレ。


 思わず、それをじっと見詰めてしまった。


 見た目は、小さな小箱。

 当主の指輪が入ってたのとは違う、赤くてシックな箱だ。


 …………赤?


 もしかして、という一瞬過ぎった考えを確かめる為にその小箱を開ける。

 すると、中に入っていたのは、薄緑色の宝石が付いた指輪がひとつ。


 その薄緑色は、オーギュストさんの愛した、あの人の瞳と同じ色だった。


「ジュリアの指輪……か」


 体格が変わって、着ける事が出来なくなったから外してあったんだろう。


 そしてオーギュストさんは、それをペンダントにして持ち歩いたり、小箱ごと持ち歩いたり、そんな記憶が朧げに浮かんで、ちょっと悲しくなった。


 いや、まあ、確かにこの辺にあるだろうなとは前に考えてたけど、何も今見付けなくても。


 ていうかこれ、私が持ってる訳にもいかないよね?

 何せ、私はオーギュストさんじゃないし。


 それならいっそ、オーギュストさんの指輪が入ってるだろうジュリアさんのお墓に、そっと入れてあげたい。

 だって、当のオーギュストさんはもう、ジュリアさんの所に行っちゃってる訳だし。

 オーギュストさんのお墓を作ってあげられないのは申し訳ないけど、いつか、機会があればなんとかしよう。


 そんな事を考えながら小箱を閉じ、忘れないようにする為に目立つ場所へと置いた。


 それから、引き出しから改めてインク壺を取り出した私は、そのまま無事に書簡を書き終え、執事さんへと託したのだった。






 

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