第45話
パーティ二日目に参加する為に登城したものの、なんかもう、とても、ていうかめっちゃ、気が重かった。
だって昨日の今日だよ?
絶対何かあるに決まってるもん。
だけど昨夜精霊王達が押しかけて来たとはいえ、やっぱり参加しない訳にはいかない訳で、げんなりしながらも馬車に乗り、昨日の夜にも来た城までやって来たのである。
なんせ、送られて来た招待状は、この三日間全てに対する招待なのだ。
よっぽどの体調不良とか、親族の不幸とか、そういった事が起きない限りは、参加しなければ王家に恥をかかせる事になってしまうのである。
命は惜しいから仕方ないね。
そんな二日目は昨夜とは違って参加人数は桁外れだ。
昨日は限られた貴族だけだったらしいけど今日からの二日間はそれ以外の人も来ている為、会場内は見渡す限り人だらけ。
まぁ早い話、この身にザクザクと突き刺さる視線やらなんやらも桁外れな訳なのである。
お陰で入ってすぐに気分が急降下だ。
ヤダなにこれめっちゃ見られてるぅー……。
女優として他人の視線には慣れてる筈なんだけど、オーギュストさんの高過ぎるスペックのせいでキツさが倍増してるんだよね、何この感覚、ヤダこれ。
ちなみに今私の居る会場は昨夜とは別の場所ではあるんだけど、昨夜の会場にも通じている会場だ。
昨夜の会場も広いと思ってたけど、こっちのが広い。
更に言うと、後の残り二日間、なるべく多くの人数を収容出来るよう、会場には中庭も含まれているらしい。
うん、とりあえず言わせてくれ。
この城の構造どうなってんだ。
いや、記憶の中にはキッチリ城の構造あるけど、それを改めて説明する為に文章にしようとしたらめっちゃ面倒臭いのでスルーしようと思います。
脳内だけで、うん、と一つ頷いた私は、その時ふと、会場の入口、開け放たれた扉のすぐ近くに、どこか見覚えのある二人の存在に気付いた。
緩くウェーブした青っぽい銀色の髪の美女と、金髪の優しそうな顔をした、オーギュストさんより少し年下っぽい男性。
そんな二人が、ガッと目を見開き、まるでお化けでも見たみたいなめっちゃ驚いた表情で、こっちを見ていたのである。
よく元の顔が分かるなと自分でも思うけど、オーギュストさんだから仕方ない。
ていうか、私の背後に幽霊でも居るのかとめっちゃ怖くなったんだけど、背後には何の気配もなかった。
うん、えっと、なんでそんなめっちゃ見てんの、このどっかで見た二人。
とりあえず、慌てず騒がず、内心は若干慌てて騒いだりしながら、オーギュストさんの記憶からこの二人をセットで検索する事にした。
検索結果、一件
・ローライスト夫妻
オーギュスト・ヴェルシュタインの妹ロザリンド(37)と、ジュリア・ヴェルシュタインの兄であり、ロザリンドの夫、エミリオ(43)。
姪であるクリスティアの両親。
いや、知り合いどころか親戚通り越して
えっ、なにこれ、どうしよう、どうしたらいいかなこれ。
えーとえーと、とりあえず挨拶だ、まずは挨拶しとかないと。
こんだけ目が合ってスルーとか不自然過ぎるし、なにより、一応家族だし、ここは頑張らなきゃいかん。
そういやオーギュストさんはこの二人を何て呼んでたんだ? あれ、でもこういう場であんまり馴れ馴れしいのはどうなんだろう。
つーか旦那の方オーギュストさんと同い歳とか余計に何て呼んだらいいか不明だよ!!
兄で義兄で義弟でってもう訳が分からないよ!!
ヤバイどうしよう判断が付かない。
ちなみに貴族間で互いの家の繋がりを強くする為に友人同士で互いの妹が互いの兄に嫁ぐ事は実は結構あったりするらしいです! ややこしい事認めんなよ国!!
うん、まずは落ち着け私、よし、とりあえず、まずは身分的には私のが偉いからこっちから挨拶しなきゃだよね。
て事は一応公式の場での挨拶にしとくしかないか?
一気にそんな事を考えたものの、頭の中は突然のオーギュストさんの家族の出現で冷や汗ダラッダラになりそうな緊張感にパニックを起こしながら、それでも頑張って二人へと近寄った。
「随分と、久し振りだな。ローライスト伯爵夫妻」
なるべく、剣呑にならないように頑張って目元を緩め、失礼にもならないように親しみを醸し出しながら、声を掛ける。
予想よりも穏やかな声が出て、内心ちょっと焦るけど、ここでヘマしないようにととにかく気を引き締めた。
すると、美女、オーギュストさんの妹さんが、呆然とした顔で思わず言ってしまったかのように、口を開く。
「お兄、様」
ポツリと、掻き消えてしまいそうな程の小さな声だった。
「
次いで、金髪の男性、妹さんの旦那さんが彼女と同じような呆然とした表情で呟いた。
いや、あんたが私を義兄って呼んでたら余計になんて呼んだら良いか分からんだろうがこんちくしょう。
「元気なようで、喜ばしい事だ」
とりあえず無難にそんな言葉を掛けるだけにすると、妹さんがその綺麗な顔をまるで小さな子供みたいにくしゃりと歪ませ、オーギュストさんと同じ吊り目がちの目の、そのアイスブルーの瞳を涙で潤ませた。
かと思えば、涙の勢いは一気に加速し、ボロボロと涙を零しながら、彼女は私に向けて突進する。
「っ、お兄様っ!」
「っと、こら、自分の夫を差し置いて、私に抱き着くものではないよ」
突然の訳分からん状況に対応する為に、どうしたらいいか分からんけどとりあえず突っ込んで来た彼女を抱き留め、宥めるようにポンポンと優しく背中を叩きながら、オーギュストさんが言いそうな台詞を口にしておく。
涙が服に染み込んでも、ほっといたら乾くから良いんだけど、鼻水とか止めてね? カピカピになるから。
「良かった、本当に良かった……! おかえりなさいませ、お兄様……!」
妹さんは私の胸で、まだ号泣にはなってないけど、このままじゃそうなってしまいそうな勢いで涙を零しながら、絞り出したような震える声でそんな言葉を口にする。
凄く感動の再会してるみたいだけど、でも、大変申し訳ない事に私はオーギュストさんじゃない訳で。
……うん、いたたまれない。
旦那さんの方を見れば、懐かしいものを見た時みたいな、そしてホッとしたみたいな、それでいて泣きそうな、なんかもう本当に複雑な表情でこちらを見ていた。
救いは、悪意が全く入ってない表情だという事だろうか。
なんて言うか、オーギュストさんは本当に色々な人に心配されていたんだろうなと、改めて思う。
全く気付こうとしていなかったのは、本人に余裕が無かったから、が理由なんだろう。
理由にすらならない理由である。
だってそれってただ逃げてただけでしょ? 暫くなら分かるけど、12年だもん。無いわー。
理解は出来るけど、共感したくない。
そんな事を考えていたら、慌てていた気持ちも罪悪感も若干落ち着いて、少しだけ余裕が出て来たので、ちょっと頑張ろうと思います。
……よし、気合いだ、気合い入れろ私。
ここが正念場だからね! 頑張れ私!
私はオーギュストさんとして生きて行かなきゃいけないんだから、彼等を騙さなければならないのだ。
……あれ、改めて考えたらちょっとだけ心が折れそうになったぞ、どうした私。
罪悪感に情緒不安定になってる場合じゃないよ、頑張れ私。
自分を奮い立たせながら、誰にも気付かれないように息を吸った。
「……ああ、帰ったよ。無事、とは言い難いがね」
ポンポンと妹さんの背中を叩きながら、さっきと同じような、少しだけ穏やかな声音で告げる。
すると、妹さんが勢い良く顔を上げた。
その表情は驚きと不安で彩られ、何かを言おうとした口元が震えている。
そんな妹さんに対して私が思ったのは、身長差有って本当に良かった、って事だけだった。
だってさっきのシーンで、もしもあんまり身長差無かったら、オーギュストさんの顎と、妹さんの額が、物凄い勢いでぶつかったと思う。
そんな事になったら色々と台無しだし、一気にコメディーだ。
シリアスなシーンでそれはアカン。
「それは、どういう事ですか」
そんな事を考えている中、私の告げた言葉に反応を返したのは旦那さんの方だった。
真剣に、そして、何処か戸惑ったような雰囲気ながら、それでも聞かなければならないと判断したのだろう。
一応狙ってやったとはいえ、こんなに素直にハマってくれると罪悪感増えるんですけど。
いや、うん、まあ仕方ない。
もう脳内グダグダだし、内面と外面でテンションも何もかも温度差ハンパないけど、仕方ない事だ。
「……ふむ、今、此処で話す事ではないか。中庭へ行くかね?」
「……そう、ですね、ローザも少し落ち着かせた方が良いですし……」
こんな人目の多い場所ではちょっと困るよね、と考えての私の提案に旦那さんが同意したその時、ふと、彼の視線が他所へ向き、そして驚いたような表情で固まった。
「……どうかしたかね」
いきなりどうしたの? なんかあった?
「いえ、クリスティアが……」
戸惑った様子で口篭る旦那さんの視線を追うように目を向けると、なんか予想外の光景が目に飛び込んで来た。
「尊敬している、の間違いですわ! それに、おじさまの事をろくに知りもしないのに勝手な思い込みで蔑まないでくださいませ!」
大声でキッパリと断言した姪っ子ちゃんが扇で口元を隠しながら少年を睨み付けている。
え? 待って、何? 私の事? あ、違う、オーギュストさんの事?
いやいや、何でこんな人目多い所で口論してんの?
しかもなんか見た事ある顔してるぞその少年。
しかし、混乱する私を放置して物事は進んでいく訳で、相手の少年も負けじと言い返す。
「あんな輩の何を知れと言うのだ?
醜く、下卑た、豚のような貴族、それ以外何がある」
性格悪そうな表情で、蔑むみたいに姪っ子ちゃんにそう言う少年は、なんて言うか金持ちのボンボンって感じが物凄くした。
うん、オーギュストさんめっちゃ悪口言われてる。
まあ、あんだけ太っててしかもなんか悪評高かったらどんな対応されても信用出来ないよねー。
理解は出来る、が、しかし腹は立つ。
ハッハッハ、なんだこのクソガキ。
「それ以上仰るのでしたら、その高貴なお口を捻り上げさせて頂きます」
ふと、姪っ子ちゃんがなんかめっちゃ怖い顔で少年に断言した。
どうやらめっちゃ怒ってるようだ。
いやー、姪っ子ちゃんてばホントに良い子やわ。
あんなブタの為に怒れるなんて近年稀に見る良い子。
良かったねオーギュストさん、めっちゃ好かれてるよ。
「っ!?」
姪っ子ちゃんの怒りにビビった少年が一瞬身体をこわばらせ、目を逸らした。
ぷぷぷ、あの少年か弱い女の子にびびってやんの。
だがしかし姪っ子ちゃんは、追い討ちをかけるように少年を見つめながら、キッチリと言い放つ。
「謝罪して下さいませ」
そんな姪っ子ちゃんの言葉に、少年は苦し紛れな、返答というにもお粗末な言葉で怒鳴った。
「っお前、何を言っているのか、理解しているのか!」
「当たり前です」
静かに、そしてキッパリと告げる姪っ子ちゃんは凛としていて、なんというか、きっと将来はイイ女になるんだろうな、と漠然と感じた。
だけど、子供同士の口論とはいえ、ちょっとした騒ぎな訳で、段々と周りに人が集まっている。
こんな状態のまま、口論の元になった私ことオーギュストさんがのんびり見学しているなんて出来る訳が無い訳で。
これはもう声を掛けるしかないように思う。
あんまり目立つ行動するのは避けたかったけど、仕方ない。
なんせ身内だからね。
姪っ子ちゃんは私個人の身内じゃない筈なんだけど、頭に残ったオーギュストさんの記憶のせいで感覚としては家族に近い。
あと、世間一般的にも身内なんだから、身内にしておくべきなんだろう。
違和感と、矛盾、それから、家族だから可愛いと思う気持ちが混在していて、気分が悪くなりそうだけど、深く考えない事で誤魔化した。
そして、その気持ちを払拭させる為に軽く息を吸って、少し離れた距離でも聞こえるような発声を意識しながら、頭で考えたセリフを言葉にする。
「一体何の騒ぎだね? 淑女が声を荒げるものではないよ、クリスティア」
「おじさまっ!?」
私の出現が予想外だったのか、慌てて振り向く姪っ子ちゃんのビックリしたような表情が天使みたいだった。
何この子可愛いなオイ。
なんかオーギュストさんの記憶のせいでもうめっちゃ可愛いとしか思えない、ドレスめっちゃ似合ってるし何これ可愛い。
脳内で姪っ子ちゃんを無駄に愛でながらも、意識は姪っ子ちゃんと口論していた少年の方へ向ける。
少年は、一瞬ホッとしたような表情を浮かべた後、すぐに怪訝そうに眉根を寄せた。
完全に、誰だお前? と言いたそうな表情である。
「……誰だ?」
あ、ホントに言われちゃったよ、捻りが無いな。
もうちょい、こう、あるだろ、頑張れよ。
……っていうか、この少年マジでどっかで見たな。
どこだ?
検索結果:該当者1名
・ルートヴィッヒ・シェヴァ・ルナミリア
ルナミリア王国第一王子、12歳
王位継承権第一位、国王夫妻待望の第一子で長男。
下に7歳の病弱な弟が居る。
甘やかされて育ったせいで多少性格が歪んでいる模様。
優秀ではあるのだが、短気。
姪のクリスティアが婚約者候補。
………………はい、チェンジで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます