ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~【カクヨム版】

藤 都斗(旧藤原都斗)

第1話



 「旦那様! お目覚めになられたんですね!」


 目を開けた途端、視界に飛び込んで来たのは、目に涙をいっぱいに溜めた、パツキン青目の美人な巨乳メイドさんでした。


 その辺の男ならホイホイ引っ掛かりそうな程の美人なんだけど、まあ、自分が引っ掛かるかって言ったら、そんな訳が無い。


 この程度の美人ならそりゃもう嫌って程見て来た。

 それよりも、気になったのはそんな事じゃなくて。


「……旦那、サマ?」


 自分の喉から出た、低く掠れた声に、ぼやけていた意識が一気に覚醒する


「あぁ! 申し訳ありません、すぐに医師を呼んで参ります! 今暫くお待ち下さいませ……!」


 慌てたようにそう言って視界から外れた巨乳メイドは、バタバタと何処かへ向かって走って行った。


 バタンという重厚な扉の閉まる音が響くけど、まずは現状の確認をしたいと思います。


 まず、自分の名前。

 高田 陽子


 年齢、23


 性別、女。


 職業、自称演技派女優、芸名、紅 一葉くれない ひとは

 演歌歌手っぽくて痛々しいのは仕様です。

 文句は社長に言って。マジで。


 まあ、そんなに売れてなかったけど、今度月9のちょっと長い台詞のあるちょい役(すぐ死ぬ)が決まった所で、ホントにこれからって時だった。


 なんで過去形かって言うと、どうやら私は死んだらしいから。


 死因は良く分からない。

 突然胸が痛くなって、酷い頭痛に襲われて、体中が痛くなって、寒くなって、息が出来なくなった。

 頭痛と同じ間隔で、頭の中、その奥の方から響くような酷い耳鳴りも起き始めて、酷い吐き気を起こしたけど、それさえ凌駕する痛みに呻く事さえ出来なくて、

 だんだん視界が狭くなって、音が遠くなって、自分の体温さえ分からなくなって、

 最期に、すうっと意識が無くなった。


 このままじゃ死ぬとか、考える事も無く、度を超えた痛みにただただ訳が分からないまま。


 それから、良く分からない夢を見た。

 なんかもうとにかく腹立つ夢。


 夢枕に突然現れた自称神とかいうヤツに、

 『ゴメン殺す人間間違えた!生き返らせたいけどアンタの身体もう無いから、別の世界の、死ぬ予定じゃなかったけど魂が黄泉に行っちゃった人間の身体で勘弁してね!』

 とか捲し立てられたのだ。


 そして、起きたらこれっていう。


 いや、何処ここ。

 えっ、あの夢、夢じゃなくて現実?


 じゃあ、私は本当に死んだの?


 て事は私、間違いであんな苦しい死に方させられたの?


 クソ腹立つんですけど?


 自分が死んだ事に納得出来ないまま、それでも今は状況確認が必要だと判断した私は、とりあえず起き上がってじっと自分の手を見る。


 節くれだってるけど大きくて綺麗な、男の手。

 その手で自分の胸に手を当てると、服越しに感じる、程良く盛り上がった良い胸板。

 そして、股の間にある、独特の感覚。




 ………………。




 こ の 体 男 じ ゃ ん!




 待って待って待って、私の自慢のFカップどこ行ったの!?


 顔は美人犇めく芸能界、私が美人じゃない訳が無かった訳だけど、そんな私の武器は演技力と、機転の良さと、身体だけだった、なのに!


 ナニコレ、何なのコレ。


 なんで私が男になってんの。


 余りの事に流石の私も混乱してしまっている訳だけど、そんな事をしてる場合じゃないのは何となく分かる。


 だってさっき、あのメイドは私を見て旦那様と呼んだ。

 つまり、私はあのメイドの上司って訳で、要はそれっぽく振る舞わないといけないって事。

 余りにも不自然な態度を取ってしまえば、最悪の場合、頭が可笑しくなったと判断されて、良くて療養、悪くて幽閉。

 ……多分そうなんじゃないかと思う。


 だって、メイドよ?

 メイドが居るような家庭って、お屋敷とか、館とか、とにかく金持ちでしょ。


 そういう家って、大概外聞が悪い事なんて排除しようとする。

 家人がある日突然オカマになるとかどう考えてもダメだと思う。


 例えそれが跡取り息子とかでも、家が続けばそれで良い、みたいな感じで、幽閉されるなんて全然あると思う。


 何でって、私はこれでも演技派を自称している女優。

 様々な家庭環境や、様々な仕事を調べない訳が無い。

 全て、演技の糧にしてた訳だけど、それがここで地味に役立ったらしい。


 平たいけど分厚い胸に手を当てれば、規則的に響く心臓の音。


 ……死んでない、生きてる。


 何故か身体が男だけど、とはいえ、私は今、生きているのだ。


 それはつまり、いくら嫌がったとしても、私はこの体で、今後、寿命を全うして死ぬまでを生きていかなきゃならないと言う事。


 このまま、生きなきゃ。

 だって私は死にたくない。


 あんな訳の分からない死に方、二度としたくない。


 それなら、少しでも良い環境で生きたいと思うのは自然で、当たり前の感情だった。


 ……あのメイドが医者を連れて戻って来たら、勝負だ。

 この後の私の言動で、私の未来が決まると言っても過言じゃない。


 とりあえずこの状況から判断するに、この体の持ち主は、重症の病気、またはそれに準ずる何か、

 とにかく、死んでしまいそうな、そういう事態に陥ってたと見た。


 よし、なら簡単だ。

 偉そうに、かつ威厳があるように振る舞えば......。


 でもその前に、今の自分の顔くらい確認しておかないと後が困る気がする。


 口調と顔が合ってないなんて全く笑えないもん。


 辺りを見渡せば都合良くベッドの脇に姿見が置かれていた。


 ……今室内見回して気付いたんだけど、見事に目に付く全てがめちゃくちゃ高そうな調度品ばっかだ。


 チェストに姿見、絵画、壁紙に至るまで、素人目にすら良い物だと分かるくらい。


 ただし、色は下品な赤と、ギラギラした金。


 なんかもう、とにかく趣味が悪い。


 あとついでに、物凄く性格悪そうな顔した、ブタみたいなおっさんの肖像画が豪奢な絵画に挟まれるように、なんか凄く目立つ額縁で飾られていたりするんだけど何アレ。

 ......あれがこの家の当主とかなんだろうか。

 嫌だな、アレが父親とかだったら。


 あ、なるほど。成金とかそういった類か。

 そういうヤツって自分の姿をわざわざ絵にして飾るの好きだよね。


 ただ周りを見てるだけにも関わらず、自然と痛くなってしまった目を片手で軽く押さえながら、とりあえずベッドから出る。

 多少フラつくのは病み上がりだからと、この体に慣れてないから、だと思う。


 改めて姿見の前に立つと、ようやくこの体の全貌が明らかになった。


 身長は、自分だからよくわからないけど、明らかに前の私より高い。

 手足は長くて、スラっとしている。

 海外のモデル体型ってこんな感じだよねっていう、見事な八頭身だ。


 あと、これは多分だけど、さっき胸板を触った感じからは脱いだらスゴイタイプだと思う。


 …でもなんか服が、夜着ってやつかなコレ、大分大きい気がする…けど、今はまあ良いや。


 切れ長の目に、高い鼻。

 睫毛は余り多くないけど、目とのバランスを考えるとこれが最高だろう。

 パーツは全て、絶妙な位置。


 シルバーみたいな金属っぽい色じゃなくて、青っぽい銀色の髪

 長さはボブとショートの間くらいで、緩くフワッと癖の付いた猫っ毛。

 瞳の色はアイスブルー。


 どこか冷たい印象だけど、かなりの美形である。

 多分、めちゃくちゃモテたんじゃないかな。


 あと20年若かったら、という前提が付くけど。


 いや、私はどっちかって言ったら20代の若造より、この位の年代のオジサマの方が凄く好みなんだけどね。

 美青年ならぬ、美中年って感じ?





 ...............え? これ、私?





 いやいやいやいや、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。


 私オジサマになっちゃってる?

 なんか、影のある、私好みの素敵過ぎる、悪役がとても似合いそうな40代前後のオジサマになっちゃってるんですけどナニコレ。


 手を動かせば、鏡の中のオジサマも私と同じ動きをする事実に愕然とした。


 ...どうしよう。

 どうしたら良いのコレ。

 ていうか私のFカップ返して欲しい。

 あ、でもこの身体にFカップくっ付いたら変だわ、却下で。



 なんかもう、ただでさえ男の身体だって事で混乱したのに、この上オジサマとか、どうしたら良いか分からない。

 いや、私このまま生きなきゃならないんだけど、頭が混乱して考えが纏まらない。


 うん、ちょっと待って、陽子、落ち着きなさい。

 大丈夫。なんとかなるわ。


 こんな意味不明なトラブル、今まで陥った事なんて無かったけど、そういうモノだと割り切りなさい。


 仕方無い、そう、どうしようもない。



 だって本来の私はもう死んでいて、戻れない。


 信じたくないけど、今、このオジサマが私だって事が全ての証明だろう。


 このオジサマだって、本当なら死んでる所に、なんの因果か、私が入ってしまったのだ。

 まあ、私が死んだのはカミサマとやらの手違いらしいけど、それでも私は、こんな状態に陥っても尚、まだ死にたくないと思っている。


 なら私は、このオジサマとして生きなきゃならない。


 嫌がっても、認めたくなくても、責任を持って生きなきゃならない。


 だって、まだ、死にたくなかった。


 やり遺した事が沢山ある。



 私は、まだ、生きたかった。



 ......そうだ、死んでないだけ、まだマシだ。

 やり遺した事、このオジサマの体でやってやればいい。


 ついでに、このオジサマのやり遺した事もやっちゃえばいい。


 それが私の出来る、不可抗力とはいえ体を奪ってしまった、お詫びのようなもの。


 どうしようもないし、仕方無いからやれるだけの事をやってやろう。


 女優、紅 一葉、残りの人生全て掛けて、演じて魅せましょう。


 女優魂、舐めんじゃないわよ。



 いや……別に、ヤケクソとか、…………そんなんじゃない。


 何故か目尻に浮かんだ雫を拭って、天井を見上げた。


 ……泣いてないし。


 …………泣いてないからね!




















 「お待たせ致しました!さ、先生、旦那様の診察を」


 無作法にもバタバタと室内に入るやいなや、メイドは引き連れていた気の弱そうな男性医師を、ベッドで寝ていたこの部屋の主の方へと、まるで突き出すように、ドンっとその頼りない背を押した。


 そんな様子を見て、部屋の主である壮年の男は冷たい視線を向ける。


 「......その必要は無い、それよりも、その医師を捕らえろ」


 「......は?」


 主から発せられた言葉が予想外だったのか、メイドは間の抜けた声を返す。

 医師の方も、訳がわからないとばかりに困惑の表情を浮かべ、メイドを見つめた。

 そんな彼等に、部屋の主は先程よりも更に冷たい視線を向ける。


 「聞こえなかったか、その医師を捕らえろ、と言っている」


 冷たく言い放たれた主からのその言葉に、メイドは慌てた様子で口を開いた。


 「何故でございますか!?この方は今まで旦那様を診て下さっていたお抱えの医師にございます!」


 だが、主は見下したような冷たい視線を向け、口の端を上げる。

 それはとても、冷徹な笑みだった。


 「......そんな稚拙な演技に騙されると、本気で思っているのか?」


 呆れ果てて物も言えない、とばかりに鼻で笑う主に、メイドは涙ながらに反論する


 「演技だなんて、そんな!」


 「先程までは様子見の為、放置していただけだ」


 まるで、何もかも全てを見通している、とばかりの冷静な言葉を告げながら、絶対零度、という言葉がピッタリな程、冷め切った目を向ける主。

 しかしメイドは尚も言い募る。


 「そんな...!誤解です!私は、何も...!」


 その様子は、見る者の涙を誘う程、必死で、切なる願いが篭っているように見えた。

 だがそれでもやはり、主は彼女に冷たい目を向ける。


 「ふん、素直にその医師を捕らえれば良かったものを。貴様の演技はわざとらしいのだよ。そろそろ観念したまえ」


 鬱陶しい、そう言って、蔑むような目を彼女に向けながら、彼は、ハァ、と一つ溜息を吐いた。

 取り付く島もないその様子に、メイドは最早これまでかと目を閉じる。


 そして次の瞬間開かれた目に、メイド、...いや、女は激しい憎悪を纏わせながら、隠し持っていたらしいナイフを懐から素早く取り出した。


 「......なら、潔く死んで!」


 その言葉と共に、刺突、という言葉が相応しい速度で繰り出されるナイフ。


 しかし、突き刺さるかに見えたナイフは、切先を向けられていた筈の、冷徹な男の手によって無力化された。

 具体的に言えば、自分に掛かっていたシーツを持ち上げ、女の手をナイフごと巻き込むように素早く包んでしまったのだ。


 「な...!」


 驚く彼女を無視して、彼はそのまま、シーツごと彼女の手を捻り上げる。


 「くぅ...っ!」


 痛みに呻く女の声が辺りに響いた。

 それから、怯えたような引き攣った声を発して逃げて行く医師を視線で追いながら、彼は呆れたように溜息を吐く。


 「...やはりか。芸が無いな」

 「っうるさい!何故死んでないんだ!致死量だった筈だ!」


 耳が痛くなるようなヒステリックな喚き声で、女が叫ぶ。

 その、問い掛けの様な叫びに、彼は微かな笑みの表情をその端正な顔に浮かべた。


 「さあね、カミサマというモノは余程性格が悪いんだろう。貴様に運が無かっただけだよ」


 「クソっ!何故!何故死なない!お前さえ!お前さえ死ねば!」


 美しかった顔を憎悪に醜く歪ませながら、女は尚も喚き続ける。

 その様子を冷たい目で眺めながら、彼は呆れたようにまたひとつ、溜息を吐いた。


 「...しつこい女だ。運が無かっただけだと、何度言えば分かるのか。おい、誰か居るか」


 「お呼びですか、旦那様」


 彼の呼び掛けに、音も無くその言葉だけを発しながら現れたのは、燕尾服を纏った執事だった。


 整った顔立ち、灰色の髪と瞳、銀縁のモノクル眼鏡、年齢は30代後半くらいだろうか。

 神経質そうな見た目であるのだが、その表情は柔和な笑みを浮かべている。

 その執事へ向け、彼はさも当たり前であるかのように口を開いた。


 「捕らえろ」


 「......生かしておいて宜しいので?」


 柔和な笑みのまま、穏やかに見える表情とは不釣り合いな、些か物騒な問いを返しながら、執事は未だ喚き続けている女を眺めてから己の主へと向き直る。

 それに対し、主である彼は冷静に言葉を返した。


 「......蝿が鬱陶しい、それだけだ。...皆まで言わせる気かね?」


 お前なら何をすべきか分かるだろう?とでも言わんばかりの主の言葉に、執事は納得したように頷きながら、また恭しく一礼した。


 「そういう事でしたら。後はお任せを」

 「では、頼むとしよう。......あぁ、それと」


 不意に呼び止められた執事が、喚く女へと近寄る足を止め、主へと向き直る。


 「は。なんで御座いましょう」


 「どうも記憶の混乱と大幅な欠損があるようだ。早急に記憶の照らし合わせがしたい。後程で構わん、資料を見繕え」


 主から告げられた言葉につい驚きを表情へ乗せそうになった執事は、一度だけ頭を振って、再び先程と変わらぬ穏やかな表情を浮かべた。


 「...恐れながら旦那様、医師による診察は宜しいので?」


 「記憶の欠損が広がるようなら、な」

 「畏まりました、では、そのように」


 また恭しく一礼した執事は、主から喚く女の手を受け取ると、そのまま手早くシーツで縛り上げ、ずるずると女を引き摺りながら部屋から去って行った。

 執事の見本のように、部屋から出る前に、きちんと恭しく一礼して。




 

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