囂然たる三姫

 久しぶりに魔王城にリュートがいないこの状況で。

 これまた久しぶりに三人がそろった状態で。


 そろそろはっきりさせておきたいなぁ……という想いを抱えた令嬢の一言が高らかに空気を震わせた。



「ネルッ!ゼラッ!」


「はい……どうされましたか?」


「元気ね~、ルルちゃん」


「のほほんとしてんじゃないわよっ!」



 自分たちの業務を終えた夕刻。

 いつものように憩いの場として開かれた茶会で、温度差のあるやり取りを繰り広げる三人。

 しかし、ルルノアの様子は平時より鬼気迫る何かがある。


 そして、赤髪のわがまま姫はバッ、と胸を張った。



「お風呂っ、入りましょうッ!」


「はい?」


「ん~?」





■    ■    ■    ■




「いつ以来かしらね~、三人でお風呂なんて」


「小さいときは良く一緒に入ってたわよね!」



 魔王城第一級特別警戒区域。

 それは、三姫の浴場である。


 いつであっても幻想的な夜空を映し出す天井に、少し肌寒い外気を再現した室温。

 三姫以外であれば、侍女長フィーナのみが立ち入りを許されている、ある種魔王の執務室以上に厳戒態勢を敷かれた楽園だ。


 魔王令嬢であるルルノアはもちろん、従姉にして公爵家令嬢であるネルと、背中に忌むべき裂傷を抱えたゼラ。


 様々な理由から他人と場を共にできない彼女らのために、アルトエイダ協力のもとルルノア自らが設計し完成に漕ぎつけた完全オーダーメイド浴場である。


 

「ちょっとゼラッ! 早く入ってきなさい!」


「や、やはり無理です! こんな見苦しいものをお二人に……」


「大丈夫よ~、昔何度も見てるじゃない。それとも、そんなに信用できないかしら~」


「そっ、そのようなことは断じてっ! うぅ……わかり、ましたっ」



 断腸の思いで浴場に身を晒したゼラは、ひたひたと人工的な岩の足場を進む。



「むー、やっぱり……」


「ル、ルル様? やはり何か……」



 ゼラの肢体を訝し気に見つめるルルノアに不安げに問う。

 しかし、伏し目がちなゼラを気にするでもなく、二人はゼラの騎士として理想的に締まった腹や脚に羨望の眼差しを向けた。



「私も鍛えようかしら……」


「そうね~、最近ちょっとお肉が……」


「い、いえっ! お二人は女性らしくて素敵です! 私など……!」



 幼いながらも順調に発育を続ける途上のルルノア。

 女性のゼラから見ても凶悪な凹凸を誇るネル。

 日々の鍛錬で引き締まりながらも、細身の柔肌を残すゼラ。


 彼女らに憧れる者たちからすれば卒倒を通り越してそのまま成仏待ったの無しの絶景である。


 未だゼラの身体に気を引かれていたルルノアは、「まあ、いいわ」と言うと設置された火と水の魔石を起動させる。

 二人も習うようにして身体を流すと、三人は湯気が立ち昇り揺蕩う秘湯に身を浸からせる。

 

 少しの間心地よい沈黙が流れた後、ネルが当然の疑問を落とした。



「それでルルちゃん……どうして急に三人でなんて」



 問われたルルノアは、「そうだったわ!」と今思い出したように三人がお互いの顔を突き合わせる状態になるように移動した。

 ゼラも不必要に言葉を発さないが、同じように不思議そうにルルノアを見ている。



「本音を話し合うなら裸の付き合いが良いんですって! 龍神子がそう言ってたのよ!」


「本音……ですか?」


「私が言うのもなんだけど……もう隠し事なんてしてないわよ~?」


「当然私もよ! でも、隠すんじゃなくてうやむやにしてきたことがあるんじゃないかしらっ?」



 人肌以上の温度の影響か、ルルノアの顔は紅潮していく。

 眉を吊り上げながら、三人以外の誰かに聞かれないように声を潜め、順に二人の目を見ていく。


 ルルノアの表情、言葉の内容、この三人。



『っ!?』



 二人は表情には出さない。

 だがルルノアの言わんとしていることは、雷のような閃きと共に脳天を刺した。


 先手を打ったのはルルノアだ。



「……わからないなら、いいのよ。ええ、いいの」


「ルルちゃん~、言ってくれなきゃわからないわよ~。口にしてくれないと~。本音って何~?」



 ゼラは慄いた。

 この女、わかっている。

 ルルノアがはっきりさせたい事柄について見当が付きながらも、未だ先の見えない暗雲に囚われているふりをしているのだ。


 恐ろしい。羊の皮をかぶった狼おねえさんである。



「いえ、本当にいいのよ! 今の言葉でわからないならそれで—————」


「もしかして……リュートのことですか?」


「ッ……うぇ!? ななな、なんのことかしら、ゼラ?」



 ネルは慄いた。

 この女、わかっている。

 ゼラはネルと閃きを共にし、場を静観していたのだ。

 先手は悪手、かといってこの会話に参加しないのは論外。そこで、誰かが話を広げ、入り込む隙を窺っていたのだ。

 そしてそれは、ゼラとネルの共同戦線の締結を自然な形で作り上げることに成功していた。


 恐ろしい。真面目と誠実の皮を被りながら夜な夜な無人のリュートの部屋でやることやってるむっつり騎士の面目躍如である。



「いえ、ただ、最近不安視されることとなるとアイツぐらいしか思い浮かばなかっただけですが……その反応を見るに、ルル様の懸念はやはりそこに……」


「そうね~……ルルちゃんがリューくんについて話したい……だめね~、おねえさん思いつかないわ~。ルルちゃんは何を話そうとしてたの~?」



 わざとらしい困惑の表情を顔に張り付けながら詰問する二人。

 何もわかってませんよー、聞きたいですよー、の顔だ。


 ルルノアは慄いた。

 こいつら、絶対わかってる。

 しかし、度重なる思考の末にルルノアと同じ結論に辿り着いたのだ。


 それは、リュートへの想いを誰かに先に吐露させること。

 そうすれば、相談を受ける体でいろいろ聞きだすことができるし、何より恥ずかしくない。

 そしてなにより、あの朴念仁に伝わってしまうかもしれないリスクを最小限にできるのだ。


 恐ろしい。姉の体でリュートすり寄るおっぱいお化けと、友とか言いながら明らかに逸脱したスキンシップを敢行する脳内ピンクである。

 

 三人はわかっていた。

 あの鈍感を通り越して不能疑惑すらある少年の目には、自分たちは女として映っていない。

 守るべき対象へと昇華、ないし退化してしまっている。


 しかし一度でもそのフィルターを破壊することに成功したのならば?

 一気に活路が見いだせる。


 フィルターを破壊するのに必要なのは女としての衝撃。

 一番簡単なのは本人に直接行ってしまう告白などだろう。


 だが、



(できるわけないでしょーーッ!? あいつ、いつも何言ってもうんともすんとも言わないし、笑顔で流されて終わりよッ!!)


(あいつは友……友友友友友。あれ、友ってなんだ?)


(いつもおねえさんぶっている女が急に好きとか……怖すぎるわ~……)


 

 魔王国の至宝たる三姫はヘタレていた。


 ルルノアは焦燥に駆られながらも、一度自分に向いた照準を逸らそうと辺りに目をやった。

 そこで目についたのは、ゼラのピアスだった。


 ふと、ルルノアは動きを止める。

 そう言えば、装飾品などに全く興味の無かったゼラが、英雄祭典後から急に身につけ始めたあのピアス。

 よほど気に入っているのか、入浴時であっても外さない徹底ぶりである。


 ルルノアは話題の転換と純粋な興味からゼラのピアスを指した。



「そっ、そういえばゼラッ! そのピアス、外さないのね。よっぽど気に入ってるのかしら?」



 苦し紛れの一撃。 

 だがネルの興味も引けたようで、

 


 「たしかに、ゼラちゃんにしては珍しいわね~」



 と、援護を受ける形で一転、話題の照準はゼラへ。


 その時。

 ゾクッ……とルルノアとネルの背中を悪寒が刺した。

 ゼラの表情が、おかしい。



「ああ、これですか」



 右耳のピアスに触れるゼラの仕草。表情。

 それが物語っていた。


 勝った、と。



「――――リュートから貰ったのです。どうしても受け取って欲しいと聞かないものですから、仕方なく。ふふっ、本当に困ったやつです」



 浴場に電撃走る。

 なんかよくわからないが、すごい電撃が走ったのだ。


 一転攻勢。

 勝ち誇ったようなゼラの顔に二人は————ざぱっ、とお湯を跳ね上げ立ち上がり、脱衣所へと駆けていった。



「お、お二人ともッ!?」



 一人残されたゼラは、腰を浮かせながら脱衣所へと顔を向ける。

 だが追おうとしたゼラの視界に、ほどなくして小走りで戻ってくる二人が映った。

 その二人には、先程にはなかった指輪とネックレス。


 ゼラのように自然にアピールできるわけではない。

 ただ、このままでは如何ともし難いだけだ。


 再び湯に浸かった二人は咳ばらいを一つ。



「ご、ごめんなさいね! 少し気分を変えたくて! え? これ? ああ、あんまり気にしないでちょうだい! ただリュートが誓いたいっていうから貰ってあげただけの指輪よ。ちなみに左手小指は『角持ちドラクル』の習わしで言えば永遠の同行の意味があるってだけだからッ!」


「うふふ~、リューくんったら困っちゃうわよね~。首飾りなんて『夢魔ナイトメア』に渡しちゃうんだから……。夢魔にとって首は魔力集合器官。異性からの首飾りには永遠の守護の意味あるのよ~」


「…………このピアスホールを開けたのはあいつの血。『吸血鬼ヴァンパイア』にとっての意味は永遠の責任です」


「…………」


「…………」


「…………」



 マウントだった。

 恋は戦争とはよく言ったものである。



「なかなか、やるじゃない」


「いえ、お二人には敵いません」


「うふふ~、引き分け、ね」



 三人の駆け引きは痛み分けに終わった。



 この場にいない彼を巡っての心理戦。

 普通ならば、『竜の試練』に向かった彼の心配の一つや二つあってもいいだろう。

 なのにこんなくだらない諍いに彼女らが尽力する理由は一つ。


 リュートに限って、失敗などあり得ないからだ。




■    ■    ■    ■




「ごほっ、えほっ……」


「どうした? 風邪か?」


「い、いえ……なんか急に悪寒がして……」


「これから試練を始める君がそれでどうする」


「す、すみません」



 先導するデミルさんに随行しながら、荒れ地を行く。

 龍華連邦内の荒野。


 魔物が犇めくここで、あのアナウンスが脳内でけたたましく告げる。



『試練を開始します』



「あ、来ました。試練」


「ふむ、やはり来たか。この荒野は元ダンジョン。ダンジョンコアの破壊により魔物の大量発生は食い止められているが、依然として魔物の生息地だ」


「あの……デミルさんは、なんで『吊るされた男ハングドマン』の試練を?」



 試練が発生するのは、俺にとっての未踏破領域のみ。

 今までの傾向から、元ダンジョンの魔物の生息地や、『空の大穴』のような現ダンジョンで発生することが分かっている。

 アーカリアでのイレギュラーなどはあったが、あれ以来起こっていない。


 でも、彼はその条件を知っているような口ぶりだ。


 デミルさんは俺を振り返ると、「当然だ」と口角を上げた。



「魔人ヴェルナー。我が奴を育てた時に、あらかた話は聞いていたからな」


「育てた……って、デミルさんが、ですか?」


「ああ。っと……そろそろだ」



 デミルさんが日が沈み始めた空を見ながら呟くと、



「では――――『竜の試練』を始めよう」


『ジッッッ――――ジャアアアアア゛アアアアアアッ!!!!』



 遠くに見える山が、



「や、山が……デミルさん、あれ………デミルさん? って、いないし……」



 いつの間にか姿を消したデミルさん。

 その姿を探すようなことはしない。


 動き出した山、咆哮、そして――――、



『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』



 猛り狂いながら荒野の魔物を蹴散らしながら山へと突貫し始めた人の波。

 おそらく冒険者だろう。



「あの山……もしかして」


『まものだね、あれ。たぶん、もくてきのやつ』


「まじかー……あれかー」



 前途多難、状況は四面楚歌。

 どこもかしこも敵だらけってことね。



「ふぅー……バビロン、行くか」


『おっけー』



 抑揚なく気合を入れる脳内魔獣を伴い、俺は駆けだした。





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