第十界—3 『理想ノ糧』


「しるぁっ!?」

「なっ……!?」

「……」


 突然の事だった。

 ハデスサイクラーの刃が俺の頭を真っ二つに分断する寸前、まるで意志を持っているかの様に灰色の地面が盛り上がり、アーマードハデスを弾き飛ばす。


「なんだ……今の……」

「何も気にせず行け朝日! もう本当に時間が無いッ……今すぐアーマードハデスを倒せ! 次の夜が来て……そして朝日が昇れば全てが終わる!」

「はっ……はぁ? 何言ってんだよ……」


 ナイトはそんな意味の分からない事を言って状況に対して困惑する暇さえも与えてはくれず、俺を戦わせようとする。


「なんでもいいから早くッ……次の夜明けが来る前には説明してやるから!」

「……分かった」


 事態の把握は出来ないままナイトの言葉に従い疾走の準備、腰を低く落としてから構える。

 アーマードハデスの叫んでいた事も、ナイトの言っていた事も、何もかも……何が何だか分からない。それでも今はアーマードハデスを倒さなければならない事、それだけは分かった。


「今のって……そっちのタイムリミットもすぐそこって事かな?」

「行くゼッ……ア——」


 弾かれ地面に転がされたアーマードハデスが起き上がろうと、動作を示した瞬間に駆け出そうとした——だが。


「ッ!?」


 俺の身体が前進する事は無かった。

 地面を蹴った——通常であればその行動により身体は押し出され、走る事が出来るはず……だというのに俺の身体は進まない。


「なんッ……なんだよこれ!」

「今の段階で世界の操作は無理だったか……!」


 足元に視線を向けると俺の足は底なし沼にでもハマった風にして地面に沈み込み、どんどんと引きずり込まれた。

 その沈没が止まる事はなく、足だけではなく腰までも沈み……更に胴、首まで地面に呑み込まれた。


「アーマードハデスッ……白波ッ——」


 最後は顔まで吸い込まれ……俺は、アーマードナイトは崩壊した灰色の世界からその姿を消失させた。


「……はは」


 灰色の地面の中にその肉体を呑み込まれたアーマードナイト——その様子を見てアーマードハデスは零す様に笑いながら立ち上がる。


「やった……やった!!! これでもうッ……殺さなくていい……朝日を傷つけずに済む……!」


 アーマードハデスの声は心の底からの歓喜を感じさせ、そして仮面と首の隙間からは透明の液体が……涙が溢れ出していた。



——



「啓示、今何時だ?」

「今は……3時だね」

「3時か……時計見なきゃ全然分からないな」


 星1つ無い夜空の下、朝日 昇流と夢中 啓示は橋に背を掛け……朝日は光の無い瞳で真っ暗な水面を、啓示は夜空を眺めながら会話する。


「あ……なにあれ」

「なんかあったのか?」

「いやなんか……流れ星?」

「星なんて久しぶりだな……見間違いじゃないのか?」


 啓示は光の無いその空から微かな黄色い……月光の様な光が地上に向かい落ちてくるのを見つける。

 その光はそのまま降下し……やがて山の中の展望台に墜落した。


「あっちって展望台の方……行く?」

「俺は……いい、もう帰って寝る……」

「寝る時間が完全に変になってる……まぁいっか、じゃあ僕だけで行くよ」


 2人はそんな会話の流れから別れ、それぞれ橋の反対側へ、朝日は自宅へ……啓示は展望台の方へと歩き出す。


「あの光があの日ッ……朝日の家の地下から飛び出して行った物なら……もう1度朝日を!」


 気が付けば啓示は走り出していた。その声は楽しげであり……これから起こる事、落ちてきた光に心を躍らせている様であった。



——



「ッ……」


 全身を鈍痛に覆われながら俺は……朝日は目を覚ます。


「あれ……なんで展望台に……」


 俺の肉体は展望台の上に存在していた。一体何があって墓から……地面に呑み込まれてからここまで来たのだろうか。


「というかナイトは……これか? おーいナイト……気絶か」


 ナイトを探そうと周囲を見渡してみると自身の周り……俺の下敷きになる様に紺色の、夜空の様な色をした破片の様な物が沢山転がっていた。呼びかけても一切の返事が無い……それどころかなんの動作も示さない所を見るとおそらくナイトは今、シーワールデスとの戦いで木っ端微塵となった時と同じ様に気絶しているのだろう。


「ナイトが復活するまでは白波に見つからない様にするしかなッ——」


 そんな独り言をしながら柵の方へ歩き……街を見下ろそうとする。世界が崩壊してからの様に灰色の街を——


「……は?」


 俺が実際に見下ろせたのは灰色の街では……崩壊した世界などではなかった。

 そこに、柵の先に広がっていたのは……俺の視界の中に映された光景は——


「世界が……壊れてない……?」


 灰色以外の色を持ち、皆やショッピングモールの窓からは暖かな光が溢れてくる——そんな普通の街……もう既に忘れかけていた本来の世界であった。

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