アーマードナイト
ハヤシカレー
第一界—1 『極夜ノ鎧』
——
これは俺が……朝日 昇流という人間が憧れを取り戻す物語。
それに到達する事がこの物語の、ナイトという鎧の、そして俺とは別人の……主人公——『アーマードナイト』の存在意義である。
——自室……日曜の優しい日差しが差し込む部屋の中
「……」
俺——
眠っている……といっても意識が夢の中へ消えているわけではない、夢うつつ……半分目覚めて半分寝ている、そんな状態だ。
意識はあるまま、太陽の光で温まった布団を肌で感じる事以上に気持ちの良い事なんてあるのだろうか。
「いや……無い」
ボケた頭でも断言する事が出来る。
「……」
何故だろうか、こんなに温かいのに……こんなにのんびりとしているのに、心の中に不快感の様なモノが充満している。
何かおかしな事でも起こっているのだろうか、何か忘れている事でも——
「忘れている事……」
段々と脳にかかった温かいモヤが消え、思考回路が正常な状態へと戻っていく。
忘れている事、今日の、日曜日の、10月16日の予定——
「忘れてい……るっ……しまった!」
脳内で忘れていた事が飛び起きる様に浮かぶと同時に、俺の身体も布団を吹き飛ばして飛び起きた。
「最悪だ……最低だ!」
こんな大切な事を、強く激しく胸に刻んだはずの……あの日の事を忘れて呑気に眠っていただなんて。
そんな風に自己嫌悪しながら、自身の行動を戒める様に思考しながら急いで着替え、財布だけ持って自室から飛び出す。
向かい風により三日月型のアホ毛が舞い上がり、鯉のぼりの様に揺れ動く程の速度で廊下を走り……階段を駆け下りる。
「まだ間に合う……いやギリアウトか……!」
自宅から出た今、この瞬間で8時55分……待ち合わせ場所までは35分、そして待ち合わせ時間は9時ちょうど……小学校算数を用いれば30分遅れ、ギリアウトのラインを遥かにアウトである。
「なんでこんな日に布団で温まってんだよ俺は!」
あの日、あいつは寒かったはずなのに、冷たくなったのに……
あの日もこうやって、同じ様に寝坊して、慌てて家を飛び出した事を覚えている、違う事といえば……そう、雨だ。
声も景色も……そして心さえも掠めさせる様な、そんな雨が降っているかどうか——それだけだった。
——回想、6年前、2016年 10月15日
「やばいやばいやばい!」
あの日……小学六年生の秋、俺は今日と同じ様に寝坊し、慌て、待ち合わせ場所に向かって駆けていた。
そこに向かう目的は、幼なじみの少女——
「流石に30分遅れはマズイよなぁ……こんなに雨降ってる訳だし尚更……!」
この雨は昨日までの予報には一切記されていなかった。完全な不意打ち……想定外である。
だから晴れる事を前提として橋の上で……現在洪水になっているであろう川……の……
「白波……?」
橋に辿り着いた時、そこに白波の姿は無く……川は洪水、そして氾濫しその水飛沫は橋の上にも到達していた。
「下か……?」
雨に濡れるのを嫌がって橋の下、川の横に移動したのだろうか……そう考え降りようとした時、俺は今更になって気が付いた。
「っ!?」
荒れ狂う黒ずんだ波、白波の姿はその中にあったのだった。
助けなければならない、黒に浮かぶ白いワンピースの少女を、汚れていく長い、雲の隙間から射す光を、強く……煌めく様に反射していたはずの、銀の髪を持つ少女を救わなければならない……のに、だというのに……
「っ……」
身体が動かなかった……脳が動くなと、助けようとしても犠牲が増えるだけだと、無駄死にだけはするな……心中するなと、そう全身に伝達する。
「のぁぁっ……ぼ……っ」
目が合った、合ってしまった——川の汚い水ではなく、美しい……透き通った涙越しに揺らぐ銀色の瞳と俺の惨めに、弱々しく震える瞳は見つめ合う。
その視線は救いを、ヒーローを求めていた……だが俺は動かない、見つめ合ったまま——
結局、銀の瞳が波の中へと呑み込まれ輝きを失うまで動く事は無かった。
——つまり、現在の俺は、自分が見殺しにした少女の命日にその弔いを、今……出来る限りの……見せかけの償いになるかさえも分からない何かをしようとしているというわけである……
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