第26話 交渉
「…………」
ユリウスは案内人された部屋の椅子に座り、裕斗とヴァネッサはその後ろに立っていた。
ガチャリ。
やがて扉が開き、老人1人と中年の男が1人、青年が1人入ってきた。
中年の男は顔に縦筋の傷跡の残る白髪のいかつそうな人物で、逆に青年はヴァネッサと同じ鮮やかな赤い髪を持った、というかどことなくヴァネッサと同じ顔つきをしている。
中年の男と青年は付き人なのか、老人の後ろに控えている。つまりこの男がノウゼン帝国の王、ルイス・リー・ノウゼンか。
中年の男はギロッ、とヴァネッサを睨みつけた。睨みつけられたヴァネッサはビクッ、と怯えた表情をして肩を震わした。まるで説教前の子供のように。
「…………?」
裕斗がそれに眉をひそめるなか、ユリウスは椅子から立ち上がった。
「お待ちしておりました。ルイス様」
ユリウスはにこやかにお辞儀をした。
ルイスと呼ばれた老人はそれを見てフン、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、椅子に座った。
「返事はいい。それよりも早く本題に入れ」
老人の不遜な物言いに裕斗はムッとした。
――な、なんだこの人。すごい偉そうだな。いや、王なんだから実際に偉いのだけれど……
しかし、ユリウスは気を害した様子もなく手に持った資料をルイスに手渡した。
「フン。これか」
ルイスは戦闘機の資料を手に取り、中身に目を通した。
「名をセントウキといいます。この魔導兵器は後ろにいるサカキバラ・ユウトを中心に開発されたもので、訓練すれば一般兵でも魔導騎士と互角以上に戦えるよう設計されています」
「……それで、この兵器の設計方法と引き換えに我々の保有する魔導騎士を一騎、もらいたいと?」
ジロリ、とルイスはユリウスを睨む。
「ええ。理由は以前話した通り、魔導騎士を分解、解析することでその製造方法を読み解き、量産するためです。それを可能とする技術力が我が国にあることはそちらの設計資料を見れば分かると思います。……もちろん、魔導騎士の製造方法が分かればそちらにも送りますゆえ、あなた方にとっても利益となると思いますが、どうでしょうか?」
ユリウスの言葉に、ルイスは再度鼻を鳴らした。だが、先ほどと違うのはそれが嘲笑を含んでいたものだということだ。
「ダメだ。うちの魔導騎士を貴様らにやる気はない。とっとと帰れ」
ルイスはバサ、と机に資料を投げ捨てる。
「……なぜでしょうか?」
ユリウスは驚く素振りを見せずルイスに質問する。
「理由は簡単。こっちにメリットがないからだ。我々はもう所有している魔導騎士で戦力は十分に足りている。それなのに貴様らに我が戦力の一部を引き裂く道理はない。……こんなガラクタと引き換えにな」
「……ガラクタ、ですか」
「ああそうだ。子供の発表会はよそでやってくれ。それともあれか?貴様らは我らの戦力を分断するのが目的なのか?……その者の魔導騎士を破壊したように」
ギロッ、とルイスはヴァネッサを見た。
「な!?そんなこと――」
裕斗が思わず声を上げるが、ユリウスがこれを制す。
「分かりました、今回は下がります」
そう言うとユリウスは資料を手に取って立ち上がり、裕斗たち「行くよ」と言って部屋のドアを開けた。
「え!?ユリウス団長!?」
「命令だ。口答えは許さないよ」
「わ、分かりました……」
裕斗はしょんぼりとしてヴァネッサとともに部屋を後にした。
***
「マルセル君、謁見が終わったから今から君たちのいる部屋まで行くよ。場所はどこかな?……分かった。今すぐ行く」
通信魔導具での会話が終わった後、ユリウスは裕斗の方を見た。
「ユウト君、どんなことがあっても相手に口答えしてはいけないよ。我々はお願いを聞いてもらう立場だからね」
「はい……すみませんでした」
そうだ。何やっているんだ、自分は。冷静になれなかった自分が恥ずかしい。
裕斗は顔を赤くした。
ルイーゼが心配していたのはこういうことか。こんなことなら、自分よりもアルバートかハンナに任せた方が良かったのかも知れない。
「……でも、どうしてあんな簡単に引き下がったんですか?」
「あれ以上食い下がっても首を縦に振ることはないと分かっていたからさ。……けど、私は諦めるつもりはない。日を改め、何度も交渉して必ず魔導騎士を手に入れて見せるさ」
ユリウスはググッ、と決意するように拳を握った。と、通路のさきに何者かが立っていた。近づくと、それは案内人であった。
「ユリウス様、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「帰省の件についてお話があります。少しよろしいでしょうか?」
「分かった。……ユウト君、ヴァネッサ君は皆がいる部屋で合流後、宿舎に戻っていてくれ。彼らは突き当りを右に進んだ3番目の部屋にいる」
ユリウスは突き当りを指さすと、案内人とともにどこかへと行った。
「……早く合流しましょ。今すぐにでもここから出たいから」
「?うん」
裕斗は先ほどからのヴァネッサの様子に訝しみながら頷く。
その時だった。
「あれぇ?こんなところにでかい羽虫がいるなあ?」
先ほど通ってきた通路から、小ばかにしたような男の声が聞こえてきた。
裕斗がそこへ振り返ると、そこにはヴァネッサと同じ赤い髪をした青年……つまりノウゼンの王の付き人の一人が立っていた。
「ケ、ケネス兄さま……」
ヴァネッサは震える声でその青年の名を口にした。
というかちょっと待って!?ケネス兄さま!?じゃあこの人はヴァネッサのお兄さんなのか!?
「お?羽虫かと思ったらお前かよヴァネッサぁ。さっきも思ったんだが、なんでここに帰ってこようと思ったんだぁ?ん?」
「そ、それは……」
詰め寄るケネスにヴァネッサは怯えたように目を逸らす。
「おい。なんとか言えよ」
ケネスはいら立ち気に舌打ちし、殴りかかるように拳を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
それを見て、裕斗は思わずヴァネッサとケネスの間に割って入った。
「あんた……」
「なんだぁ?てめえ」
ヴァネッサは困惑した目で、ケネスは不機嫌そうに裕斗を見た。
「なんだはこっちのセリフです!事情は知りませんがあなたはヴァネッサの兄なんでしょう!?なのになんでこんなこと……」
ケネスはチッ、と舌打ちする。
「うっぜえなあお前。なんも知らねえくせに口出ししやがって。……どけよ。じゃねえと斬るぞ」
ケネスは脅すように腰の差した剣に手を掛けた。
「…………ッ!」
裕斗はどかなかった。今どけば彼はヴァネッサに何をするか分からなかったから。
「そうか。……なら死ね!」
ケネスは剣を引き抜いた。次の瞬間、裕斗の体が真っ二つにされる、まさにその時だった。
「ケネス。何をしている」
ケネスの後ろから聞こえた男の声に、ケネスは剣を止めた。
話しかけてきたのはケネスと同じ付き人の一人だった。
「父上……」
ケネスは男を見つつ呟いた。父上ということはヴァネッサの父親であるということか。
「いえ、何でもありません」
「ならゆくぞ。あまり私に迷惑をかけるな」
「はいはい」
ケネスは手に持っていた剣を収めた。次に、ヴァネッサ父はヴァネッサを見る。
「ヴァネッサ」
ビクリ、とヴァネッサは肩を震わせる。
「なぜお前がここにいる。私は二度とその顔を見せるなと言ったはずだ。なぜだか分かるな?」
「はい……」
「ならば今すぐにここから出ていけ。……次にその顔を見せたら、分かっているな?」
「はい……」
ヴァネッサ父は彼女を冷えた眼で、ケネスは嘲笑の眼差しでその場を去った。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
ヴァネッサはガタガタと体を震わせながら体を抱き、ガクッ、と体制を崩した。
「ヴァネッサ!」
裕斗は慌てて彼女の体を支える。
「だ、大丈夫?」
ヴァネッサはフルフルと弱弱しく首を振った。
「大丈夫じゃ…ない。だから私、こんなところに戻りたくなかったのよ。なんで、私がこんなこと。……ウ、ウウ」
ポロポロと彼女の目から大粒の涙がこぼれる。
裕斗にとってそれは衝撃だった。いつも強気な彼女が涙を流すなんて、とうてい信じられなかったから。
「と、とにかくみんなの部屋に戻ろ?ね?」
「…………」
ヴァネッサは何も言わなかったが、こくん、とだけ頷いた。
裕斗はそれを同意したと受け取り、彼女を支えて皆がいる部屋へと戻った。
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